ラベル Stat の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
ラベル Stat の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示

2013年8月5日月曜日

オバマケアとドッド=フランク法の現状




オバマケアとドッド=フランク法の現状
1. はじめに
オバマ大統領はこれまでに2つの画期的な法律を成立させた。1つは「健康保険ならびに教育リコンシリエーション法」(20103月。以下、「オバマケア」1と呼ぶである。無保険者が3000万人を超えるアメリカ社会の歪みを改善せんとするものである。これまでの民主党政権が制定に失敗してきたものであり、1960年代以来最大の国内変革の動きとなる。
もう1つは20107月に成立した「ドッド=フランク ウォール・ストリート改革および消費者保護法」(以下、「ドッド=フランク法」と呼ぶ)である。同法は、グラム=リーチ=ブライリー法(1999年)によって廃絶されたグラス=スティーガル法を、現代的形態で復活させようとするものである。金融自由化気運が高まるなか、ネオ・リベラリズムや金融工学からも後押しされて成立したグラム=リーチ=ブライリー法はSBS (シャドウ・バンキング・システムを肥大化させ、証券化商品の異常な多層化の進展のはて、ついにはリーマン・ショックを契機に、世界経済のメルトダウンを将来することになった。ドッド=フランク法は、SBSの根絶ならびに金融機関の行動を政府の監督下におくことで、健全な資本主義経済の復活を目指すものである。
  2法の成立経緯およびその内容は、「オバマ政権の二大国内制度改革」と題して本誌で取り上げたことがある(201011月号)2。今回は、現在に至る2  11月の大統領選をめぐる重要な争点  のその後の経緯をたどることにしたい。
2. オバマケア
当初よりオバマケアにたいするアメリカ国民の反応は、賛否相半ばするものであった。民間保険に加入することが容易な富裕階級ならびに上位の中流階級はオバマケアにより過大な税負担が生じることを懸念している  それに「自己責任論」が加わる。彼らと同じサイドに立つのが二大企業によって支配されている生命保険業界である。当業界は、民間部門への政府の介入自体を批判し - それに個人の自由選択にたいする侵害批判が加わる -、巨額の資金を投じ、ロビイスト活動を含む強力な反対運動を展開している。
他方、下位の中流階級になると、自らの手でセイフティ・ネットを構築するのは、失業などで困難な者も多く、オバマケアを希求する声が強くなる。さらにその下には無保険状態にある3000万人以上の貧困層が存在する。彼らがオバマケアを熱望するのは当然の理であろう。こうした冷酷な現実にあって国民皆保険制度を目指しているのがオバマケアである。
 オバマケアは、共和党からの攻勢にさらされながらも、予定されたスケジュールに沿って実施されてきている。同法がコストのかからないものになっていること、また即座に効果を発揮する事項  一例を記せば、26歳まで子は親の保険を使えるとか、既往症をもつ子の加入を保険会社は阻止できないといった事項  が存在すること、を大統領側は大衆に訴えてきている。 
201011月の中間選挙での大勝の後、共和党は主たる目標をオバマケアの廃案に定めた。現実的には、同法のなかの重要項目に資金が流れるのを阻止することで、事実上の停止状態に追い込むという戦術がとられた。
 なかでも大きな争点になったのが、「インディビデュアル・マンデイト」 (Individual Mandate. 2014年から施行予定である。すべての個人が保険に加入することを要請されており、それを拒否するとペナルティが課せられる - しかもペナルティ額は時間が経過するにつれて増大していく  というものである。
これをめぐり、共和党側よりの司法からは、個人に保険購入を強要するのは政府・議会による個人の自由にたいする侵害であり、憲法の「商業条項」(Commerce Clause に違反する  個人がブロッコリーを買うのを強制してはならないのと同様に  という反対論が提起された。反対者は、経済的困窮に陥っているため保険を買いたくとも買えない状況にある無保険者を、自らの判断で買わないと決めているとみなし、そしてそれを尊重すべきというわけである。そこには、保険は  ブロッコリーとは異なり  失業したり、疾病に陥った人であっても、受ける権利がある  つまりナショナル・ミニマム  という発想は認められない。
これにたいし、賛成者は、保険はブロッコリーを購入するのとは別の次元の問題であり、国民全体のことが考慮されるべき事項、すなわちナショナル・ミニマム  だれもが最低限の健康を維持する権利、そしてそれを社会が保障する義務  が重視されるべきものである、と主張している。
  制定の後、オバマケアをめぐり、その合憲制・違憲性を問う裁判が全米の州で展開することになった。
  違憲判決の典型的な事例として、20112月のフロリダ州での裁判がある。ここでは、個人にモノを買うことを強制する条項が全体の法案と分離できない形式になっているがゆえに、全体が違憲であるという趣旨の判決が下されている。車は交通手段として不可欠だから、政府が市民にその購入を命じるのが個人の自由にたいする侵害であるのと同様、健康保険の強制も然りであるというのである (同様の趣旨の判決は、全米26州でなされている)
  共和党は、オバマケアそのものを廃案にする行動にも出た。例えば、20111月、下院に廃案動議が提出され可決された (2月の上院では否決されている)。その後、現在に至るまでに、下院ではじつに32回もの廃案動議が出されている。
   「インディビデュアル・マンデイト」以外でオバマケアの重要なコアとなっている項目に、保険購入の取引所の設置(いわゆる「パブリック・オプション」。公衆が公的な保険と民間の保険のいずれかを選択できるようにする制度)、「メディケイドの大幅な拡大」(健康保険の貧者への大幅な拡大 があり、いずれも2014年からの実施が予定されていた。このうち、パブリック・オプションについては、オバマ政権は事実上の廃止に追い込まれている。
  「メディケイドの大幅な拡大」であるが、全米のどの州も財政難に陥っているうえ、共和党系の知事は、メディケイドの資格条件を厳格にするという行動に出た。一例をあげると、アリゾナ州では28万人にたいするメディケイドの適用を見送りたい旨の願いが政府に提出されている。
 自由や福祉をめぐる理念的対立に加え、党派対立、さらにはロビイスト活動、財政難に苦しむ州の状況などに翻弄されながら、オバマケアの施行は苦難に満ちたものになっている。オバマ政権は譲歩につぐ譲歩を重ねてきており、本来例外的状況で発せられるべきはずの「ウェイバー」が日常化しており、虫食い状態に陥っている  一例として、従業員数50人を超える企業における保険の強制加入問題がある。
 そして20123月、舞台は最高裁に移り、そこでの判決がオバマケアの命運を決定するという状況に立ち至った。つまり、そこで合憲と判決されるのか違憲と判決されるのか、という状況である。戦前の予想では、イデオロギー的対立と党派的対立が9人の裁判官のあいだにはみられ、判決は4554で決まるとみられていたのだが、6月28日に出た判決は54でオバマ陣営の勝利であった。最高裁長官J. ロバーツの票がオバマに微笑んだのである。
一番の争点は、「インディビデュアル・マンデイト」であったが、判決は、いままでとはかなり異なる論理  保険に入らない者への罰金は政府の課税権とみなすことができる  に基づいている。
憲法はそのような税を許容しているがゆえに、それを禁止すること、あるいはその知恵や公平性について判断を下すこと、はわれわれの役割ではない。
  
