2017年2月3日金曜日

第7講(下)(全16講義のうち) アベノミクス、長期低迷の日本経済 平井俊顕        

*** 第7講(上)からの続き***

      第7講(下)(全16講義のうち)

      アベノミクス、長期低迷の日本経済  

                     平井俊顕              


3. QEとQQEのパフォーマンスの比較

概略の説明

類似の政策は、速水総裁、福井総裁時の2001年3月から2006年3月にかけて行なわれている。当時も (福井総裁時に) マネタリー・ベースは急増したが ― アベノミクスのように激増ではないが ー マネー・ストックの増加は、同様にわずかであった。その結果としてCPIは安定して推移しており、インフレがもたらされることはなかった (GDPデフレーターは一貫して低下していた)。
QE時、日米金利差が大きく、円キャリー (例えば、アメリカの金融機関が日本で円を借り、それをドルに換えて、アメリカの高利の証券に投資するという行動) が進行することで、また大規模な為替介入 (短期証券発行で用立てた円でドルを買い、それにより米国国債を購入した。これは日米合意によるもので、アメリカの財政を助けるという意図があった) が行なわれた。これらはいずれも2003 - 04年頃の現象である。
この時期は、むしろ為替はこれらの現象にもかかわらず円高傾向にあった。その意味で、これがなければさらに円高になったのを抑制する効果があったというべきであろう。大幅な円安傾向が見られたのは、むしろ2001- 02年である。
アベノミクスでは円安は進行した。とくに2014年後半には100円から120円へと一気に円安が進んだ。最近の円安は、FRBのLSAP停止予想が根強くなったことにより、「利子があがるため、海外資本の流入」が勢いづくことによるドル高によるところが大きい。
 だが、総じて言えるのは、為替レートの水準は、QE時の方がQQE時よりも低いものであった。 
しかし、円安の効果は、QEのばあい、円安による貿易収支の拡大が、いわゆる「いざなぎ超え景気」をもたらし、実質GDPは緩やかな上昇を続けた。これにたいしアベノミクスでは円安により貿易収支は拡大するどころか、赤字が続くことになってしまったうえ、内需も停滞していたから、 (QE時よりも高いものの) 実質GDPは停滞している。
 株高はいずれでも生じているが、QQE時にあっては、いわゆる「5頭のクジラ」がポートフォリオの対象として株式投資を一斉に増大させており、官制相場の様相を呈している。それにたいし、QE時には、より自然な動きで株高が生じているから、実質残高効果も働いたと考えられる。
 また双方ともに、企業の内部留保は急増しているが、その反面、非正規雇用労働者は激増し、実質賃金は低下している。
 このようにみてくると、両者間にさしたる差はみられない。異なるのは、インフレ・ターゲットを強調するところと、「異次元」、「バズーカ砲」という表現を用いて、自信たっぷりなスタンスをみせている点ぐらいである。むしろ、規模の小さな量的緩和を行っていた時期の方が、おそらくはそれによる理由によってではなく、経済はある程度の緩慢な成長を遂げている。
 以上にみた概略のもとになっている図表を掲げながら、簡単に説
明をしていくことにしよう。

日銀の行動 [(図7-4) から(図7-6)]
QEはQQEと比べると桁違いに小さい。マネタリー・ベース (ベース・マネー) の額および増加ペースには顕著な差がある。黒田体制での量的質的緩和はたしかに異次元であった。
QEの最後 (2006年) から2012年まではバランス・シートの規模・構成にほとんど変化がみられないのにたいし、QQE以降は劇的に規模、ならびに国債・当座預金の占める割合が増大している。
だが、マネー・ストックはマネタリー・ベースの桁違いの伸びとは異なり、漸増にすぎない。それは銀行の貸出がほとんど長期にわたって停滞していることを反映しており、また消費者物価が長期にわたって一定であることを反映するものでもある。物価上昇という第1の矢の主たる目標は、異次元 (バズーカ砲) の量的質的緩和にもかかわらず不発であった。



    
  (図7-4) 日本銀行のバランス・シートの推移 (2006-2015年)

