トランプ政権を見る
- 就任後2か月の動き
平井俊顕 (上智大学)
1. はじめに
アメリカ大統領選挙は、大方の予想を裏切り、共和党の末端候補と思われていたトランプが、ヒラリー・クリントンを破り、勝利を得ることになった。2017年1月、トランプは大統領に就任し、以降、彼が採る行動は異例ずくめであり、世界をかき回し続けている。トランプ政権が誕生して2か月が経過したいま、どのようなことが生じているのだろうか。
最初に、トランプ政権を担う人材がどのような特性を有しているのかを述べ、続いて、トランプ政権がどのような政策を打ち出してきているのかを見ることにしよう。
2. トランプ政権内の権力構造
トランプ政権を担っている人材がどのような考えの持ち主であるのかだが、最も重要な役割を担っているのは、「バノン (Bannon) 派」、「ペンス (Pence) 派」、「身内派」ということになる。これらがトランプの懐刀的存在とすれば、トランプからは多かれ少なかれ距離のあるグループが存在する。「共和党派」、「ウォール・ストリート派」がそれらである。この他、トランプとは緊張関係をもつといってもいい「マケイン (McCain) 派」や、それ以外の立場にある人物がいる1。
2.1 バノン派
スティーブ・バノン最高戦略責任者をリーダーに、ジェフ・セッションズ司法長官、スティーブン・ミラー政策アドバイザー、ピーター・ナヴァッロ国家貿易委員会委員長を擁する派であり、トランプ政権の思想・行動に最も大きな影響力をふるっている。なかでもバノンの影響力が際立っている。
バノンはゴールドマン・サックスの勤務歴があるが、彼にあってはそのことよりも、アメリカの極右運動alt-rightの巣窟というべき「ブライトバート・ニュース」のトップであった人物であるということが重要である。彼は、伝統的な共和党に対する破壊的批判者であり、トランプの選挙運動のCEOを務めた。白人の労働者大衆がトランプを支援するに至ったのは、バノンの影響によるところが大きい。
大統領就任時の演説はバノンによって書かれたといわれている。 そこに「アメリカ・ファースト」 (America First) という語が二度登場してくるが、 これは戦前のアメリカにあった「アメリカ・ファースト運動」を意味している。 この運動は、 移民排斥主義者や反ユダヤ主義者を多数含み、 かのリンドバーグの名とともに知られていたもので、 アメリカをナチ・ドイツとの闘いから遠ざけ、 ヒトラーとの和解を図ろうとするものであった。 バノンは、 1930年代に見られたこの運動を受け入れる立場をとっている。 大統領トランプが「アメリカ・ファースト」を初めて用いたのは昨年3月の、 ニューヨーク・タイムズとのインタヴューの時だとされる。 以降、 彼はこの語を使い続けている。 上記の歴史事情により、 アメリカで、 長年、 禁止用語的状況にあったこの語を、 である。
司法長官セッションズは、4期目の上院議員で、移民反対の強硬論者として知られ、共和党の大統領予備選でトランプに支援を表明した最初の現職議員である。
ミラー政策アドバイザーは弱冠31歳である。彼は、セッションのコミュニケーション・ディレクターを務めた経歴をもち、トランプのスピーチ・ライターになっている。
ミラーは、多文化主義に反対し、孤立主義者であり、極右的傾向を有している。移民に対し厳しいスタンスをとっている。
ナヴァッロは経済学教授であり、大統領選挙にあってトランプの経済アドバイザーであった。彼は、貿易問題について、トランプ大統領に勧告するために新設された 「国家貿易委員会」(National Trade Council) のトップに任命されている。『中国による死』(Navarro, P. and Autry , G. [2011]) の著者として知られ、中国の貿易慣行にきわめて批判的である。トランプはその影響を受け、中国によりアメリカは収奪されており、中国からの輸入品に45%の関税を課すことを、これまで繰り返し主張してきている。
2.2 ペンス派
次に影響力を有するのが、「ペンス派」である。リーダーはマイク・ペンス副大統領であり、トム・プライス保健福祉省長官、スコット・プルイット環境保護庁長官、ベッツィ・デヴォス教育長官がこの派に属している。