大統領も国民一般と同時にこの判決結果を知らされた。そしてその合憲判決を心から祝福する旨の異例のスピーチを行った。「異例」というのは、オバマケアをめぐっての評判は既述のような理由で賛否相半ばしており、選挙参謀はこの問題をスピーチでの話題にするのを控えるよう助言していたからである。
 とはいえ、オバマケアは大統領就任以来の最大の功績であり、これに合憲のお墨付きが付いたことは大統領の再選に有利な材料になったとみられている。違憲判決であった場合は、大統領にとって非常に好ましくない影響をもたらすことになったであろう。それは共和党側の勝利とみられ、再選に黄色信号が灯る材料になったことであろう。
しかしそうした点とは別に、大統領はオバマケアを非常に重要な歴史的成果、健康保険制度の歪みを是正するために必ず成し遂げなければならない仕事であるとの確信を抱いていたから、容易に折れることがなかったことも確かである。違憲と判決された場合でも、大統領は再選の暁には、その最も重要な部分を保持するかたちで存続させる強い意思を表明していたのである。
 ただし、最高裁の判決が、オバマケアの1つの重要な核である「メディケイドの大幅な拡大」を無効とし、その選択を各州の決定に委ねられた点は、オバマケアの小さくはない後退であったという点は、急いでここで指摘しておく必要がある。
他方、共和党は、この判決を受けてオバマケアの廃案にむけての闘いを継続していく旨の声明を発表した。ロムニーも、大統領に選出されればこれを廃案にするように努める、と明言している。

