2015年11月23日月曜日

ケインズ学会で報告する論考 ホートリー 『思考と事物』の探訪 ―「アスペクトの理論」と「科学」の架橋を求めて                


ケインズ学会で報告する論考

ペーパーは下記サイトで公開中

https://drive.google.com/file/d/0B48UXBXIVug7Qm5Jd0ZUcklnWVk/view?usp=sharing

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ホートリー 『思考と事物』の探訪

―「アスペクトの理論」と「科学」の架橋を求めて

                     平井俊顕

I. はじめに

II. アスペクトの理論
1. 基本的枠組み
   2. 感覚経験を通じて得られるアスペクト
   3. マインド内で引き起こされる諸状態として得られるアスペクト

3.1 思考
  3.2 概念
  3.3 知識

III. マインドと物質
  1. 本論
 2. 科学
3. 行動主義・論理実証主義批判
    3.1 行動主義
3.2 論理実証主義
     
IV. ケンブリッジの哲学的潮流

4.1 ムーア
4.2 ラッセル
4.3 ケインズ
4.4 ウィトゲンシュタイン
4.5 ホートリーとウィトゲンシュタインのアスペクト論
4.6 ホートリーの哲学再論

V. むすび

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本報告の対象:ホートリー (1879-1975年) の思考の根底をなす彼の唯一かつ未刊の哲学書『思考と事物』(Thought and Things)

第1章「アスペクト」、第2章「原因」、第3章「目的」、第4章「思考」、
第5章「真実と推論」、第6章「科学」、第7章「哲学」、
第8章「人とその世界」。タイプ刷りで314枚
     
   

(概要)
中心となる理論:アスペクトの理論

・マインドが意識の領域に創り出すアスペクトの選択を中軸に据え、そこか ら概念、知識、その他、さまざまな状態を説明していこうとするもの

・「アスペクト」を「間主観的」、あるいはそれより広い「客観性」を有する、さらには時を超えたものとしてとらえる傾向をも示唆している

 ・そのうえで、「マインドと物質」、あるいは「アスペクトの理論と科学」のあいだの関係をどうとらえるべきかという難題に挑んでいる

・この書の究極の目的
「アスペクトの理論」と「科学」をデュアリズムに陥ることなく、いかにすれば架橋できるかの解決を目指す

 ・最終的回答に到達していはいないが、それを目指して考察し、論じている内容は非常に示唆的

 ・マインドを無視して、専ら科学を重視して世界をみようとする行動主義や論理実証主義にたいする批判的論陣。そうした見方は、科学や数学についての誤った認識に基づく

・科学:因果仮説は初発因としての「物質」をもちだしてくるが、それは、「因果的特性」と「空間的特性」との関係についての議論がなされることなく導入されており、その点で「物質」概念が不完全である。また生命やマインドの領域に入ると、物質概念の不完全性は一層顕著になる、との指摘

・数学:「数学的命題」や「蓋然性」をホートリーが「アスペクトの理論」のタームで論じている点を想起すれば、論理実証主義などの理解との相違は明瞭

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(本稿の構成)

I. はじめに
II. アスペクトの理論
1. 基本的枠組み   2. 感覚経験を通じて得られるアスペクト
   3. マインド内で引き起こされる諸状態として得られるアスペクト

3.1 思考 3.2 概念 3.3 知識

III. マインドと物質
  1. 本論
 2. 科学
3. 行動主義・論理実証主義批判
    3.1 行動主義 3.2 論理実証主義
     
IV. ケンブリッジの哲学的潮流

4.1 ムーア 4.2 ラッセル4.3 ケインズ 4.4 ウィトゲンシュタイン
4.5 ホートリーとウィトゲンシュタインのアスペクト論
4.6 ホートリーの哲学再論

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(具体的説明)

II. アスペクトの理論
(図1)意識の全領域

意識の全領域      感覚経験を通じて接する領域
(例:人の顔の認識や絵画の鑑賞)

            マインド内で引き起こされる諸状態
(「道徳、感情、意思行為、思考、概念」
「不確実性、蓋然性」
「数学的命題、数学的推論、経験的推  論」など)
             

  (図2)思考・概念・知識

思考 - アスペクトの識別。推論的。経験についての解釈がなされる段階

 マインド       複数のアスペクト    概念
    (「熟知」familiarityによる      (組み合わせ)
「連想」association) 

「知識」― 識別された複数のアスペクトに根拠づけられた信条

マインド内に蓄積された「知識」
=「熟知された」アスペクト + 概念


ホートリーの哲学(再論)

・感覚経験 sense experienceによる意識的領域の知覚を哲学の根底に据える。その意味で「イデア論」とは性格を異にする。

・事物の存在の証明はできない。われわれは感覚経験を通じて意識的にアスペクトをとらえ、それをマインドに構築することを通じてのみ、認識できる存在

・他方で、形而上学は検証不可能との理由で、検討の対象から除外する立場をとる論理実証主義を批判。感覚経験による意識的領域の知覚という視点が欠落している

・彼の哲学的スタンスを知るうえで有益な個所の指摘

感覚経験の実在は、いかなる形式の経験論においても不可欠の前提である(p.182)

