2016年1月22日金曜日

ケインズと「今日性」 平井俊顕





ケインズと「今日性」


平井俊顕



ケインズは「今日」世界 ここでは「現代」よりも「今日」がふさわしい にとって、どのような意義を有する存在なのであろうか。つまり、彼が活動した時代に彼が投げかけたさまざまの領域におけるさまざまの提案が、私たちが生きる「今日」にあってどれほどの意義を有しているのであろうか。本稿で取り上げるのはこの問題である。具体的には3つの領域を対象にしたい。第1に経済学と経済政策、第2に世界システム、第3に資本主義観 (社会哲学)である。


1. 経済学と経済政策 

マクロ経済学の戦後の歴史は、ケインズの理論を軸に展開してきたといってよい。戦後から1970年頃までの経済学の主流は「新古典派総合」と呼ばれ、ミクロ経済学ではワルラス一般均衡理論が、マクロ経済学ではケインズ理論 (IS-LM理論) が支配的であった。その後、マクロ経済学に限定すれば、反ケインズ派が支配的になり、最初は「マネタリズム」が、そして1980年代からはルーカス、キッドランド、プレスコットらに代表される「新しい古典派」が支配的になり近年までが経過した。
だが、リーマン・ショックにより、資本主義世界は混乱の渦に巻き込まれ、いまだにその後遺症から抜け出せていない。このことで「新しい古典派」への信頼は一気に凋落し、代わってケインズに大きな光が当たるようになった。したがって、ここでケインズを取り上げる意義は大きい (20114Institute for New Economic Thinking [INET]が、キングズ・カレッジで創立大会を開催したのはこうした傾向を象徴する動きである)
「新しい古典派」とは、ルーカスによって展開された「貨幣的ビジネス・サイクル理論」やキッドランド=プレスコットによって展開された「リアル・ビジネス・サイクル理論」によって代表されるマクロ理論である。いずれも、経済主体の「超」合理性、市場における均衡メカニズムの完全性を当然視した理論構成を有しており、そしてそれに依拠することで厳密な理論モデルが構築され、それに基づき現実経済の科学的解明も可能になった、と主張してきた (いわゆる「経済政策の無効性命題」もこのコンテクスト下にある)
経済主体の「超」合理性とは、具体的には「代表的家計」という「1人」が「合理的期待形成」を行う能力を有しており、それによって(期待) 効用を極大化する、ということを意味する。これを基底に組み込んだマクロ・モデルにたいし対応するマクロ・データが集められ、そしてそれをもとに実証研究が行われる。そしてその結果が非常に有意である もしくは有意ではない -との主張が続く。このさいに用いられるのが「カリブレーション」と呼ばれる手法である。
これは、上記の純粋なマクロ・モデルのままでは実証に用いることができないため、モデルを線型化し、さらにさまざまな情報を過去の実証研究から借り入れ、それらをもとにマクロ・モデルから内生変数の時系列を算出する。これを現実のマクロ・データと照らし合わせ、それに合致する度合いが高ければ、このモデルは現実のマクロ経済をよく描写しているものであると判断する。合致の度合いが低ければ、マクロ・モデルを修正し、そのうえで再度、内生変数の時系列を算出し、現実のマクロ・データとの類似度をチェックする、ということが試みられる。こうした特徴を有するモデル構築ならびに実証分析がマクロ経済学界のなかで支配的な影響力をおよぼしてきた。
さて、ケインズの理論への最近の脚光であるが、次の2点を指摘しておきたい。1つは、リーマン・ショック後の経済の深刻な悪化にたいし、「新しい古典派」が何の政策も打ち出せない状況下、オバマ政権が、明示的にケインズ的政策を唱導したという点である。それは「グリーン・ニューディール」と称される公共投資とクリーン・エネルギーを組み合わせることで不況を克服する政策提案であった。同時期、EU、中国も同様の方針を打ち出しており、このことを象徴するのが、20094月ロンドンで開催されたG20である。オバマ政権下でこの方針を打ち出したのはイェレンやサマーズなどの「ニュー・ケインジアン」であるが、彼らは自らの理論のうち「有効需要の不足」、「非自発的失業」といったケインズの理論、もしくはコンセプトに基づいてそのような提案を行った。