3ドッド=フランク法
  ドッド=フランク法で新設された核となる組織の重要ポストが、共和党ならびに金融界の抵抗  ロビイスト活動を含む  により、なかなか決まらないという事態は20109月には生じていたのだが、11月の中間選挙での共和党の大勝により、事態は一層の困難さを増すことになった。
 20111月、ティー・パーティ3に属する共和党議員がドッド=フランク法の廃案動議を下院に提出した。それは「同法は、行政の銀行にたいする過大な権限の付与であり、大きな政府の出現である。それに同法はファニー・メイなどのGSEにたいしては何の処置もとっていない。同法は失業をもたらすものであり、それに何よりも違憲である。むしろ、以前の状況を保持するのがベターである」と、全面否定に立つものであった。動議は、下院を通過したものの上院を通過することはなかった ― かりに、両院を通過したとしても2/3以上の多数 (「スーパーマジョリティ」でないかぎり、大統領の拒否権を覆すことはできない  とはいえ、共和党の力・意思を表明する格好の機会となった。
 共和党もドッド=フランク法の廃案は無理であることを承知しており、現実策としてはその骨抜きを狙っていた。具体的には、金融規制に大きな役割をはたすことになる機関の変更や長の任命の妨害、さらには予算割り当ての大幅カットにより、実質的にドッド=フランク法の施行を妨害しようとした。
  とりわけ重要な争点となったのが、CFPB (消費者金融保護局」)であった。まずは局長問題である。大統領が推す最有力候補はE.ワレンであったが、これにたいし共和党は強硬に反対した。20113月には下院の委員会でワレンにたいする証人喚問が開催され、彼女にたいし共和党議員からの厳しい質問が浴びせかけられた。
 5月に、共和党は2つの「改革」を要求する書簡をホワイトハウスに送付した。1つはCFPB (1人の長ではなく) 5人による合議制へと改組すること、もう1つは予算を議会の承認事項にすること  CFPBFRBのなかに、だがそれとは独立の機関として設立されることになっている  である。あくまでも強力な指導力を発揮することが予想されるワレンを阻止し、かつ予算を削減することでCFPBの活動を抑制するのが共和党の目的であった。
2011718日、CFPBの局長 (ディレクターについて、ワレンを諦めた大統領は、R.コードレイを指名したが、1218日、上院で否決された。だが、翌1月、大統領はコードレイを「リセス・アポイントメント」(議会の閉会中に任命する方法)により再度指名した。共和党は「プロ・フォーマ・立法セッション」(形式的に議会を開催しているようにみせかける方法)を含む激しい反対運動を続けるなどしたが、4月にはこれを覆すことのできない状況に至っている。
  こうしてようやく組織活動が可能となったCFPBがその最初の仕事として行ったのが、キャピタル・ワン・バンクによる消費者を欺くクレジット・カード上でのマーケティング行為を行っているという嫌疑での告発である。20127月に同銀行が21千万ドルの支払いに同意したことで、子の件は決着をみたが、CFPBは今後、同様の行為を行ってきている銀行にたいする追及を行っていくと明言している。 
20117月、共和党は「消費者金融保護の安全と健全性改善法」を下院に提出した。これは名とは真逆の内容をもつもので、ドッド=フランク法の1023項を変更することで同法の骨抜き、とりわけCFPBの無力化を目的とするものであった。またウォール・ストリート側がさらなる抜け穴を完成させるための時間稼ぎをも目的にしていた。721日、同案は下院を通過したが、これが上院を通過することはない。大統領もいざとなれば拒否権を発動すると明言している。
組織上の問題では、CFPBのほか、共和党が大きな攻撃目標にしたのは、「商品先物取引委員会」(CFTC)、および「証券取引委員会」(SEC)であり、これらの組織の重要ポストも容易に決まることはなかった。201182日、大統領はCFTCコミッショナーにM.ウェチェンを指名していたが、上院で承認されたのは1021日のことであった(委員長はG.ゲンスラー)4
CFPBに次いで、共和党側が激しく反対したものに2つの事項がある。第1は、いわゆる「リンカーン・アメンドメント」(ドッド=フランク法716項。OTCデリヴァティブを廃止し、公開市場の創設を通じ、取引を透明・公正なものにしようとするものである。金融界はこれを嫌い、不透明な現状のままにしようと画策してきた。これはB.リンカーンのイニシアティブで策定されドッド=フランク法に組み入れられたのだが、彼女自身が中間選挙で敗れたこともあり、スワップ・ディーラーのデリヴァティブ取引は完全な「自由化」が保証される状況になり、20122月には、ほとんど廃案に追い込まれる事態に陥っている  N.ヘイワースによるH.E.1838がそれであるが、まだ成立しているわけではない)。
 こうして後退状況におかれている「リンカーン・アメンドメント」であるが、関連する「スワップ」の定義・規定をめぐる具体化が発表されたのは20127月のことである。FRBの救済対象にディーラーがなれるかどうかを決める重大な決定であり、これはCFTCの管轄事項である。
 第2の事項は、いわゆる「ヴォルカー・ルール」(ドッド=フランク法619項。銀行の自己勘定取引を禁じたもので、預金を預かる銀行が、同時に投機的行為に走ることで預金を危険に晒すことを禁じている)である。
FSOC (「金融安定監視委員会」はこの規定をめぐり意見を広く公に求めた。共和党は、ヴォルカー・ルールがグローバル金融市場でのアメリカの銀行の競争力を阻害するとして、関係する執行機関への予算を削減するように活動していた。
201010月には、ヴォルカー・ルールの草案が提示され、SECFRBFDIC(「連邦預金保険公社」)、CFTCはそれに賛同したが、銀行業界からはコストがかかりすぎるとの批判が、また改革派からは抜け穴が多すぎるとの批判が続出した。
ところで、「ヴォルカー・ルール」への関心を呼び起こすような出来事が最近になって生じている。ニューヨーク連銀は大銀行JPモルガンの投資行動を監視するためにチームを結成して銀行に常駐しているが、銀行の複雑な投資行動の監視がいかに困難なものであるのかが明らかにされたからである ― (1) 連銀スタッフが銀行の実情に習熟すること自体、至難の業である; (2) 銀行は重要な機密情報をさまざまな手法で隠し、本当の状況を連銀に伝えようとしない; (3)リスク評価の手法をひそかに変更することで、より巨額の投機行動を繰り返し行っていた。このため、JPモルガンは最近もCDS取引により莫大な損失を引き起こすことになった。
これらの行為を監視することがいかに困難な作業であるのかを物語るとともに、金融規制の難しさ、つまりはドッド=フランク法の実施の難しさ、有効性とも大いに直結する重大な問題が、オバマ政権に突きつけられている。
 
