2015年8月26日水曜日

『市場の失敗との闘い』(日本経済評論社)



 『市場の失敗との闘い』(日本経済評論社)





今月、上記の翻訳書を刊行した。この本の意義はどこにあるのか、と問われたとき、私は

次のように答えることにしている。



監訳者からの一言



本書で主役として取り上げられるているのは、ケインズ、ならびに彼より若い経済学者であるカーン、(ジョーン・) ロビンソン、スラッファの4名である。むしろ若手3名により大きな重点がおかれているのが本書の特徴である。これら3名の経済学者がケインズとどのような関係にあり、どのように積極的な理論貢献、あるいは批判的な貢献を遂げたのかが、一次資料を駆使しつつ、さまざまの角度から照射されている。
彼らはケンブリッジで生じた3つの経済理論上の革命の直接的関係者もしくは指導者であった。不完全競争理論、有効需要理論(ケインズ革命)、そして資本の限界理論批判(いわゆる「ケンブリッジ・ケンブリッジ論争」へと戦後つながっていく)がそれらである。
カーンとロビンソンは「不完全競争理論」の樹立者そのものである。有効需要の理論においては、弟子カーンは非常に重要な役割を演じている。さらにロビンソンも、有効需要の理論の樹立にさいし「ケンブリッジ・サーカス」などを通じて非常に重要な役割を果たしている。
これにたいし、もう1人の主役スラッファは、非常に特異な位置を占めている。スラッファはマーシャル理論の批判論文を書き、それが「不完全競争理論」への道を拓くことになった。なぜならカーン、ロビンソンは他ならぬスラッファから最初の大きな衝撃を受けたからである。だが、スラッファ自身は「不完全競争理論」の展開には興味をもたなかった。なぜなら彼の根本的な価値論は、新古典派のそれと異なっていたからである。有効需要の理論については、スラッファはほとんど完全黙秘的にケインズに接していた。後年、彼の『一般理論』についての研究メモが出てきたが、そこでは徹底した批判が展開されている。スラッファはこれらの点でカーンやロビンソンとまったく異なった立場にいたのである。
本書の特筆すべき点は、まさにこうした点を一次資料を駆使しながら、そして非常に「公平、客観的な読み込み」(つまり、先入観で資料を歪めて取り扱うことなく)を遂行することで、彼らの複雑な関係を明快に分析しているという点にある。
本書を『市場の失敗との闘い』と名付けた理由について、マルクッツォ教授は、
それをケインズ的ライトモチーフおよびスラッファ的市場観の双方に求めている。両者の意図は異なるが、いずれも「自由市場」というイデオロギーに反対した論陣を張っていたという点に求めている。
以上に説明したように、本書は経済学史上、重要なケンブリッジでの革命的できごとを、今日の正統派の立論が主流派となっている知的環境下では忘却されがちな一次資料を駆使してみごとに明らかにしている。多くの研究者のみならず読者諸賢が手にされ読まれることを願っている。


関連サイト

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