 ところが20106月頃から、世界経済の風向き、そして各国政府の政策スタンスには大きな転回がみられ、(イギリスを含む) EUは超緊縮財政の遂行を錦の御旗にする方向に転換し、アメリカもその流れに押されるかたちで、経済不況対策は事実上放棄されている。「放棄」されているどころか、これらの超緊縮財政の遂行は「有効需要の大削減」政策である。
だが、こうした方法で財政の健全化を目指そうとするのは本末転倒である。民需が停滞するなか、内需を増大させられるのは政府しかない。ところがその政府も超緊縮財政政策を敢行しているから、有効需要の低下はとどまるところを知らず、結局のところ当該国の財政状況・経済状況は一層の悪化を辿っている。このことはギリシアをはじめとするPI(I)GSに明瞭に認められる現象である。
アメリカの場合、超緊縮財政への転換にはユーロ危機ならびに「ティー・パーティ」という政治運動 いかなる増税にも反対し、すべてを支出の削減により均衡財政を目指すというスローガンを掲げている   に後押しされた共和党の躍進により、ユーロ圏と同じ道に足を踏み入れている。そのため景気刺激策は影を潜めてしまったのである。だが、このことは「新しい古典派」の復活を意味するものではない。景気刺激策は、共和党の政治家や「新しい古典派」が喧伝するのとは異なり、規模が小さくかつしりすぼみで終わってしまったという点に問題がある。ケインズの財政政策が無効であったというのは党派から独立しているCBO (Congressional Budget Office) などにより実証的に論駁されている。さらにいえば、減税のもたらす税収の増大効果はかなり限定的なものであることも、実証的に確かめられている。いま必要なのは大胆な景気刺激策である。
20118月にデット・シーリング引き上げ問題で共和党と屈辱的な「妥協」を行ったことで大きく支持者をなくしたオバマ大統領が9月にこれは総額4470億ドルの「アメリカ・ジョブ法」 2400億ドルの減税 (給与税減税の延長と拡大)1400億ドルのインフラ投資などからなる を提案することで本来のスタンスをやや回復したことは特筆すべきできごとである。
もう1つは、ケインズの理論には、資本主義システムを不安定性、不確実性、複雑性に満ちたものとしてとらえる、という側面があり、この側面が、今回の世界経済の金融破綻を経験するなかで、スティグリッツ、クルーグマン、アカーロフ、シラーをはじめ、多くの経済学者の注目を集めたという点である。「リクイディティ・トラップ」、「美人投票」、「アニマル・スピリッツ」といった側面を代表する概念が『一般理論』(1936)には存在しており、そうした側面に大きな注目が寄せられたのである。
ケインズが示した方法論的スタンスは、「新しい古典派」がいうような「未発達性」としてとらえるべきものではない。彼は市場経済が複雑で相互連関的に動くということを強烈に認識している。方法論的に厳格になろうとするあまり(それでいて、その厳格性は怪しいのだが)、現実の複雑性を捨象したモデルを導出し、それに複雑な経済のデータを無理やり押し込めるという手法のもたらす弊害は大きい。論理や言語、複雑な制度や人々の心理、そうした要素に絶えず気にとめながら、データを扱い、数学を用いるケインズが行おうとしたのはそのような方向であり、これは今後の経済学の進むべき道を考えるうえでも重要な示唆を有するものである。ケインズが『一般理論』で「最近の数理経済学」を批判し、またハロッド宛書簡で経済学を「モラル・サイエンス」と評したのは、彼が国民所得統計の創設に大きく貢献した人物であり、数学を得意としていた人物であることを想起するとき、一層心して傾聴すべき言葉になる。
 