ペンスは、 ブッシュを軟弱な保守主義者と呼び、 下院共和党内に、 最も保守的なグループRepublican Study Committee
(RSC) を設立し、 その長になった政治家である。 このグループは、 議員として国内行政の経験を豊富に有しており、 トランプ政権が共和党から真の協力を得るうえで、 きわめて重要なポジションを有している。
ペンスは
プライスはペンスの後を継いでRSCの長になっている。ジョージア州選出の共和党下院議員 (6期目)で、整形外科医である。妊娠中絶に100%反対の立場をとっており、オバマケアに対しても強硬な反対者である。2015年に、下院予算委員会の委員長に就任している。
プルイットは極端な地球温暖化否定論者であり、オクラホマ州の司法長官時代から環境保護庁(EPA)と長年敵対関係にあり、オバマの「クリーン・パワー計画」― 石炭火力発電所に対する排出規制計画 ― に反対する訴訟団の1人である。批判者は、彼を石油・ガス産業の傀儡と見ている。トランプは環境破壊を容認する人物を環境保護庁長官に任命しているのである。
ベッツィ・デヴォスはミシガン州の共和党の政治家で、学校選択制、学校バウチャー制、チャーター・スクールを唱道してきている。アムウェイの共同創設者リチャード・デヴォスを義父に、民間の安全契約会社 (いわゆる民間軍事会社で一種の傭兵組織) ブラックウォーター社 ― イラク戦争において命がけの儲けの多い業務を請け負ったことで悪名が高い ― の共同創設者エリック・プリンスを実弟にもつ。
2.3身内派
トランプ大統領は娘婿ジェアド・クシュナーを首席アドバイザーに指名するとともに、娘 (ジェアドの妻) イヴァンカを役職のない状況で重用している。若夫婦はいつもトランプに寄り添っており、重大な話は彼らと、あるいは彼らを含めた会議で交わされるという、アメリカの政治史上かつてなかったシーンが展開している。
クシュナーはユダヤ系で、父の後を継いで不動産業を経営する実業家である。彼の財団は、イスラエルのヨルダン川西岸地区への入植活動に対し金融支援を続けてきていることで知られる。
2.4共和党派
リインス・プリーバス首席補佐官、カティエ・ウォルシュ副主席補佐官、シーン・スパイサー大統領報道官がこの派に属している。
彼らは、ペンス派とは異なり、伝統的な部類に属する共和党員であり、トランプが共和党を助け、密接に共同して動くようにすべく努めている。このグループがペンス派やマケイン派と共同することになれば、バノン派を抑制する対抗力になるかもしれない、と評される。
2.5 ウォール・ストリート派
トランプは、ヒラリー・クリントンのウォール・ストリートとの癒着を、大統領選挙時に激しく非難していたが、実際には同じような行動をとっている。大富豪で巨額の資金提供をしてきた複数の人物を閣僚に引き入れている。
スティーブン・ムヌーチン財務長官は、ゴールドマン・サックスに20年勤務した人物で、選挙時のトランプ陣営の金融担当責任者である。2008年のリーマン・ショック時に、「インディ・マック銀行」を取得し、そして政府のベイルアウトにより巨額の利益を手にしている。また「ワン・ウェスト・バンク」を経営していたとき、金融危機後に、少数民族の居住する地域で不適切な不動産差し押さえを行い、巨額の利益を得ている。これらの行動により、彼は「質流れの王」と呼ばれている。ムヌーチンは、法人税制の改革 (レーガン以来の大幅減税) を最優先課題に掲げている。彼は、財務長官として「沼地を掃除する」と述べたのであるが、批判者からは、「沼地にワニを入れるようなもの」と揶揄されている。
ゲアリー・コーンもゴールドマン・サックスの会長にあった人物であり、 大統領の首席経済顧問、 および国家経済会議 (National Economic
Council) の委員長に任命されている。 同委員長は経済政策を担う重要ポストである。
2.6 マケイン派