(図7-5) 日銀のバランス・シートの比較 (2005年末と2014年末)

  
   (図7-6) ベース・マネー (マネタリー・ベース)、広義マネー、信用と
消費者物価指数の推移 (1999年1月=100)



GDP [(表7-5)、(表7-6)、(表7-7)]
名目GDP、GDPデフレーター、実質GDPの順でみていくことにする。名目GDPの場合、QE期間中ほぼ同一であるが、QQEでは多少の増大傾向がみられる。ただし、絶対水準ではQQEの方が低い。



(表7-5) 名目GDP
年
2000
2001
2002
2003
2004
2005
2006
2007
2008
2009
510
506
499
499
504
504
507
513
501
471
年
2010
2011
2012
2013
2014
2015
 2016

483
472
475
479
487
499
 505


(備考) 単位: 兆円. 「世界の経済のネタ帳」. ただし、千億円台で四捨五入。
(表7-5)- (表7-10) において、黄色はQE時、青色はQQE時の数値を意味する。

次に、GDPデフレーターをみると、QEでは傾向的低下、 QQEでは増加傾向が認められる。絶対水準ではQQEの方が低い。
全体としての特徴は、2000年から2013年まで、110から92へと継続的に下落している。GDPデフレーターでみると、大幅なデフレが継続してきたということになる。
                                                                         
         (表7-6) GDPデフレーター
年
2000
2001
2002
2003
2004
2005
2006
2007
2008
2009
107.37
106.09
104.44
102.65
101.26
100.00
98.88
97.96
96.72
96.23
年
2010
2011
2012
2013
2014
2015
 2016
94.15
92.41
91.55
91.04
92.54
94.38
 94.99
(備考)「世界の経済のネタ帳」

実質GDPの場合、QEでは傾向的増大、QQEでは変わらない。絶対水準ではQQEの方が高くなっている。名目GDPは低いがGDP
デフレーターがさらに低いからである。

(表7-7) 実質GDP
年
2000
2001
2002
2003
2004
2005
2006
2007
2008
2009
475
477
478
486
497
504
512
524
518
490
年
2010
2011
2012
2013
2014
2015
 2016
513
510
519
526
526
  529
532

(備考) 単位: 兆円.「世界の経済のネタ帳」. ただし、千億円台で四捨五入。

消費者物価指数 (CPI) (表7-8)
QEでは安定している。QQEでも、2014年4月の消費税の3%上昇
を排除すれば、安定している。期間全体を通して言えるのは、「デフ
レ、デフレ」と言われ続けているものの、消費者物価指数は非常に
安定している (言及されているインフレ、デフレは消費者物価指数
に基づいている)。




(表7-8) 消費者物価指数
年
2000
2001
2002
2003
2004
2005
2006
2007
2008
2009
99.09
98.36
97.45
97.20
97.19
96.91
97.16
97.22
98.57
97.23
年
2010
2011
2012
2013
2014
2015
2016
96.54
96.27
96.22
96.55
99.21
100.00
 99.83
(備考)「世界の経済のネタ帳」

株価 (表7-9)
QEでは後半に急上昇している。QQEでも急上昇しているが、これには「5頭のクジラ」という問題のある政策がある。絶対水準ではQEの後半でみると、大きな差は見られない。
               
  (表7-9) 株価 (日経平均)
年
2000
2001
2002
2003
2004
2005
2006
2007
2008
2009
日経平均
13,786
10,543
8,579
10,677
11,489
16,111
17,226
15,308
8,860
10,546
年
2010
2011
2012
2013
2014
2015
 2016
日経平均
10,229
8,455
10,395
16,291.
17,451
 19034
18,308
 (備考)単位 円.「世界の経済のネタ帳」。2016年は12月の終値