2. 世界システム

ケインズといえば、マクロ経済学や財政政策による経済の回復といった側面が専ら取り上げられてきており、彼がだれよりも優れた世界システムの構築者であったということは、すっかり忘れられている。そのことにより、現在の世界経済のあり方をめぐり、彼の提言が重要な意義をもつものであることも看過されているのである。本節で取り上げるのはこの側面 国際通貨体制、ヨーロッパ危機、一次産品問題 であるが、彼がどのようなグランド・デザインを描いていたのかをみることから始めよう。

2.1 第一次大戦後のヨーロッパのためのグランド・デザイン
ヴェルサイユ講和会議の進展状況に落胆したケインズは、大蔵省主席の座を辞し帰国するに至った。彼はその直後から講和条約を弾劾する著作の執筆を開始し、そしてそれを世に問うたのである。『平和の経済的帰結』(1919) がそれである。こ第7章「治癒策」は、ケインズの大胆で創造的なプランナーとしての面目が躍如である。すべての戦債の相殺を提案した後、彼は瓦解したヨーロッパ再建のため、次のようなグランド・デザインを提唱した。
   
(i) 石炭共同体を再編して全ヨーロッパに石炭を供給・配分する一種の共同
システムを構築する。
 (ii) (イギリスを含む)「自由貿易同盟」を立ち上げる。
 (iii) ヨーロッパ再生のため「国際貸付」― 食糧や原材料をアメリカか
ら得るための借款と「保証基金」からなる を実施する。後者は、
国際連盟加盟国からの拠出で設立されるべきである。それは一種の国
際救済機関であり、貨幣の全般的再編の基盤とみなされる。

驚くべきことに、これは (第一次大戦ではなく) 第二次大戦後のヨーロッパが歩むことになる道を暗示している。石炭の共同供給・分配システムは「欧州石炭鉄鋼共同体」 (1952) のプロトタイプ、「自由貿易同盟」は「ヨーロッパ共同体」(1967) のプロトタイプである。「保証基金」は一種の国際救援組織であり、かつ一種の国際通貨システムのベースとみなされている。後者はある意味では「ユーロ」に関係しているとさえいえるかもしれない。
『平和の経済的帰結』が世界的なベスト・セラーであったことを考えると、以上に提案されたケインズのグランド・デザインがヨーロッパの救援・再建を真摯に考える人々に大きな影響を与えたとしても、それほど不思議なことではない。

2.2 次大戦後のためのグランド・デザイン
1940年、ケインズは、戦争状況から生じる特別な問題について蔵相を助け、アドバイスを与えるために設置された諮問会議の委員になった。その後、彼は多岐に渡る重要な問題について陣頭指揮をとっていくことになる。ここではとくに次の2分野が重要である。
第1に、対外戦争金融および国際収支危機をめぐる対処策である。ケインズは「レンド・リース協定」や「英米金融協定」をめぐるアメリカとの交渉で中枢的な役割を果たしている。
第2に、戦後世界経済秩序の構築に関係する仕事である。ケインズはそれらのシステム構築にさいし、卓越した才能を発揮した。とりわけ次の3つの計画案が注目に値する。(i) 国際通貨体制案、(ii) 「中央救済・再建基金」と呼ばれる国際救済機関の設立案、そして (iii) 国際緩衝在庫案である。
  以上で本節の準備は終わった。次にこれらに関係するケインズの「今日」性
を取り上げていくことにしたい。
  