マケイン派というのは含みのある表現である。共和党の重鎮マケイン自身は、トランプとはかなり対立する立場に立っている。例えば、トランプは「オバマは、選挙中にトランプ・タワーに盗聴器を仕掛けた」と公言しているが、これについて「根拠を示せ、根拠がないのであれば撤回しろ」と発言しているし、プーチンについては、トランプとは対照的で、「やくざ者、犯罪者」と口をきわめて非難してきている。
トランプは次のような有力な軍事高官を迎え入れているが、彼らは基本的にマケインと考えを同じくする。ジェームズ・マッチス国防長官は、アフガン戦争、イラク戦争を指揮した海軍の退役将軍で、「狂犬」のあだ名をもつ。イランに対する強硬なタカ派としても知られる。ジョン・ケリー国土安全保障長官はラテン・アメリカおよびカリブ海方面でのアメリカ軍の指揮官であった海軍の退役将軍である。
マケインは、NATO、EUなどを軽視するトランプの発言はアメリカの本当の見解を反映するものではないことを世界に発信することに努めている。
2.7その他
ここでは、レックス・ティラーソン国務長官を取り上げることにする。同職は外交政策の要だからである。
ティラーソンは、エクソン・モービルのCEOであり、2011年、ロシアと次のような合意を結んだことで知られる。すなわち、エクソンはロシアから北極海での資源アクセス権を取得する、その交換条件としてロスネフチ (ロシアの国営石油会社) にエクソン・モービルの海外活動への参加権を与える、という合意である。当然、プーチンとのつながりがきわめて強い実業家であるが、これまでの政治経験は皆無である。
3. トランプ大統領の行動
共和党主流派とは対立する状況下で大統領になったトランプであり、これまで決定した閣僚やアドバイザーに、これまでとはかけ離れたイデオロギーを有する人物が入りこんでいるのは、前節で見たとおりである。
下記に見るごとく、トランプは就任直後から、大統領命令を連発するかたちで政治活動を展開している。トランプはどうやってこれらの意思決定を行っているのだろうか、という問いが直ちに浮かんでくる。
そのプロセスを見て判明するのは、バノンとか、娘夫婦 (クシュナーとイヴァンカ) といったごく身近の側近と話しつつ、その政治的決断をツィッターで語るなどしながら ― ツィッターだから、話は短く、内容は断定的・独断的である ― 大統領命令 (Executive Order) を発する、という異例のスタイルである。トランプを含め、皆、政治・行政の素人であるから、アメリカは、かなりおぞましい行政状況に陥っている。
そのプロセスを見て判明するのは、バノンとか、娘夫婦 (クシュナーとイヴァンカ) といったごく身近の側近と話しつつ、その政治的決断をツィッターで語るなどしながら ― ツィッターだから、話は短く、内容は断定的・独断的である ― 大統領命令 (Executive Order) を発する、という異例のスタイルである。トランプを含め、皆、政治・行政の素人であるから、アメリカは、かなりおぞましい行政状況に陥っている。
ノーム・チョムスキーは、「これまで15人の大統領を見てきたが、こういうのは初めて」、とアルジャジーラ (AL Jazeera English) での対談で語っている2。 また大統領の心理・人格分析を行った精神科医は、 彼が精神的にきわめて特異である (Narcissistic Sociopath,
Extreme Narcissim) と診断している3。トランプは自分しかみえない性格で、かつ注意力が非常に散漫である。トランプは、「自分」の考えがすべてであり、それ以外のことは瑣末なことという考えに取りつかれている。そのため、最近、精神科医のグループがトランプの罷免を要求する請願運動を展開するに至っている4。
大統領に就任してから、いま(3月末) に至るまで、トランプが行動に移した重要な行動をみておくことにしよう。
3.1 イスラム圏からの入国阻止命令
トランプは、イスラム圏7カ国 (6カ国)の国民を対象にした入国禁止令を大統領命令として発した。これはスティーブン・ミラーによって考案されたようである。
これに対し、シアトルやハワイなどの司法当局は、これに異論を唱え、その実行を止めることに成功している。トランプはこれを「いわゆる判事による越権行為」と、ツィッターで激しく批判している。