検証を必要としない一種の認識 (knowing) を提供するのは感覚経験のアスペクトだけではない。感覚経験以外の意識の状態のアスペクトもそうである(p.182a)

価値判断は、その真実にとっては、いかなる経験的観察もおそらくは関係しえ
ないという形而上学的言明に属する(p.182b)

III マインドと物質

2.科学

  マインドおよび物質は因果仮説によって、各々はそれ自身に特徴的な因果活動の媒体手段 (vehicle) として措定されてきた。すなわち、物質は物理的運動の媒体手段として働くことができる。というのは、それは空間的特性を有しているからである。マインドは、意識的経験の媒体手段になることができる。各々はそれ自身の特有の領域で活動する (p.253)

物質は因果性の仮説的な媒体手段であり、物理的因果性の主題である空間的および時間的関係を何らかの方法で帯びざるをえない (p.263)

・ここで問題とされるのは「科学の理論」

・科学において因果仮説を用いる場合、因果仮説をいくら溯ったとしても、それは初発因を決定できない。初発因は因果仮説で説明できる性質のものではない。そこで因果関係の駆動力として導入されるのが「物質」(matter) 。科学的叙述にはその空間的特性が必要とされているのである。

・だがホートリーは、科学で使用される「物質」概念は非常に不完全なものであることを指摘する。物質のもつ「因果的特性」と「空間的特性」が利用されたとしても、両者を統合する関係は何ら明らかにされていない。

   だが、すべての因果的特性を決定するのは、物質という概念のなかの何なのかを問うとき、その答えは見当たらないのである。(そこで) ヒュームの懐疑が幅を利かせてくる。物質という概念は不完全である。なぜなら因果的特性はその空間的資質のうえに、それらを統合すると考えられるいかなる特定化された関係もないまま、重ねられるからである (p.260)

科学者は現在、彼らの結論を経験の秩序性のたんなる叙述であるものとして受け入れることで満足している。物質の実在性はこの立場の代替物ではなく、追加的な仮説であり、そのプロージビリティ(もっともらしさ)は物質概念自身の信頼度に依存している(p.259)

IV. ケンブリッジの哲学的潮流

4.1 ムーア 4.2 ラッセル4.3 ケインズ 4.4 ウィトゲンシュタイン
4.5 ホートリーとウィトゲンシュタインのアスペクト論

4.1ムーア
「日常言語」への注目。後期ウィットゲンシュタインの採ったスタンス.
ホートリーやケインズは、「日常言語」への関心を共有することはなかった。

4.2 ラッセル -「論理的原子論」
ホートリーの哲学も『思考と事物』において、批判的言辞はみられないもの
の「アスペクトの理論」とはかけ離れたもの

4.3 ケインズ
ケインズの『確率論』における蓋然性にたいして、同調的な見解を表明

それをマインド内で引き起こされる諸状態の1つとして、「アスペクト」のタームでとらえている。

蓋然性は、大きさとか距離のように、識別されるアスペクトである。それは、ある命題を主張する思考のアスペクトである (p.158)

どの信条も絶対に確実ではありえないので、信条を具現するどの思考もこ  
のアスペクト(不確実性)を現出するといえるかもしれないが、一般にこのアスペクトはたんなる潜在性にとどまっており、マインドによって気づかれてはいない。判断が到達するところのプロセスが行動の基礎を形成するのに不十分であると感じられるときにのみ、注意はその疑いに向かうことになり、それは「蓋然的な」とラベル付けされた知識のストックに入ることになる(p.161)

4.5 ホートリーとウィトゲンシュタインのアスペクト論

・両者のアスペクト論の相違点
ホートリー:アスペクトは間主観的(準客観的)である。アスペクトは存在し
ており(その意味でプラトンのイデア的)、それを各マインドがとらえられるかいなかという発想である。事物には多種のアスペクトが付着しているというような捉え方がなされており、ここから概念、思考、その他の重要なコンセプトが展開されていくかたちになっている。

ウィトゲンシュタイン:アスペクト ― 『哲学探究』第2部第11章で展開さ
れており[第2部の完成は1949年] ― はマインドがとらえる一種の像と考え
られている。そしてそれは各マインドによって異なる像としてみえる(有名な
ジャストロウの「アヒル=ウサギの絵」を想定されたい)。それは、客観的に
存在しているというよりも主観性が強いものである。

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・共有点

・ケーラーのゲシュタルト心理学への親近性 (TT, 234, 244を参照) がみられ、
心理学的着想が強く認められる。
・科学主義、論理実証主義にたいし批判的立場がとられている
・ラッセルの論理原子論にたいし批判的立場がとられている。