***
すでに大統領選はオバマとロムニーの一騎打ちとなり、ネガティブ・キャンペーンも花盛りといった状況であるが、国内問題に限定すれば、大きな争点になっていくのが「オバマケア」、「ドッド=フランク法」である。ロムニーが大統領に当選した場合、この2法を廃案にできるかいなかは、共和党が上院でフィルバスターを行える60票を確保できるかいなかにかかっている。それが実現できない場合、ロムニーは組織の進展を阻む戦術に出ることであろう。
 「オバマケア」は最高裁による合憲判決を得たことで、また「ドッド=フランク法」もその実施に向けての組織や具体的事項が、ようやくほぼ決定したことで、これまでとは異なる新たな段階に達している。
だが、オバマケアの実施にはかなり不確実な問題が残されたままである。とりわけ大きいのは、「メディケイドの選択制」が承認された点である。民主党系の知事か共和党系の知事かにより、弱者への扱いが極端に相違する可能性が浮上してくることになるからである。それに、アメリカ社会には社会保障について、既述のような激しい思想的対立が強固に存在しているという、より根本的な問題がある。
金融規制改革法だが、これが成立したのはアメリカだけである。アメリカが法案を成立させても、他の国、とりわけイギリスやEUが同様の対処策を講じないのであればザル状況になってしまう。金融はよくも悪しくもグローバルな展開が最も活発になされてきた領域である。アメリカが規制を強化しても、他が同一歩調をとらなければ、そうした投機活動は場所を移して続けられることになる。それに加えて、ドッド=フランク法自体、これまでのところ何の活動もできていない  ようやく制度が整ったという段階  のが現実である。
こうした現状は、金融界が政府からのベイルアウトで急速に立ち直ったうえ、SBSを放置しているということを意味しているから、再び巨大な金融危機が世界を襲う事態が起きたさいに、世界は何の防備策ももたないまま、それを迎えるということになるであろう。 
 
1) 「オバマケア」は、当初、反対者によって付けられた蔑称であるが、その後、それを超えて一般に使われるようになった。
2) 平井俊顕『ケインズは資本主義を救えるか』(昭和堂、2012年)第6章および第7章も参照。
3) ティー・パーティはその後、S.ペーリンの大統領選出馬辞退、昨夏のデット・シーリング引き上げ問題での硬直的姿勢にたいする支持者離れ、などを契機に大統領選への影響力を急落させている。
4) CFTCはグラム=ブライリー=リーチ法の成立をめぐる最後の攻防の舞台となったことで知られる。



混迷する今日の世界経済を前にケインズなら何を言い、どう行動しただろうか

混迷する今日の世界経済を前にケインズなら
何を言い、どう行動しただろうか
平井俊顕
ケインズは「今日」世界にとって、どのような意義を有する存在なのであろうか。つまり、彼が活動した時代に彼が投げかけたさまざまの領域におけるさまざまの提案が、私たちが生きる「今日」にあってどれほどの意義を有しているのであろうか。本稿で取り上げるのはこの問題であり、具体的には国際システムを対象に据える。
ケインズといえば、マクロ経済学や財政政策による経済の回復といった側面が専ら取り上げられてきた。これは彼の立論に賛成する者だけではなく反対する者も含めて然りである。だが、彼がだれにもまして優れた国際システムの構築者であったというは、(とりわけ経済学者のあいだでは)長きにわたって看過されてきた。そのため、現在の混迷する世界経済のあり方をめぐり、彼の提言が幅広い、かつ重要な意義をもつものであることも看過されてきている。本稿で取り上げるのは、まさにこの側面である。紙幅の都合上、とくに今日的意義の深い、ヨーロッパ危機、国際通貨体制、一次産品問題をとりあげてみたい。最初に、ケインズが世界経済システムをめぐる偉大なグランド・デザイナーであったことを述べたうえで、もしケインズが生きていれば何を言い、どう行動したであろうかを、戦後についても言及しつつ、今日の世界についてみることにしたい。彼は1946年に亡くなっているから、これは「もしも」の話になるが、それでいてかなりの信憑性のある話であることが明らかにされるであろう。
1.  2つのグランド・デザイン
世界経済システムの建て直しをめぐるケインズのグランド・デザイナーとしての才能は、第一次大戦直後および第二次大戦時に発揮されている。それぞれをみることにしよう。
1.1 第一次大戦後
第一次大戦は中途半端なかたちで終戦を迎え、イギリスを中心とする連合国側とそれを圧倒的な軍事力と経済力で支えることになったアメリカがリードするかたちで、戦後処理が検討された。これがヴェルサイユ講和会議である。大蔵省首席代表として同会議に出席したケインズはその進展状況に落胆し、その地位を辞し帰国するに至った。彼はその直後から講和条約を弾劾する著作の執筆を開始し、そしてそれを世に問うた。それが『平和の経済的帰結』(1919) ある。第7章「治癒策」は、ケインズの大胆で創造的なプランナーとしての面目が躍如である。すべての戦債の相殺を提案した後、彼は瓦解したヨーロッパ再建のため、次のようなグランド・デザインを提唱した。 
    
