2015年8月16日日曜日

地政学的変動 ― 三極体制の出現とグローバリゼーションの変容 by 平井


             地政学的変動

 三極体制の出現とグローバリゼーションの変容


                        
by 平井

アメリカ一国覇権の時代 冷戦時代、米ソ2大陣営が(代理戦争を含みつつ)
牽制し合いながら、相手に対する危機意識をもとに自陣の統制を図り、それに
より、米ソはそれぞれの領域での覇権を維持していた。
9112月、ソ連が瓦解した。そして新生ロシアおよび東欧は社会主義シス
テムを放棄したのみならず、急速な資本主義化を実行し、その助言をほかなら
ぬアメリカに求めた。
それに伴いアメリカ一国が世界の覇権国となる時代が到来した。イデオロー
的にもネオ・リベラリズムが席巻し、資本主義システムが唯一の経済システム
として採用されるグローバリゼーションが展開する時代になった。
軍事的にも、ソ連はアフガン侵攻 (79-89) ― 人民民主党とムジャーヒデ
ィーンとの闘いにたいし前者を支援 により、泥沼状態に陥り、ついには8
9年、撤退を余儀なくされ、膨大な軍事的疲弊(軍事費プラス戦意喪失)を招
来した。
他方、アメリカは、イラクのクウェート侵攻に乗じて展開した湾岸戦争(90–
91)で圧倒的勝利を収めた。ソ連の撤退後もアフガニスタンは内乱状況に陥っていたが、やがてタリバンが実効支配するに至った。タリバンに庇護されていたアルカイーダは数々の爆破事件を引き起こしており(タンザニアとケニアでの米大使館爆破[98]、米艦コール事件[2000]、その身柄引き渡し要求が国連安保理決議によってもなされていたが、タリバンはそれを拒絶続けた。そしてアルカイーダによる9.11事件(01)が勃発した。
 ブッシュ()政権は、これに対し、アフガン攻撃を直ちに遂行し、わずか2
カ月でタリバン政権を壊滅させた。さらに、余勢をかって、「ブッシュ・ドク
トリン」により、2003年、イラク戦争を仕掛け、これもわずか1カ月でイラク
軍を壊滅させることに成功し、フセイン体制は崩壊した。こうして軍事的にも
アメリカは他を圧倒したのである。
 そればかりではない。EUは経済的にも旧東欧圏に進出し、それら諸国をメ
ンバーに組み入れていった。さらには、軍事的にも旧東欧圏をNATOのメンバ
ーに組み入れることに努めた(99年に3カ国、04年に7カ国)。いわば、ソ連の
崩壊による、経済的空白、軍事的空白に入り込んでいった。

「アラブの春」の予想外の展開とウクライナ危機 リーマン・ショックが発生してから、昨年までは、世界金融危機にどう対処していくのかが、主要国政府の最大関心事であった。だが、水面下では、地政学的変化を引き起こす事態が展開していた。その結果、世界システムは三極化にすでに移行している。
最大の契機は、「アラブの春」(11)であった。この嵐は民主化をもたらすことはなく、むしろ独裁者により相対的に安定していたリビア、エジプトの政権を崩壊させ、その後これらの国は混乱の極みに陥った。さらにその波はシリアに向かい、そして気が付けば、イスラム国がイラク、シリアを席巻し、現在は、アメリカ軍による無期限空爆が続いている。
 アメリカは、リビア(反カダフィ支持)、エジプト(反ムバラク支持)、シリア(反アサド支持)での対応を誤り、中東全体の不安定度は増し、いまでは、イラン、ロシア、サウジなどが各国の思惑で深く関与し、さらにスンニ派、シーア派がそれぞれ超過激集団を抱えて戦う構図に陥っている。アメリカはもはや中東の支配者とは言えない状況にある。
EUはユーロ危機への対応策として、「ベイルアウト+超緊縮政策」の路線を頑なにとってきた22。このことで、負担を強いられた国の社会的・政治的不安は拡大してきているが、15713日の「ギリシア債務合意書」は、「ヨーロッパ・プロジェクト」の瓦解の始まりを象徴する出来事である。
これとともに、北アフリカ、中東での内乱状況の展開は、大量の難民がEUに押し寄せる事態を招いており、すでに居住するイスラム教徒そのものおよび若者の過激化への恐れから、EU内部に、ナショナリズム、そしてそれに連動した極右政党を、一大勢力として台頭させるに至っている (スカンディナヴィア諸国ですらそうである)EUは政治的統合どころか、内部崩壊の危機に瀕している。
地政学的にみてもう1つの重要なできごとは、ヤヌコヴィッチのEUからロシアへの転換が契機となって生じた「ウクライナ危機」である。プーチンは、これを絶好の機会ととらえた。クリミア併合 (インド、ブラジル、南アは国連でクリミア併合批判を棄権した)、そして東ウクライナでの反乱軍への(公然たる秘密の)軍事支援により、欧米側は経済制裁を課し、両陣営間の交渉は途絶えたままである。
プーチンの目的は、この20年の欧米の東進により奪われた影響圏の回復である。この見解は、07年にミュンヘンで開催された安全保障政策会議で初めて公けにされた。その視点からみると、ウクライナはEU側に地政学的に奪われた、ということになる。
 