2.3 国際通貨体制案
ケインズは国際通貨体制のあり方をめぐり、若いときから批判的な意識をもって考察を続けていた。『インドの通貨と金融』(1913) や『貨幣改革論』(1923) における金本位制批判、さらには「チャーチル氏の経済的帰結」における再建金本制批判をあげれば十分であろう。
 そのケインズが、第二次大戦後の国際通貨体制として提案したのが「国際清算同盟案」である。国際清算同盟案は、本質的に、多角的な清算を同盟に設定された加盟国の勘定間で行うシステムである。国際取引はすべてこの勘定に「バンコール」と呼ばれる国際貨幣で記帳される。バンコールは国レベルの取引にのみ用いられる貨幣であるが、信用創造機能をもち合わせている (各国通貨は、バンコールとのあいだで交換レート [平価] を設定する)。このシステムの最も革新的な点は、(i) バンコールが国際通貨になり、ドルもポンドもローカルな通貨になること、(ii) 世界経済の成長に合わせて信用創造が可能になること、である。勘定の相殺の後も、貸方 (借方) が累増していく国にたいしてはペナルティが課され、それでもうまくいかない場合には、平価の切り上げ (切り下げ) 措置がとられる。国際取引の金融的舞台は清算同盟に集中することになるが、財・サービスの取引は民間企業の自由な活動に委ねられている。ケインズは、この案を、国内銀行業務では当たり前になっていることを国際舞台に拡張しようとするもの、と特徴づけている。
 これに対抗する案がアメリカのホワイトによる「国際安定化基金案」である。これは本質的に、加盟国が拠出することで成立する「基金」であり、信用創造機能は備わっていない。加盟国には同意した自国通貨の平価を維持するため、外国為替市場への介入が義務づけられる。さらに、それはドルを事実上の国際通貨とするドル為替本位制であった。
 両案をめぐりブレトンウッズでの討議は白熱したが、交渉はホワイト案で合意をみるに至った。
 爾来、今日に至るまで国際通貨体制はドル本位制である。その間、1970年頃の「ドル危機」を契機に固定相場制から変動相場制へと大きく変わったが、ドル為替本位制は維持されている。そしてこの制度のもつ欠陥はこれまで多くの人々によって指摘されてきている。近年、ケインズの国際清算同盟案が大きくクローズアップされたのは、20094月に中国中央銀行総裁の周小川が、この案をドル為替本位制に代わる新たな国際通貨体制として持ち上げたことによる。ドルのもつ問題性は益々顕在化していくことが予想されるから、ケインズ案は継続的に論議の的になっていくことであろう。

2.4 ヨーロッパ危機
2008年頃まではユーロ圏には好調な経済状況の国がいくつもあり、それはユーロに起因するという評価で溢れていた。ところが、2009年の秋頃ギリシアに財政問題が発生し、以後、ユーロ指導部が手をこまねいているうちに事態はいわゆる「PIGS問題」に発展、事態は一周縁国の問題ではなく、ユーロ・システムそのものの危機に進展して今日に至っている。
 ケインズが危機に陥ったヨーロッパの救済・再建に深く関わった人物であった。ここでは、第一次大戦で瓦礫と化したヨーロッパの再建案として提案された『平和の経済的帰結』第7章での既述の構想、および第二次大戦の途上で、戦後ヨーロッパの救済・再建案として提案された「中央救済・再建基金」構想を指摘しておきたい。何よりもこれらは「マーシャル・プラン」とも浅からぬ因縁がある。そればかりではない。1950年代にヨーロッパで採用された「ヨーロッパ支払同盟」(EPU) は国際清算同盟案から大きなインスピレーションを得ている。
これらのことは、現在のユーロ危機を考察するさいに、ケインズが戦間期に提唱したことがただ参考になるというのではなく、2011年の現状を是正・打開していくうえで大いなるヒントを秘めているがゆえに一層重要であることを示唆しているのである。

