ケインズ ―
経済学者・経済システム立案者・人間
平井俊顕(上智大学)
序
第1部 イギリス経済・社会
第1章 大英帝国の経済的衰退 —
覇権国、国民経済、経済主体の混成物
I. 「経済的衰退」観を形成するもの
II. 「経済的衰退」の状況と経済学 ― 「マ-シャルの時代」と「ケインズの時代」
第2章 ヴィクトリア後期社会の諸相 ― 経済の相対的停滞、帝国主義、社会主義
I.
経済の (相対的) 停滞
II.
帝国主義
III.
社会主義の復活
IV.社会生活
第2部 経済学者ケインズ
第3章 スミスからケインズまで - 理論史的概観
I.はじめに ― 切り口
II.古典派
III.新古典派
IV.ケンブリッジ学派
V.むすび
第4章 ケンブリッジ学派における2つの流れ ― 景気変動論を中心として
I. マーシャルの流れ
II. ヴィクセルの流れ
第5章 ケンブリッジの資本主義観 ― ケインズおよび彼の同僚
I. はじめに
II. 似而非道徳律と経済的効率性 ― ケインズ
III.
ケインズの同僚 ― ピグー、ロバートソン、ホートリー
IV. むすび
第6章 ケインズ
第7章 ケインズ経済学の成立過程 - ダイジェスト的説明
I.はじめに
II. 『貨幣論』
III. 『貨幣論』から『一般理論』へ
IV.
ケインズ革命
V.
むすび
第8章 ミカエルマス講義 - 1932 - 1935年
I. はじめに
II. 講義内容
第9章 『一般理論』― 簡単な紹介
第10章『一般理論』に「本当に」書かれていること ― テクストの読み込みからの問題提起
I. はじめに
II.
全体的な構図
III.市場経済のヴィジョン
IV.「有効需要の原理」(「雇用の一般理論」)
V. 不完全雇用均衡の貨幣的経済学
VI. 他の理論・学派批判と擁護
VII. むすび
補章 理論形成史的探索が提示する関連図表
第11章 マクロ経済学はどうなっているのだろうか ― この30年を振り返って
I.
はじめに
II.
アウトライン
III. 新しい古典派
IV. ニュー・ケインジアン
V.ケインジアンとポスト・ケインジアンの諸見解
VI.むすび
第3部 経済システム立案者ケインズ
第12章 雇用政策をめぐって ―
経済政策における「ケインズ革命」
I. はじめに
II.『戦費調達論』(1939 年) と1941年予算案
III.戦後見通しの楽観論と悲観論-生産性と失業率をめぐって
IV.ミード (経済部)
vs. ヘンダーソン (大蔵省)
V.ミード( 経済部) vs. イーディ(大蔵省)-「運営委員会」と『雇用政策白書』
VI. むすび
第13章 福祉国家システム構築への寄与 — ベヴァリッジとケインズ
I.はじめに - 「ニュー・リベラリズム」
II.戦間期の社会保障立法
III.『ベヴァリッジ報告』の策定過程 — ケインズ達による援護
IV.『ベヴァリッジ報告』と『社会保険白書』
第14章 救済問題をめぐって ― 国際主義とナショナリズムの相剋
I.はじめに
II.当初の展開 ― 救済問題と商品政策問題の密接なる関係
III.「中央救済・復興基金」構想
IV.方針の変更 - レンド-リース制度の継続希望
V.「連合理事会」構想 - 若干の歩み寄り
VI.「国連救済復興機関」にたいするケインズの対応
―「キマイラ」
VII.ナショナリズムの発露 ― 英領直轄植民地の復興をめぐって
VIII.商品
(一次産品) 政策
IX.むすび
第15章 国際通貨制度をめぐる闘い ― システム・デザイナー
vs プラグマティスト
I.