3.2 オバマケア廃案行動と代替案の提示行動、そして脅迫的行動
トランプが次に打って出たのが、オバマケアを廃案にして、いわゆるライアンケア (下院議長ライアンによるもの) に代える旨の案を議会で可決させる、というものであった。
トランプは例の強引さで、共和党議員に電話をかけまくり、直前には「いまオバマケアを廃案にしないのなら、もうこの問題に私はタッチしないが、それでもよいのか」的発言をしていた。だが、ライアンから、「必要な票数にはどうしても達しそうにない」との報告を受け、ついには、票決そのものを断念するに至った。ライアンケアは共和党の極右からは「生ぬるい」として、また穏健派からは「これを実施すれば深刻な社会問題が発生する」として、賛成を得ることができなかったからである5。
トランプは、この失敗について、ツィッターを用いて、自分以外のすべての人物に批判をぶつけている。他ならぬ、ライアンに関しても意味深な書き込みをしている。「今日のフォックス・ニュースの午後9時のジェニン判事のショーを見てくれ」と。そのショーで公衆は、「ライアンは責任をとって下院議長を辞めるべき」という発言を聞くことになったのである。
トランプは、この失敗について、ツィッターを用いて、自分以外のすべての人物に批判をぶつけている。他ならぬ、ライアンに関しても意味深な書き込みをしている。「今日のフォックス・ニュースの午後9時のジェニン判事のショーを見てくれ」と。そのショーで公衆は、「ライアンは責任をとって下院議長を辞めるべき」という発言を聞くことになったのである。
さらに、トランプのツィッター攻撃は続く。共和党内の30名強の右派議員グループ「フリーダム・コーカス」(Freedom Caucus) に対し脅迫的ツイートを発したのである。「健康保険法の件で、われわれのチームに加われ。でないと、2018年の中間選挙でどういうことになるか分からんぞ」と。さらに、「われわれはチームで話しているのか、それとも君たちは立場を変えているのか」と発し、極めつけは、「共和党員のマーク・メドウズ、ジム・ジョーダン、ラウル・ラブラドールはどこにいるのか。オバマケアを廃案し、わが代替案に代えろ」と、公衆の面前での名指し攻撃である。この3名は「フリーダム・コーカス」のメンバーである。
3.3地球温暖化否定
トランプが続いて打ち出したのは、地球温暖化を否定し、パリ条約からの離脱を進める大統領命令である。環境保護庁長官プルイットは地球温暖化説を否定する立場に立っており、オバマ政権が提唱した「クリーン・パワー計画」の停止を訴える裁判を起こしてきた人物である。トランプ自体、環境保護庁を嫌っており、そうした観点からプルイットを長官に据えたのである。上記の大統領命令は、この路線の実行である。
3.4 外交政策
トランプは、外交政策の要となる国務省をまったく重視していない。このことは、国務省への予算をこれまでのほぼ3分の2に削減することを決定していることからも明瞭である。
トランプ政権は、これまで歴代アメリカ政府が重視してきたNATO、さらにはEUとの強い連帯政策を批判し、それらを突き放すような姿勢を見せている。3月に訪米したメルケルとのホワイト・ハウスでの会見シーンは、このことを象徴するものであった。会談後の共同記者会見での撮影にさいし、報道陣から「握手を」再三求められても、さらにメルケルが握手を促すそぶりをみせてすら、一貫して無視するという異様なシーンであった。
他方、トランプは軍事支出には突出した増加を決定している。つまり、ソフト・パワーである外交政策には資金を使わず (その意味で非常に孤立主義的政策)、ハード・パワーである軍事支出を激増させている。これを用いてイスラム国の殲滅に重点をおこうとしている。
国務省に関しては、さらに次の点に注目する必要がある。国務長官はアメリカの政治機構にあって伝統的に重要なポストである。覇権国家アメリカの外交政策のトップだからである。にもかかわらず、ティラーソンは当初からカヤの外におかれているうえに、彼は国務長官としての自覚に欠けるところがある。