(i) 石炭共同体を再編して全ヨーロッパに石炭を供給・配分する一種の共同
システムを構築する。
 (ii) (イギリスを含む)「自由貿易同盟」を立ち上げる。
 (iii) ヨーロッパ再生のため「国際貸付」 食糧や原材料をアメリカか
ら得るための借款と「保証基金」からなる ― を実施する。後者は、
国際連盟加盟国からの拠出で設立される。それは一種の国際救済機関
であり、貨幣の全般的再編の基盤とる。

驚くべきことに、これは (第一次大戦ではなく第二次大戦後のヨーロッパが歩むことになる道を暗示している。石炭の共同供給・分配システムは「欧州石炭鉄鋼共同体」 (1952のプロトタイプ、「自由貿易同盟」は「ヨーロッパ共同体」(1967のプロトタイプである。「保証基金」は一種の国際救援組織であり、かつ一種の国際通貨システムのベースとみなされている後者は「ユーロ」の領域属する問題である
『平和の経済的帰結』が世界的なベスト・セラーであったことを考えると、以上に提案されたケインズのグランド・デザインがヨーロッパの救援・再建を考える人々に大きな影響を与えていたとしても、それほど不思議ではない。
1.2 第二次大戦後
以降、20年が経過したヨーロッパは安定した国際システムを構築することに失敗し、1939年、ふたたび壊滅的な打撃をもたらす戦争に突入していくことになった。
1940年、ケインズは、戦争状況から生じる特別な問題について蔵相を助け、アドバイスをるために設置された諮問会議の委員になった。爾後、彼は多岐に渡る重要な問題についてイギリス側から陣頭指揮をとっていくことになった。  
本稿との関連では、重要なのは戦後世界経済秩序の構築に関係する仕事である。ケインズはそれらのシステム構築に卓越した才能を発揮した。とりわけ次の3つの計画案が注目に値する。(i) 国際通貨体制案、(ii) 「中央救済・再建基金」と呼ばれる国際救済機関の設立案、そして (iii) 「コモド・コントロール」と呼ばれる国際緩衝在庫案である。
   
国際通貨体制案 ― ケインズは国際通貨体制のあり方をめぐり、若いときから批判的な意識をもって考察を続けていた。『インドの通貨と金融』 (1913) や『貨幣改革論』 (1923) における金本位制批判、さらには「チャーチル氏の経済的帰結」における再建金本制批判をあげれば十分であろう。
 そのケインズが、第二次大戦後の国際通貨体制として提案したのが「国際清算同盟案」である。国際清算同盟案は、本質的に、多角的な清算を同盟に設定された加盟国の勘定間で行うシステムである。国際取引はすべてこの勘定に「バンコール」と呼ばれる国際貨幣単位で記帳される。バンコールは国レベルの取引にのみ用いられる貨幣であるが、信用創造機能をもち合わせている (各国通貨は、バンコールとのあいだで交換レート [平価を設定する)。このシステムの最も革新的な点は、(i) バンコールが国際通貨になり、ドルもポンドもローカルな通貨になること、(ii) 世界経済の成長に合わせて信用創造が可能になること、である。勘定の相殺の後も、貸方 (借方が累増していく国にたいしてはペナルティが課され、それでもうまくいかない場合には、平価の切り上げ (切り下げ措置がとられる。国際取引の金融的舞台は清算同盟に集中することになるが、財・サービスの取引は民間企業の自由な活動に委ねられている。ケインズは、この案を、国内銀行業務では当たり前になっていることを国際的銀行業務に拡張しようとするもの、と特徴づけている。
 これに対抗する案がアメリカのホワイトによる「国際安定化基金案」である。これは本質的に、加盟国が拠出することで成立する「基金」であり、信用創造機能は備わっていない。加盟国には同意した自国通貨の平価を維持するため、外国為替市場への介入が義務づけられる。さらに、それはドルを事実上の国際通貨とするドル為替本位制であった。
 両案をめぐりブレトンウッズでの討議は白熱したが、交渉ホワイト案で合意をみるに至ったことは周知の通りである
 