2.5 一次産品問題
第二次大戦前、一次産品価格は激しい変動を繰り返していた。ケインズは多数
の一次産品の統計的調査を実施しており、その結果、それらの価格の安定化がいかにすれば達成可能なのかをめぐり考察を続けていた。それが具体的な政策の場において提唱されたのが、国際緩衝在庫案である。それは、競争的市場制度は緩衝在庫を嫌うため価格の激しい変動を引き起こしており、それを防止し、生産者の所得を安定させるには「国際緩衝在庫」が必要である、との基本的認識に立っている。一次産品の国際統制を行なう方法としては生産規制を目指す方法と価格の安定化を目指す方法があるが、生産規制は全般的な利益をもたらすことはないので、主として個別的ならびに全般的の双方における価格の安定化が、そこでは目指されている。その中心的な構想が「コモド・コントロール」と呼ばれる国際機関の設置である。それは緩衝在庫を設け、その操作を通じて世界市場での需給の変動を吸収することにより、価格の安定化を実現することを目的にしている。この計画にはもう1つ、関係する生産者に適切な所得を保証することにより、彼らの生活を安定させるという重要な目的があった。
 ケインズのこの案は実現には至らなかったが、その後の国際的な一次産品問題に取り組むさいに、絶えず参照にされてきた。代表的なものにUNCTADによって提唱された「コモン・ファンド」(1989) がある。
 現在の一次産品問題は、第二次大戦前と同じように、激しい価格の変動に晒されるようになっている。この背後にはこれらの市場が自由化されたことと大いなる関係がある。 今日における最も重要な一次産品、それは原油である。1970年代はOPECによって原油価格は決定されていたが、いまではブレント原油市場とWTI原油市場で決定されるようになっている。しかも現在では多数の一次産品市場が「インデックス投機」の対象になっており、MMF、銀行、ヘッジ・ファンドなどから巨額の資金が流れ込む事態に陥ってしまっている。これらは金融の自由化 とりわけ「商品先物現代化法」がこの動きにとって決定的であった によって現出したものである。これにより一次産品市場が純粋に投機的要因によって激しい変動をみせるに至っているのである。
 いま必要とされているのは、こうした現状にたいし、ケインズの警告、立案をどのように生かすのかという点である。「国際緩衝在庫案」はこうした「現在」の市場の極端な自由化にたいする警鐘として鳴り続けているのである。


3. 資本主義観
      
ケンブリッジでのケインズの同僚 (ロバートソン、ホートリー、ピグー) の資本主義観に共通するのは、資本主義システムのもつ悪弊金儲け動機、 所得分配の不平等、 繰り返される失業等々に批判の目を向け、いかにすればそれを除去できるのかに力点がおかれている点である。いずれも自由放任主義は資本主義システムの状況改善に役立つものではないとの認識を共有し、そこにおいて果たすべき政府の役割が強調されている (さらに個人の不完全性を認識している点でも共通している)。彼らは、多かれ少なかれ、経済の安定、失業対策、所得の不平等などの問題にたいし、政府による積極的な関与と弱者救済の必要性を唱道するスタンスに立っている。 
ケインズの場合、資本主義システムのもつ深刻な欠陥を認識し、それにたいし政府が積極的に関与することの重要性を強調するが、そのことはホートリーやピグーとは異なり、社会主義への移行を是認するものではない。あくまでも「社会正義および社会的安定のために、経済的諸力をコントロールし指導することを意識的に目的」とする立場である。1920年代の初頭以来,ケインズは一貫して「自由放任哲学」ならびにそれに依拠する「自由放任経済学」を批判し、それに代るものとして「ニュー・リベラリズム」ならびに「貨幣的経済学」を提唱していた。市場による需給法則に任せておけば最適な資源配分が達成される、という考えをケインズはとらない。それは現実を無視した想定に立っており、実際の資本主義社会には政府(もしくは何らかの機関)による介入・調整が必要である、と考えるからである。この考えは以降のケインズの資本主義観および経済学を貫通している。
翻ってこの30年間、ケンブリッジの経済学者が展開したのとはまったく対照的な資本主義観が世界を支配してきた。それは「市場原理主義」(サッチャリズム [イギリスのサッチャー首相に由来する。ハイエクの「復活」はこのことと関係が深い] やレーガノミクス [アメリカのレーガン大統領に由来する。フリードマンの勢いはこのことと関係が深い])とか「ネオ・リベラリズム」(ここでは「新しい古典派」の経済学者を指摘しておこう) である。それは「可能なかぎり政府を排除し市場に任せることを優先させよ」という思想である(彼らの自由思想は同じではないが, そうした点はここでの文脈では重要なことではない)。政府による経済への介入は効率性を阻害し、経済の発展を妨げる。規制を可能なかぎり撤廃するように構造を改革すべき、という思想である。この考えに基づいて、アメリカ、イギリスを中心に金融の自由化が推し進められた。1999年のグラム=リーチ=ブライリー法はその象徴的存在である。そしてその「やみくも」の自由化が今回の世界経済危機をもたらしたのである。
 経済学は、こうした問題、つまり資本主義社会における「自由のあり方」にもっと真摯な目を向ける必要がある。これらの問題を看過した「自由化」、「市場化」は高度に発展した資本主義社会に「マネー・ゲームに狂奔する企業・個人の行動」の是認をもたらし、「投機活動が実体経済を撹乱することの容認」、 「格差の容認」(アメリカの30年はまさに所得格差拡大の歴史である)、「福祉の切捨て」という価値観をもたらすことになった。しかも、市場を神格化するあまり, あげくのはてには「市場の不存在」、「市場の不透明化」現象の著しい拡大をもたらすことで、市場システム自体を混乱に陥れてしまった。さらには、 その先陣を切り、「自己責任」を標榜してきたはずのメガバンクが真っ先に政府に救済を請うという「モラル・ハザード」を露呈してしまったのである。
わたしたちは, こうした問題のもつ重要性を真摯に受け止め、新しい資本主義観を構築していく必要に迫られている。そのさいに、資本主義社会のもつ病弊を鋭く指摘しその改革を求めたケンブリッジの経済学者の資本主義観は, 近年の対照的な資本主義観がもたらした「いびつな資本主義」を是正していくうえで強力な導きの糸となることが期待される。
         ***
本稿では、経済学と経済政策、世界システム、資本主義観 (社会哲学) の領域で、ケインズがいかに「今日」性を有するのかをみてきた。その意義はすでに明瞭だと思われるので、改めてまとめる必要はないであろう。むしろ、最後にケインズ探究の幅の広さを示すため、それらの外部に位置する2つの領域 哲学およびブルームズベリー・グループ に言及しておきたい。