第1に、不可解なことだが、当初から彼は国際的重要事項の決定プロセスからはずされている。 例えば、既述の入国禁止令についてもティラーソンはまったく関与していないのである。
第2に、既述の国務省予算の大幅削減に対し、ティラーソンは何の表明もしないままであった。
第2に、既述の国務省予算の大幅削減に対し、ティラーソンは何の表明もしないままであった。
第3に、ティラーソンは、4月に予定されているNATOの会合に出席しないでロシアに向かう、と発表している。これなども、NATOを軽視したトランプの意向を反映しており、そのことを了承している姿勢の表れである。
3.5 ロシアとの関係
NATOやEUへの批判的スタンスとは裏腹に、プーチン・ロシアに対してはほめることはあっても、これまでトランプは一度も文句や不満、批判をぶつけたことはない。
トランプがロシアと親密な関係にあるということは、たんに噂の問題ではない。FBIはプーチン・ロシアがトランプと通じて、大統領選挙妨害工作を行い、トランプの当選を助けたという件を本格的に調査する、との声明を発したばかりである。そしてFBIはこれにかなりの確証をもって臨んでいるふしが明瞭である。
トランプはこの件に関し、ロシアの関与を否定するのみならず、つねにFBIやCIAという自国の情報機関を激しく論難する行動に出ている。
それに対抗して、(トランプがよくやる手であるが) 「オバマが諜報機関に指令して、トランプ・タワーに盗聴器をしかけた」とか、「オバマ政権に協力してイギリスが選挙妨害行為を行った」とかいう話を持ち出している。だが、トランプは具体的な証拠を何ら出すことができないままでいる。
トランプ陣営のロシアとの深い関わりは、諜報部員マイケル・フリンが当初、国家安全保障担当補佐官という要職についたことにも表れている6。トランプは、危険を察知し即刻フリンを首にしたが、フリンは情報当局がかねてからロシアとの深い関係を危惧していた人物である。
プーチン・ロシアとトランプによる選挙介入疑惑をめぐっては、FBIによる調査とは別に、議会でもこの問題を調査する委員会がある。その委員長デヴィン・ヌーネス (Devin Nunes) はトランプに近い共和党議員であるが、彼がきわめて奇妙な行動をとることで、審議の開催を延期するばかりか、情報当局から得た情報を、委員会関係者に知らせないばかりか、直接トランプに知らせるという行動に出た。民主党側の有力議員によると、その情報は、状況証拠などではなく、かなりトランプとロシア側の関係が明確にされたものであるという。
4. むすび
ブッシュの時代のネオコンは、覇権国家はアメリカだけであり、中国もロシアもそれに対し従順であったなかで、さらなる覇権を追究したのだが、いまや地政学的状況は一変している。プーチンはロシア帝国の再興を、習をトップとする中国指導部は大国中国を意識した行動を展開するに至っている。こうしたなかでトランプの「アメリカ・ファースト」はどのような立ち位置に立っているのであろうか。
トランプの勝利は、反EU勢力を勢いづかせ、そしてプーチンは彼らに対し資金援助を続けていること (例えば、ルペンのナショナル・フロントに) はよく知られている。トランプ自体、反EUで親ロシア的傾向を明確に打ち出している。それは、EUを益々弱体化、分裂化させることになりこそすれ、アメリカを再び強大化することにはつながらないはずだが、トランプには、そういう発想はまったく見られない。
中東の情勢に米露が今後どういう姿勢をとっていくことになるのであろうか。ロシアは、すでにシリアを抑えている。トランプはシリア、イラク、イエメンでの空爆を激増させ、表面的にはイスラム国の殲滅をうたっているが、それが成功すれば中東に平和が戻るというような単純な話ではない。トルコとクルド族との関係、イランとサウジの関係、イスラエルとイランの関係、さらにはイスラエル1国の立場をとるトランプ政権は、世界が唱える「イスラエル・パレスチナ2国」の立場との敵対という問題を抱えたままである。
そして、それらと複雑に関係しながら、必ずや「アメリカ・ファースト」はロシア帝国の強大化をめざすプーチン7と、対決するような場面に遭遇することになるであろう。