「中央救済・再建基金」 ― ケインズは、危機に陥ったヨーロッパの救済・再建に深く関わった人物であ先ほど、第一次大戦で瓦礫と化したヨーロッパの再建案として提案された『平和の経済的帰結』第7章での既述の構想に言及したがここでは第二次大戦の途上で、戦後ヨーロッパの救済・再建案として提案された「中央救済・再建基金」構想を紹介しておきたい。
 この構想は、1941年秋に作成された「戦後ヨーロッパ救済の金融的枠組みに関する大蔵省覚書」と題する文書 (作成の中心人物はケインズため、以下「ケインズ案」と呼ぶに示されている。
  ケインズ案は、「中央救済・復興基金」(以下CRRFと略記の設立により救済を遂行すべき旨を謳っている。CRRFさまざまな国からの現金もしくは現物拠出に基づく共同基金の運営にあたる。そのさいの基本コンセプトは次の2点にある ― (i) CRRFが必要なすべての救済物資を集配する(それは、必要な物資をいかなる国からも公正な価格で購入できるとされている: (ii) CRRFは、受取国がどれだけを贈与として受取り、どれだけを支払うべきなのかを、何らかの原理に基づいて決定する。
  これらすべての取引は、共同勘定に記帳される。そしてCRRFがその規模を推定するために、次のような手続きが提案されている。一方は、連合国諸政府にたいし物資の必要量リストの提出要請、ならびに敵国、フランス、中国にたいする配慮であり、他方はCRRFが利用できる物量の推定である。さらに、贈与なのか、支払いを要求するのかを決定するための前提として、関係諸国の財務状況を調査する必要性が指摘されている。
  このような特徴を有するCRRFを創設しようとしたケインズの意図は、それが、様々な国が個々別々に現物援助を行う方法よりも優れている、と考えたからにほかならない
国際緩衝在庫案 - 第二次大戦前、一次産品価格は激しい変動を繰り返していた。ケインズは多数の一次産品の統計調査を実施してきており、その結果、それらの価格の安定化がいかにすれば達成可能なのかをめぐり考察を続けていた。それが具体的な政策の場提唱されたのが国際緩衝在庫案である。同案は、競争的市場制度は緩衝在庫を嫌うため価格の激しい変動を引き起こしており、それを防止し、生産者の所得を安定させるには「国際緩衝在庫」が必要、との基本的認識に立っている。一次産品の国際統制を行なう方法としては生産規制を目指す方法と価格の安定化を目指す方法があるが、生産規制は全般的な利益をもたらすことはないので、主として個別的ならびに全般的の双方における価格の安定化が目指されている。その中心的な構想が「コモド・コントロール」と呼ばれる国際機関の設置である。それは緩衝在庫を設け、その操作を通じて世界市場での需給の変動を吸収することにより、価格の安定化を実現することを目的にしている。この計画にはもう1つ、関係する生産者に適切な所得を保証することにより、彼らの生活を安定させるという目的があった。
2. ケインズなら何を言い、どう行動しただろうか
ケインズは戦後国際システムの構築に深く関与していたが、その展開をみることなく1946年に亡くなった。したがって以下に述べることはあくまでも「もしも」の話ではある。だが、それは空想的な話ではない。彼の生前の考え方、行動を勘案しながら、述べていくことにしよう。最初に、ヨーロッパの統合過程に言及したうえで、今日の混迷する世界経済を取り上げることにしたい。
2.1 ヨーロッパの統合過程
ヨーロッパの救済・復興計画が実施されたのは、「マーシャル・プラン」 (European Recovery Program) のもとであった。借款はアメリカ側の 「経済協力局」(ECA)からヨーロッパ側の「ヨーロッパ経済協力機構」(OEEC)を通じてシステミックに配分された。終戦直後の時期ですらヨーロッパの問題に関与するのを極度に敬遠していたアメリカだが、冷戦の始まりで自らの役割を自覚し、1949年以降、新国際秩序の西側のリーダーとして活動を始めたのであった。巨額の国際収支赤字、巨額の戦債に苦しむイギリスがリーダーシップをとれる時代は過ぎ去った。事実、マーシャル・プランの恩恵を最大限に享受したのは、他でもなくイギリスであった。
 さて、もしケインズが生きていて、マーシャル・プランの進展をみていたならば、彼はどのように行動したであろうか。一言で言えば、EUにまで至る過程に大きな貢献をしたマーシャル・プランは、『平和の経済的帰結』での3構想 (1.1(i)(ii)(iii))CRRF (1.2で言及の融合であるから、ケインズはおそらくはマーシャル・プランを受け入れたことであろう。マーシャル・プランの主要な設計者クレイトンやアチソンはOEECのプラニングや運営を指導したが、彼らはケインズとその構想においても親近性を有する友人であった。さらに、OEECのイニシアティブをとったのはアトリー内閣の外相ベヴィンであった。だが、世界の政治力学のなかでイギリスの地位にたいし彼はいかなる態度をとったのかは不明である。マーシャル・プランに認められる確かな特徴である大英帝国への配慮の欠如にたいし、ケインズはどのように反応したであろうか。実際のその後の進展 - イギリスの低落的傾向、米ソの台頭、そしてスエズ危機 - を考慮に入れるとき、マクミラン内閣がそうであったように、ケインズが大英帝国の解体を防ぐために何もできなかったことであろう。こうした状況やEECへのイギリスの参加へのドゴールの反対に直面して、ケインズはどのように感じ、どのように動いたであろうか。それは誰にも分からない。