注意すべき点だが、他国への侵略は、アメリカの方がはるかに度を超えている。ロシアが外国に戦争をしかけた事実はない。アメリカやEUは、「主権国家」、「自由」、「民主主義」弾圧という語でロシアを激しく批判するが、欧米に、そういう批判をする資格ははたしてあるのであろうか。

拡張を続ける中国 いまの状況を「新たな冷戦」と呼ぶだけでは不十分である。世界で最も影響領域を拡大してきたのは中国だからである。この前のAPECは中国による朝貢外交の観を呈するものであった。アフリカ、南米、中央アジアでの資源獲得をめぐる積極的な戦略、「中国の首飾り」、「一帯一路」(One Belt One Road) 戦略、さらにはアジア・インフラ投資銀行 (AIIB)など、中国は自らが発起人となって世界システムを再編しようとしており、その点でロシアよりはるかに大胆である。
 現在の中国は巨額の貿易収支の黒字のなか、人民元の上昇に向かうところを、元売り、ドル買いの市場介入を続け、その結果、世界最大の外貨準備高 (3.9兆ドルで2位の日本の3倍。153) になっている。これを武器に、アフリカや南米で一次産品などの資源開発権の獲得に動き回っている。ロシアと中国は「上海協力機構」や、天然ガスをめぐる大規模な提携 (14) に象徴されるように共同関係にある。中国はアメリカに対しもの言える存在になっている。
アメリカ、中国、そしてロシアによる世界を舞台にした地政学的争いにより、帝国主義の再燃ともいうべき況が現出している。

地政学の変化とグローバリゼーションの変化 - グローバリゼーション23は、アメリカ一国覇権の時代と合致しているが、新たな世界システムの出現を準備するものでもあった。それはBRICsの出現であり、G20というかたちで世界経済・政治への発言力をもたらすことになった。
 決定的な地政学的変化は「アラブの春」(11) および「ウクライナ危機」(14)によって顕在化し、そして世界的拡張を続ける中国によって、「三極支配(プラス北アフリカ・中東の内乱状況)」の時代に突入している24
 この新たな世界システムのもとで、グローバリゼーションはどう変容していくであろうか。
1に、現在、中国が進めている「アジア・インフラ投資銀行」 (AIIB. 1410月設立) ― それに「ブリックス銀行」(NDB BRICS. 147月設立) が加わる に象徴されるように世界金融システムの再編である。そうしたなか、金融グローバリゼーションは放置され、SBSのコントロールは一層困難になる。
 第2に、新自由主義に対抗するナショナリズム、宗教イデオロギーの増大である。EUですらナショナリズムの台頭が目覚ましい。加えて中東、北アフリカでは、過激な宗教イデオロギーが跋扈し、だれもそれを止めることができなくなっている。