はじめに
II.ケインズ案:
1941年9月-1942年8月
III. 両案の比較検討
IV. 両案の統合化過程:1943年6月-1944年4月
V.むすび
第4部 人間ケインズ
第16章 ブルームズベリー・グループ群像
I. はじめに
II. ケンブリッジ
III. ロンドン - 「ブルームズベリー・グループ」
IV.「ブルームズベリー・グループ」の特質
第17章 これまでを振り返りみて -「若き日の信条」考
I.「メムワール・クラブ」
II.青年期の信条
III.1938年(55歳)
第18章 遺言は語る - 1941年2月
付表1
ケインズ略年表
付表2
主要著作へのガイド
ケインズ ― 経済学者・経済システム立案者・人間
平井俊顕
序
経済学者のなかで、その活動の多彩さと影響力の大きさの点で、ケインズを凌駕するものは絶えてない。「ケインズ革命」という名で知られる経済学・社会哲学上の現象は、それを端的に表明したものであるが、そしてそれは最も重要な功績であるが、それでもなお、それは、かれの活動の一翼を占めるにすぎない。かれは自由党の知的指導者であった。かれは哲学分野においても重要な業績を残しているばかりか、「前期」ヴィットゲンシュタインから「後期」ヴィットゲンシュタインへの転換に立ち会っている。かれは、戦間期に光彩を放った文化・芸術集団「ブルームズベリー・グループ」のなかで中心的な活動・交友を続けた。かれは名うての論争家であった (ヴェルサイユ条約にたいする弾劾は、とりわけ有名である)。かれは芸術活動のパトロンとして活動した。かれは名うての絵画・書籍の収集家であった。かれは保険会社の経営に携わっていた。かれはキングズ・カレッジの財産管理を担う責任者であった。かれは第二次大戦後の世界システムの構築に多大なる貢献を果たした (「国際清算同盟」案はそのなかで最も有名なものである)。等々。あげれば枚挙に暇がない。
***
本書は、こうした多方面におよぶ活動をカバーすることでケインズを多角的に描こうとしており、これまでさまざまなかたちで発表してきたものに、統一性を与えるためかなりの改定を施したもの、ならびに未発表のものを加えることで成立している。
本書の内容を簡単に説明すると、次のようになる。
第1部「イギリス経済・社会」(第1章、第2章) は、19世紀後半から第二次大戦に至る頃までのイギリス、つまり大英帝国の、経済的・社会的状況を概説したものである。いわば、本書全体の「前説」に該当する。
第2部「経済学者ケインズ」(第3章 ― 第11章) は、経済学者としてのケインズを扱っている。まず、スミスからケインズに至る経済学の流れを大きく理論史的にとらたうえで、ケインズを含むケンブリッジ学派にみられる2つの理論的流れを説明する。さらに、ケンブリッジ学派の代表的人物がどのような資本主義観を有していたのかを説明する (第3章、第4章、第5章)。
続いて、第6章でケインズがどのようなことをした人物なのかを概観したうえで、経済学者ケインズがどのようにして『一般理論』というかたちで展開される理論を打ち立てるに至ったのかを、第7章から第10章までで説明している。
第7章および第8章は、『貨幣論』(1930年) から『一般理論』(1936年) に至るまでにケインズがどのような理論的格闘を行ったのかの説明に当てられている。ここでは、一次資料や学生達のノートに依拠したケインズの講義ノートなどに基づいての (ダイジェスト的) 説明の場になっている。
これにたいし、第9章と第10章は、『一般理論』がどのような内容の本であるのかに焦点がおかれている。第9章では、『一般理論』とはどのような特性をもつ著作なのかを、できるだけ平易に説明している。他方、第10章 (ならびにその補章) では、『一般理論』に「本当に書かれていることを示すこと」に焦点を当てており、『一般理論』に興味を覚える読者向けの説明になっている ― こうした章をもうけた理由は、現在まで、ケインズの理論として流布してきたものは、相当程度、『一般理論』で述べられているものとは異なっているという現実を示しておきたいという筆者の思いがあるからである。第11章は、戦後に展開してきたマクロ経済学を概括的に説明したものである。