さらに、トランプは、中国を経済的にかなり敵対視しており、中国に対してはおどろくべき高率の関税を課すことを政策に掲げている。そのことで中国との対立姿勢は鮮明になっていくことであろう。ダボス会議でも明らかにされたように、中国がグローバリゼーションを唱えているのに対し、トランプ政権はアイソレーショニスト的立場を標榜するという皮肉な状況が現出している。
(注)
1) 以上の分類は、基本的に参考文献(1)に基づく。
2) 参考文献(3) [2016年11月25日公開]。
3) 参考文献(4) [2016年3月5日公開]。
4) 参考文献(5) [2016年2月23日公開]。また民主党のブルメンナウアー議員は下院で、憲法修正第25条を改定し、精神的疾患の適用を組み入れるべき旨の発言を行っている。
5) CBOの試算によると、ライアンケアでは、今後の10年に未保険者が2400万人になるとされている (オバマケアが実施されている現在でも多数の未保険者が存在している。それに加えて、こういう事態が出現するという)。また年配者の保険料がいまの5倍に跳ね上がることになる。
6) ロシアとの濃厚な結び付きの事例として、商務長官ウィルバー・ロスをあげておこう。彼はキプロス最大の銀行の副頭取をしていたが、この時の彼の活動はプーチンの側近との濃厚な関係をもって行われていた。キプロスはEUのメンバー国であるが、抜け穴の多い国で、ロシアのオリガルヒは、ここを資金移動の抜け道として利用していることでよく知られている。ロスはここであやしげな取引(巨額の資産を格安でロシア側の陣営に譲ったりしている)を行うことで財をなしてきた人物と評されている。
7) プーチンは、近年、ロシア・ファシズム思想を唱えたイリューイン(Ivan Ilyin)ロシア国民に植え付けようとして熱心に行動している (参考文献(2)) が、これは彼の考えを窺い知るうえで注目に値する。
(参考文献)
(4) https://www.youtube.com/watch?v=cYb5YXl3Nfc&t=11s
Navarro, P. and
Autry , G. [2011] Death by China:
Confronting the Dragon - A Global Call to Action, Pearson FT Press.
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筆者紹介
ひらい としあき
平井俊顕
東京大学経済学部卒業
東京大学大学院経済学研究科博士課程修了
2012年3月まで 上智大学経済学部教授
(その他、 京都大学講師、 東北大学講師、 一橋大学客員教授、 Guest Professor
at University of Cassino and Southern Lazio [Italy] などを歴任)
現在 上智大学名誉教授
ケインズ学会会長 (2011年 - )
『ケインズ全集』編集幹事
専攻 経済学史・理論経済学
著書 『ケインズ研究 ― 『貨幣論』から『一般理論』へ』東京大学出版会、1987年
『ケインズの理論 ─ 複合的視座からの研究』東京大学出版会、2003年.
『ケインズは資本主義を救えるか - 危機に瀕する世界経済』昭和堂
Keynes’s Theoretical Development – from the Tract to the
General Theory, Routledge, 2007.
The Return to Keynes (co-edited by B. Bateman, T. Hirai and M.C. Marcuzzo ), Harvard
University Press, 2010.
Keynesian Reflections (co-edited by M.C. Marcuzzo and P. Mehrling ),
Oxford University Press, 2013.
Capitalism and the World Economy (ed . T. Hirai), Routledge, 2015. など