トランプ政権内の権力構造
トランプ政権を担っている人材がどのような考えの持ち主であるのかだが、最も重要な役割を担ってきているのは、「バノン派」、「ペンス派」、「身内派」ということになる。これらがトランプの懐刀的存在とすれば、トランプからは多かれ少なかれ距離のあるグループが存在する。「共和党派」、「ウォール・ストリート派」がそれらである。このほか、トランプとは緊張関係をもつといってもいい「マケイン派」や、早くも微妙な立場におかれているティラーソンがいる。
1.1 バノン (Bannon) 派
スティーブ・バノン (chief strategist最高戦略責任者) をリーダーに
バノンはゴールドマン・サックスの出身であるが、彼にあっては、そのことよりも、アメリカの極右運動alt-rightの巣窟である「ブライトバート・ニュース」の委員長であった人物であり、伝統的な共和党に対する反対者である。トランプの選挙CEOを務めた。
大統領就任時のスピーチはバノンによって書かれたと言われており、そこにはとりわけAmerica Firstという言葉が登場するが、これは戦前のアメリカにあった運動を意味するものである。「アメリカ・ファースト」運動とは、移民排斥主義者や反ユダヤ主義者を多数含み、かのリンドバーグの名とともに知られていた運動である。アメリカをナチドイツとの闘いから遠ざけ、ヒトラーとの和解を図ろうとするものであった。バノンは、1930年代にみられたこの運動を受け入れている。トランプはその後も、「アメリカ・ファースト」― この言葉はアメリカではそれゆえに、禁止用語であった ― をスローガンとして使い続けているのである。
司法長官ジェフ・セッションズは、4期目の上院議員で、移民反対の強硬論者として知られ、共和党の予備選でトランプに支援を表明した現職の最初の議員である。
スティーブン・ミラー (senior policy adviser) は31歳の若手である。 彼は、
セッションの助手であったが、トランプのスピーチ・ライターになっている。 ミラーは、多文化主義に反対し、孤立主義で極右的傾向をもっている。移民にたいし厳しいスタンスをとっており、多文化主義を「隔離」(segregation) と呼んでいる。セッションのコミュニケーション・ディレクターを務めていた。
ピーター・ナヴァロは経済学教授で、 トランプ選挙での経済学アドバイザーであった。 貿易問題について、 トランプに助言する新設の National Trade Council
のトップに就任している。『中国による死』の著者として知られ、中国の貿易慣行にきわめて批判的である。トランプがその影響を受けて、中国によりアメリカは略奪されており、中国からの輸入品に45%の関税を課すということを、これまで繰り返し主張してきている。
1.2 ペンス (Pence) 派
次に影響力を有するのが、「ペンス派」である。リーダーはマイク・ペンス副大統領であり、トム・プライス (保健福祉省長官)、スコット・プルイット (Scott Pruitt) (環境保護庁長官)、ベッツィ・デヴォス (Betsy DeVos) (教育長官)がここに属している。
ペンスは、 ブッシュを軟弱な保守主義者と呼び、 下院共和党内に、 最も保守的なグループRepublican Study Committee (RSC) を設立し、 その長になった人物である。 このグループは、 議員として国内行政の経験を豊富に有しており、 トランプ政権が共和党から真の協力を得るには、 きわめて重要な場所に位置している。
次に影響力を有するのが、「ペンス派」である。リーダーはマイク・ペンス副大統領であり、トム・プライス (保健福祉省長官)、スコット・プルイット (Scott Pruitt) (環境保護庁長官)、ベッツィ・デヴォス (Betsy DeVos) (教育長官)がここに属している。
ペンスは
トム・プライスはペンスの後を継いでRSCの長になっている。ジョージア選出共和党下院議員 (6期目)で整形外科医である。妊娠中絶に100%反対で、オバマケアの強硬な反対者でもある。2015年下院予算委員会委員長に就任している。
スコット・プルイット極端な地球温暖化否定論者であり、オクラホマ州の司法長官時から環境保護庁(EPA)と長年敵対関係にあり、オバマの「クリーン・パワー計画」― 石炭火力発電所への排出規制 ― にたいする訴訟団の一人である。批判者は石油・ガス産業の傀儡とみている。
ベッティ・デヴォスはアムウェイの共同創設者の義理の娘で、兄弟のエリック・プリンスは、イラク戦争における民間の安全契約会社 (いわゆる民間軍事会社で一種の傭兵組織) ブラックウォーター(命がけの儲けの多い役割を演じたことで悪名が高い) の創設者である。ベッティは教育とは無縁の人物である。
1.3身内派
トランプは娘婿ジェアド・クシュナー (senior White House adviser) や娘イヴァンカを重用する行動をとっている
クシュナーはユダヤ系で、父の後を継いで不動産業を運営している。彼の財団は、イスラエルのヨルダン川西岸地区への入植活動に金融的支援を続けてきている。
1.4共和党派 (The Party Wing)
リインス・プリーバス (首席補佐官)、カティエ・ウォルシュ (副主席補佐官)
リインス・プリーバス (首席補佐官)、カティエ・ウォルシュ (副主席補佐官)