2.2 ユーロ危機
2008年頃まではユーロ圏には好調な経済状況にある国がいくつあり、それはユーロに起因するという評価で溢れていた。ところが、2009年の秋頃ギリシアに財政問題が発生し、以後、ユーロ指導部が手をこまねいているうちに事態はいわゆる「PIGS問題」に発展、事態は一周縁国の問題ではなく、ユーロ・システムそのものの危機に進展して今日に至っている。これらについては、わたしも本誌でいくどか扱ってきた。
 ここでは、ケインズならユーロ・システムをどのように評価したであろうか、そしてユーロ危機にたいしてどのように反応したであろうか、だけをみることにする。
EPUに賛成したであろう- EPUは極度のドル不足の時代に、ケインズの国
際清算同盟案構想からの大いなるインスピレーションのもとにOEECによっ
て創設された。EPUは決済システムであるため慢性的な不均衡を防止するこ
とができ、さらに信用機能も備えていた。EPUは個々の中央銀行の独立性は保
たれているから、独自の金融政策ならびに外為政策を実施することができた。 
それゆえケインズは「ヨーロッパ決済同盟」(EPU. 1950-1958)をさぞかし支援し
たことであろう。
EPUに賛成したであろう- ケインズは自由貿易ゾーンとしてのECに賛成し
たことであろう。それがその地域の経済成長に寄与すると信じていたことであ
ろう(1.1で言及の「自由貿易同盟」を参照)
ユーロ・システムに反対したであろう- ヨーロッパでは通貨システムとして、
EPUの後、「欧州通貨協定」(EMA [1958-1972])、「ヨーロッパ通貨スネーク」(ECS 
[1972-1979]そして「欧州通貨制度」(EMS [1979-1998]) が採用された。これら
はいずれも、メンバー国あいだでの為替レートを安定させることを目的として
おり、清算機能や信用機能を欠いていた。
  ケインズはEPUからユーロ・システムへと至るプロセスに疑問を発し続け
たことであろう。そしてユーロ・システムを正しい方向への進化とはみなさなかったであろう。
   彼は次のように考えたことだろう。ユーロ・システムは致命的な欠陥を有し
ている。メンバー国は金融政策および外為政策を剥奪されている。唯一、自由
にもちうる政策は財政政策であるが、これはユーロ・システム防衛のために使
うことができないばかりか、超緊縮政策を(トロイカにより)強要されている
が、これは要するにデフレ政策である。こうしたことはユーロ・システムの崩
壊へと至ることであろう、と。
 ケインズが、こうした超緊縮政策に反対したことであろう。それは経済学から出てくる命題ではなく、一種のイデオロギー的信念ともいうべきものである。金融システムは、どのメンバー国も流動性不足に陥ることなく経済成長を達成することができるように構築されなければならない。そうした状況の出現を不可能にするユーロ・システムは根本的な欠陥を有している、と。
2.3 国際通貨体制
ケインズの国際清算同盟案に勝って、戦後世界の通貨体制をリードしたのはアメリカ側のホワイトによる「国際安定化基金案」であった。これは本質的に、加盟国が拠出することで成立する「基金」であり、信用創造機能は備わっていない。加盟国には同意した自国通貨の平価を維持するため、外国為替市場への介入が義務づけられる。さらに、それはドルを事実上の国際通貨とするドル為替本位制である。
 爾来、今日に至るまで国際通貨体制はドル本位制である。その間、1970年頃の「ドル危機」を契機に固定相場制から変動相場制へと大きく変わった ― これは「国際ノン・システム」 (non-system) とも呼ばれることがある ― が、ドル為替本位制は維持されている。そしてこの制度のもつ欠陥はこれまで多くの人々によって指摘されてきている。近年、ケインズの国際清算同盟案が大きくクローズアップされたのは、20094月に中国中央銀行総裁の周小川が、この案をドル為替本位制に代わる新たな国際通貨体制としてげたことによるところが大きい。ドルのもつ問題性は益々顕在化していくことが予想されるから、ケインズ案は継続的に論議の的になっていくことであろう。
  ケインズは、国際的な清算システムの手段により、各国が成長に必要な流動性を
確保でき、他方、国際的な不均衡(とりわけ特定の国が恒常的な黒字を続けるよう
な傾向)を防ぐことができるように構築されるICU案を唱道した。だからケイン
ズが、現在のドル体制という「ノン・システム」を批判し続けたであろうこと
は論を待たない。 
  ところで1990年代になると、金融のグローバルな自由化が急激に進められ、それともに世界の金融システムの不安程度が増していき、ついにはリーマン・ショックによる世界経済のメルトダウンが引き起こされるに至った。これは1920年代に同様の現象が生じ、それが引き起こした金融の不安定化が世界恐慌をもたらしたことの再現である。
 ケインズは、金融市場(ならびに商品市場)がこのようなカジノ・プレイの場と化すことに異を唱えた人であったことを想起するならば、彼がこの20年間にネオ・リベラリズムに支援されて展開された金融のグローバリゼーションに反対し続けたことは容易に想定できるであろう。