第3部「経済システム立案者ケインズ」(第12章 ― 第15章) では、ケインズが関与した重要な経済システムの構築活動に焦点を当てている。第12章と第13章では、国内経済システムに関係する雇用政策と福祉国家システム構築への貢献を扱い、第14章と第15章では、国際経済システムに関係する救済問題 (および一次産品問題)、国際通貨制度への貢献を扱っている。これらは、いずれも戦後の資本主義世界の進む道に大きな影響を与えることになったケインズの活動領域である。第3部のこれらの章では、ケインズが実際にどのような提案を行い、そして交渉過程でどのように変更を加えつつ政策形成の現場 ― それは国内政策の現場ならびに国際舞台での交渉・会議の双方を含んでいる ― に臨んだのかに焦点がおかれている。
第4部「人間ケインズ」(第16章 ― 第18章) では、経済学者、経済システム立案者という歴史に名を残すケインズの側面とは別に、人間ケインズを扱っている。とりわけ、「ブルームズベリー・グループ」 という存在は、かれの考え方全般に、生涯にわたり大きな影響を及ぼしている。第16章ではこのグループを概説し、続く第17章では自らの思想的遍歴を語っている「若き日の信条」を読み解くことで、かれの基本的な価値観、哲学観の変遷を追跡している。第18章 (最終章) は、かれが書き残した遺言が語るものを通じ、人間ケインズをみようとするものである。
***
本書は、ケインズについて、その全体像を示した1冊の書を用意しておきたいという動機に端を発している。全体像を、できるだけ分かりやすく、簡潔に、かつ適度な分量で提示したいという動機である。換言すれば、「ケインズ」についてまとまった講義をするとすれば、用意したいと思ったものがこれということになる。
全体は、概説的で容易に読める箇所 (1 - 4章、6章、9章、16 -18章) と、専門的な論考を要約的に示すことに努めた箇所 (残りの諸章) で構成されている。
後者に関しては、ケインズがどのように経済理論を作り上げていったのか、また『一般理論』にはどのようなことが書かれているのか、さらに、かれが戦後の世界経済システムの構築をどのように構想し、そしてそれをイギリスを代表してどのように国際交渉を展開したのか、といった点について、筆者が一次資料に依拠して考究してきたことをかなり圧縮・ダイジェスト化した論述になっており、これらの領域を詳しく学びたい人への招待と位置づけられる。本書の最大の特徴は、この点にあるといえるかもしれない。
以上の点に関心をもたれる方に本書が届けば、筆者にとってこれに勝る喜びはない。
2017年6月7日
著者記
平井俊顕
序
経済学者のなかで、その活動の多彩さと影響力の大きさの点で、ケインズを凌駕するものは絶えてない。「ケインズ革命」という名で知られる経済学・社会哲学上の現象は、それを端的に表明したものであるが、そしてそれは最も重要な功績であるが、それでもなお、それは、かれの活動の一翼を占めるにすぎない。かれは自由党の知的指導者であった。かれは哲学分野においても重要な業績を残しているばかりか、「前期」ヴィットゲンシュタインから「後期」ヴィットゲンシュタインへの転換に立ち会っている。かれは、戦間期に光彩を放った文化・芸術集団「ブルームズベリー・グループ」のなかで中心的な活動・交友を続けた。かれは名うての論争家であった (ヴェルサイユ条約にたいする弾劾は、とりわけ有名である)。かれは芸術活動のパトロンとして活動した。かれは名うての絵画・書籍の収集家であった。かれは保険会社の経営に携わっていた。かれはキングズ・カレッジの財産管理を担う責任者であった。かれは第二次大戦後の世界システムの構築に多大なる貢献を果たした (「国際清算同盟」案はそのなかで最も有名なものである)。等々。あげれば枚挙に暇がない。
***
本書は、こうした多方面におよぶ活動をカバーすることでケインズを多角的に描こうとしており、これまでさまざまなかたちで発表してきたものに、統一性を与えるためかなりの改定を施したもの、ならびに未発表のものを加えることで成立している。
本書の内容を簡単に説明すると、次のようになる。
第1部「イギリス経済・社会」(第1章、第2章) は、19世紀後半から第二次大戦に至る頃までのイギリス、つまり大英帝国の、経済的・社会的状況を概説したものである。いわば、本書全体の「前説」に該当する。