シーン・スパイサー(大統領報道官)などをあげることができる。
彼らは、ペンス派とは異なる伝統的な部類に属する共和党員であり、トランプが共和党を助け、密接に共同する方向で動くように努めている。このグループがペンス派やマケイン派と協同することになれば、バノン派を抑える緩和力になりうるかもしれない、と評される。
1.5 ウォール・ストリート派 (The Wall Street Wing)
トランプは、ヒラリー・クリントンのウォール・ストリートとの癒着を、大統領選時に激しく非難していたが、実際には同じような行動をとっている。大富豪で巨額の資金提供をしてきた人物を多数、閣僚に引き入れている。とくにゴールドマン・サックス出身者が目立つ。
トランプは、ヒラリー・クリントンのウォール・ストリートとの癒着を、大統領選時に激しく非難していたが、実際には同じような行動をとっている。大富豪で巨額の資金提供をしてきた人物を多数、閣僚に引き入れている。とくにゴールドマン・サックス出身者が目立つ。
スティーブン・ムヌーチン (財務長官)は、ゴールドマン・サックスで20年
働いた人物で、選挙時のトランプ陣営の金融担当責任者である。2008年のクラッシュのとき、インディ・マック銀行を取得し、政府のベイルアウトでもうけた。また「ワン・ウェスト・バンク」を経営していたとき、金融危機後に少数民族の社会で不適切な不動産差し押さえを行ったことで大きな利益を得た。これらの行動で彼は、「質流れの王」と呼ばれている。法人税制の改革
(レーガン以来の大幅減税) を行うことを最優先の課題と公言している。彼は、「沼地を掃除する」と述べたが、批判者からは、「沼地にワニを入れるようなもの」と揶揄されている。
ゲアリー・コーン (国家経済会議議長. Director of the National Economic Council) もゴールドマン・サックスでナンバー・ツーの地位にあった人物である。
1.6 マケイン派
マケイン派というのが挙げられることがあるが、これは含みのある表現である。
マケイン自身は、トランプとは相当に対立する立場に立っている。例えば、トランプが述べた「オバマが選挙中に自分の話を盗聴していた」という話を、「根拠を示せ、ないなら撤回しろ」と発言しているし、プーチンを「やくざ者、犯罪者」と非難している。
トランプは有力な軍事高官を内閣に迎え入れたが、彼らは基本的にマケインの考えと見解が同じである。ジェームズ・マッチス (国防長官)は、アフガニスタン、イラク戦争を指揮した海軍の退役将軍で、「狂犬」のあだ名をもち、イランに対する強硬なタカ派として知られる。ジョン・ケリー (国土安全保障長官)
トランプは有力な軍事高官を内閣に迎え入れたが、彼らは基本的にマケインの考えと見解が同じである。ジェームズ・マッチス (国防長官)は、アフガニスタン、イラク戦争を指揮した海軍の退役将軍で、「狂犬」のあだ名をもち、イランに対する強硬なタカ派として知られる。ジョン・ケリー (国土安全保障長官)
はラテン・アメリカおよびカリブ海での軍事活動の責任者であった退役海軍将軍である。
マケインは、NATO、EUなどについてのトランプの発言はアメリカの本当の見解を反映していない点を世界に発信することに努めている。
1.7その他の重要人物
ここでは、レックス・ティラーソン (国務長官) だけを取り上げることにする。
国務長官という重責を担っているからである。
ティラーソンは、エクソン・モービルのCEOであり、2011年、ロシアと、北極海での資源アクセス権を獲得、そしてその交換条件としてロシアの国営石油会社ロスネフチにエクソン・モービルの海外活動に参加権を与える旨の合意を結んだことで知られる。当然、プーチンとのつながりはきわめて強い実業家であるが、政治経験はゼロである。
国務長官はアメリカの政治機構にあって伝統的に重要な閣僚である。覇権国家アメリカの外交政策のトップだからである。だが、ティラーソンにはそうした自覚はないし、トランプも当初から彼をあらゆる国際的重要事項の決定からはずしている。例の7カ国 (6カ国) からの入国禁止命令についても、彼はまったく関与していないことが知られている。
トランプは国務省予算を3分の1も削減した (これにたいし、防衛費は激増させている) が、それにたいしティラーソンは何も表明しないままであった。際立つのが、NATOとの会合に出席しないでトランプに随行して訪中し、その後モスクワに向かうというスケジュールを発表していることである。これなどはこれまでの米欧関係を考えるとありえない話である。
トランプは国務省予算を3分の1も削減した (これにたいし、防衛費は激増させている) が、それにたいしティラーソンは何も表明しないままであった。際立つのが、NATOとの会合に出席しないでトランプに随行して訪中し、その後モスクワに向かうというスケジュールを発表していることである。これなどはこれまでの米欧関係を考えるとありえない話である。
ティラーソンとバノンとのあいだはかなり険悪である。ティラーソンが、国務省のナンバー・ツーとして考えていた人物を拒絶されたり、2015年の気候変動をめぐるパリ合意からの離脱について、ティラーソンとイヴァンカはそうしないように説得していたが、バノンは離脱するように画策していたことが知られている (トランプはバノンに従う行動をとることになった)。