2.4 一次産品問題
ケインズによる既述の「コモド・コントロール」案は実現には至らなかったが、その後生じてきた国際的な一次産品問題に対処するさいに、絶えず参照にされてきたことはここで強調しておいてよいその代表的なものとしてUNCTADによって提唱された「コモン・ファンド」(1989がある。
 今日、一次産品第二次大戦前と同様に、激しい価格の変動に晒されるようになっている。この背後にはこれらの市場が自由化されたことと大いなる関係がある。 今日における最も重要な一次産品は原油である1970年代、その価格はOPECによって決定されていたが、いまではブレント原油市場とWTI原油市場で決定されている。しかも現在では、原油を含む多数の一次産品市場が「インデックス投機」の対象になっており、MMF、銀行、ヘッジ・ファンドなどから巨額の資金が流れ込む状況に至っている。これら金融の自由化 ― とりわけ「商品先物現代化法」(2000が決定的であった ― によって現出したものである。これにより一次産品市場が純粋に投機的要因によって激しい変動をみせるに至っているのである。
 いま必要とされているのは、こうした現状にたいし、ケインズの警告、立案をどのように生かすかという点である。「コモド・コントロール」案はこうした「現在」の市場の極端な自由化にたいする警鐘として鳴り続けている。
***   
以上の立論により、ケインズがだれにもまして優れた国際システムの構築者であり、その考察・立案は混迷する現在の世界経済のあり方をめぐり、じつに幅広い、かつ重要な意義をもつものであるという私の主張の一端は明らかにされたものと思う。
 最後に、ケインズが最も情熱を注いだ救済・再建の対象たるヨーロッパの現況を付論として述べることにする。
[付論ユーロ危機の行方
トロイカは超緊縮政策をPIIGSに強要しており、それを受け入れないかぎり、一切の支援を拒否するという姿勢をあらわにしている。そして「フィスカル・コンパクト」をメンバー国が憲法に書き入れることすら要求している。
 この頑なな法律的イデオロギーは何であろうか。「支援」はベイルアウトであり、ECBによる無制限の貸付ならびに国債の買い支えである。これらはいずれも金融システムの擁護・保護・強化のための政策である。他方、各国の財政政策執行権は剥奪され、トロイカの超緊縮政策が強行され国民の生活を塗炭の苦しみに追い込んでいる。
 自由奔放な金融政策を許容する一方で、頑なな超緊縮財政政策を押し付ける、という非対称的な政策がとられている。メンバー国には金融政策もなければ外為政策もない、財政政策も許されていない。いわば、経済政策手段をすべて剥奪された状況のもとで、トロイカの指令下におかれるという事態が常態化している。これにメンバー国の国民がいつまで耐えられるのか、これが今後の大きな問題であ
 ギリシアはとに限度を超えている。アイルランドは「フィスカル・コンパクト」をめぐる国民投票がまもなく実施され、これが否決される可能性は低くない。ポルトガルは最も危機的状況にあり、第2のベイルアウトが囁かれている。スペインで改正労働法が実施され、ただでさえ異常な失業率がさらに上昇している。イタリアも、モンティ内閣の超緊縮政策がどこまで実現されるのか疑問の声があがっている。
 反対陣営に目を向けてみよう。そこにも現在のユーロ体制を脅かす要素が少なからず存在する。フランスではサルコジ大統領選に敗北する可能性は、世論調査結果によるとほとんど確実である。決選投票でオランドに敗れる可能性が高い。あまり注目されていないが、メルケルも重要な地方選挙を控えており、そこで敗北する可能性がある。その場合、ヘタをするとその政治基盤が瓦解する可能性がある。強硬なPIIGS批判の先頭に立ち続けてきたオランダも「フィスカル・コンパクト」を実現できていないことが明らかになっている・・・。
 
<関連文献>
『危機の中で<ケインズ>から学ぶ』作品社、2011年  『エコノミスト』、『週刊東洋経済』、日本経済新聞、東京新聞などでの紹介
『ケインズ100の名言』東洋経済新報社、2007年  名言によるケインズの紹  
  介
『雇用と商品』 (ケインズ全集 第27巻。立脇和夫氏との共訳東洋経済新報社、1996年  救済・再建、一次産品関連の資料を収録