第2部「経済学者ケインズ」(第3章 ― 第11章) は、経済学者としてのケインズを扱っている。まず、スミスからケインズに至る経済学の流れを大きく理論史的にとらたうえで、ケインズを含むケンブリッジ学派にみられる2つの理論的流れを説明する。さらに、ケンブリッジ学派の代表的人物がどのような資本主義観を有していたのかを説明する (第3章、第4章、第5章)。
続いて、第6章でケインズがどのようなことをした人物なのかを概観したうえで、経済学者ケインズがどのようにして『一般理論』というかたちで展開される理論を打ち立てるに至ったのかを、第7章から第10章までで説明している。
第7章および第8章は、『貨幣論』(1930年) から『一般理論』(1936年) に至るまでにケインズがどのような理論的格闘を行ったのかの説明に当てられている。ここでは、一次資料や学生達のノートに依拠したケインズの講義ノートなどに基づいての (ダイジェスト的) 説明の場になっている。
これにたいし、第9章と第10章は、『一般理論』がどのような内容の本であるのかに焦点がおかれている。第9章では、『一般理論』とはどのような特性をもつ著作なのかを、できるだけ平易に説明している。他方、第10章 (ならびにその補章) では、『一般理論』に「本当に書かれていることを示すこと」に焦点を当てており、『一般理論』に興味を覚える読者向けの説明になっている ― こうした章をもうけた理由は、現在まで、ケインズの理論として流布してきたものは、相当程度、『一般理論』で述べられているものとは異なっているという現実を示しておきたいという筆者の思いがあるからである。第11章は、戦後に展開してきたマクロ経済学を概括的に説明したものである。
第3部「経済システム立案者ケインズ」(第12章 ― 第15章) では、ケインズが関与した重要な経済システムの構築活動に焦点を当てている。第12章と第13章では、国内経済システムに関係する雇用政策と福祉国家システム構築への貢献を扱い、第14章と第15章では、国際経済システムに関係する救済問題 (および一次産品問題)、国際通貨制度への貢献を扱っている。これらは、いずれも戦後の資本主義世界の進む道に大きな影響を与えることになったケインズの活動領域である。第3部のこれらの章では、ケインズが実際にどのような提案を行い、そして交渉過程でどのように変更を加えつつ政策形成の現場 ― それは国内政策の現場ならびに国際舞台での交渉・会議の双方を含んでいる ― に臨んだのかに焦点がおかれている。
第4部「人間ケインズ」(第16章 ― 第18章) では、経済学者、経済システム立案者という歴史に名を残すケインズの側面とは別に、人間ケインズを扱っている。とりわけ、「ブルームズベリー・グループ」 という存在は、かれの考え方全般に、生涯にわたり大きな影響を及ぼしている。第16章ではこのグループを概説し、続く第17章では自らの思想的遍歴を語っている「若き日の信条」を読み解くことで、かれの基本的な価値観、哲学観の変遷を追跡している。第18章 (最終章) は、かれが書き残した遺言が語るものを通じ、人間ケインズをみようとするものである。
***
本書は、ケインズについて、その全体像を示した1冊の書を用意しておきたいという動機に端を発している。全体像を、できるだけ分かりやすく、簡潔に、かつ適度な分量で提示したいという動機である。換言すれば、「ケインズ」についてまとまった講義をするとすれば、用意したいと思ったものがこれということになる。
全体は、概説的で容易に読める箇所 (1 - 4章、6章、9章、16 -18章) と、専門的な論考を要約的に示すことに努めた箇所 (残りの諸章) で構成されている。
後者に関しては、ケインズがどのように経済理論を作り上げていったのか、また『一般理論』にはどのようなことが書かれているのか、さらに、かれが戦後の世界経済システムの構築をどのように構想し、そしてそれをイギリスを代表してどのように国際交渉を展開したのか、といった点について、筆者が一次資料に依拠して考究してきたことをかなり圧縮・ダイジェスト化した論述になっており、これらの領域を詳しく学びたい人への招待と位置づけられる。本書の最大の特徴は、この点にあるといえるかもしれない。
以上の点に関心をもたれる方に本書が届けば、筆者にとってこれに勝る喜びはない。
2017年6月7日
著者記