哲学 - 20代のケインズが、知的エネルギーを傾注したのは確率論や倫理学である。最も初期のものに、1904年1月、「ソサエティ」で発表された論文「行為に関連しての倫理」がある。これは、行為に関して承認されている規則、ならびに帰結主義についてのムーアによる正当化にたいする批判である(題名もムーア『倫理学原理』(1903) 5章からとられている)。後年、ケインズは「正しい行為についての彼 [ムーア] の理論を考察」したことが、自らの確率論研究にとり、「重要な意義を有するものであった」と振り返っている。
 確率論研究において、ケインズがもう1つ重要な影響を受けたのは、ラッセルの『数学の原理』(1903) ― この書自体、ムーアからの影響に触発されている である。
 上記のような影響、ならびに自らがもつ人性合理性にたいする強烈な確信に突き動かされ、ケインズは、確率論の研究に没頭した。それは、確率を命題間の「合理的信条の度合」と規定したうえで、その公理論的・論理的探究を目指したものであり、頻度説批判に立ちつつ、論理的確率論の構築を目指す野心的な著作であった。
 戦間期のケンブリッジは哲学の世界的中心地であり、ラムゼー、ヴィトゲンシュタイン、スラッファなどが、緊密な、それでいて緊張する哲学的関係におかれていた。ケインズはその後、哲学書を発表することはなかったが、ケインズもその中枢にいた。これらをめぐり、1980年代から「哲学者ケインズ」をめぐる研究が盛んに行われてきている。こうした点を含め、ケインズを通じて現代哲学の潮流を研究してみる価値は大いにある。

ブルームズベリー・グループ このグループは、「ソサエティ」の合理的・哲学的精神と「後期印象派」の直覚的・自由奔放な気風が、複雑な人間関係を通じて融合したものである。グループはヴィクトリア文化への意識的な批判を伴いつつ、新たな一大知的・文化的空間を創りあげていった。ケインズは、徹頭徹尾、グループの中心メンバーであった。こうした側面は経済学の専攻者には看過されてきているが、文化史、文芸評論、文学などではさかんに研究が続けられてきており、現代文化を視野に入れるとき欠かすことのできない、すぐれて現在的な価値を有している。


(参考文献)

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