失業率  (表7-10) 
失業率はQE時に5%から4%に、2013年以降、4%から3.5%に減少している (だが、非正規比率の一貫した上昇傾向を勘案する必要がある)。
      (表7-10) 失業率
年
2000
2001
2002
2003
2004
2005
2006
2007
2008
2009
4.73
5.04
5.36
5.24
4.73
4.43
4.12
3.83
3.98
5.08
年
2010
2011
2012
2013
2014
2015
 2016
5.06
4.58
4.33
4.01
3.58
 3.37
3.18
(備考)単位 %。「世界の経済のネタ帳」


4. 長期にわたる構造的問題

日本経済は1990年代初頭から現在に至るまで、長期にわたる停滞 (ゼロ成長) が続いていること、そしてアメリカ、中国などと比較するとその停滞ぶりは顕著であり、その結果、世界経済に占める日本の位置は、ほぼ半減状況に陥っている。つまるところ、歴代の日本政府はこの状態を克服することができずにきており、それは安倍政権の政策のみの問題ではない、ということである。

4.1 国内で見る

雇用形態 (図7-7)
労働問題は、この25年間継続している非正規雇用の激増問題を抜きに語ることはできない。2001年、非正規雇用者は1,347万人であったが、2014年には1,947万人、と600万人も増加している。そして同期間に、正規雇用者は3,621万人から3,190万人、と430万人減少している。この結果、非正規比率は27.1から37.9%に上昇している。この雇用の構造的激変は、社会の不安定化をもたらす深刻な問題になっている。

(図7-7)正規雇用者と非正規雇用者の推移 (1990-2015年)


賃金 (図7-8)
2006年以降、実質賃金と名目賃金は似たようなかたちで、傾向的に低下している (CPIが一定のため)。2005年の104が2014年には96と8ポイントも下落している (2013年以降は、名目賃金は上昇したがCPIがそれ以上に上昇したため [消費税3%の引き上げのため] 実質賃金は一層下落している)。こうした悪化傾向は、労働環境を取り巻く既述の変化 (非正規雇用者の激増) と合致している。

 
      
利益剰余金 (内部留保) (図7-9)
金融保険業をのぞいた全規模の利益剰余金はQEの頃、それまでの10年間より50兆円規模の増額となり、2006年以降はそれよりさらに50-80兆円増大している (この点は、労働のおかれている状況とは対照的である)。1998年頃から利益剰余金の対名目GDPは一貫して上昇しており、倍増している。他方、現金・預金は25年間、それほど変化はしていない。
大企業や中堅企業は、賃金の低下、輸出の増大などで、空前の利益をあげているが、巨額の内部留保を保有したままでいる。工場の海外移転が定着していることと、国内市場不振のため、投資に消極的なのである。したがって銀行から借り入れる必要性がない。このことが、銀行貸出しを著しく難しいものにしている。膨張した日銀への当座預金 (マネタリー・ベース) は、付利0.1%が付けられていることもあり、「ぶた積み」されたままである。
 他方、中小企業にたいしての銀行の融資姿勢は厳しいままである。これには次の伏線がある。BISの自己資本比率問題もあり、金融庁の指導により、銀行は資金回収を進め、国債の購入に努めたが、貸出しにはきわめて慎重な姿勢をとってきた。そのため、中小企業は資金を渇望していても、金利が高く、かつ担保を要求されるため、借り入れが困難であった。


(図7-9) 利益剰余金 (内部留保) と現金・預金の推移
 (1984-2013年)




貿易収支 (図7-10)
QE では継続して黒字であり、このことが「いざなぎ超え」景気をもたらす大きな要因になったのであるが、QQEでは継続して赤字になっている。同じ程度の円安にもかかわらず生じている事態である。

         (図7-10) 貿易収支の推移 (1985-2013年)

    

4.2 世界で見る - 長期停滞の現実

この30年ほどの期間をとらえ、かつ諸外国と比べどのような特徴を有しているのかをみることにしよう。結論を先取りすると、日本では長期にわたって経済は停滞しており、その結果、遅れをとっている、「置おいてきぼり」を食らっている、という構図になる。
(図7-11) は日米の購買力平価GDPの推移をみたものであるが、
日本の伸びは非常に低いのにくらべ、アメリカの伸びは顕著である。リーマン・ショックがあったにもかかわらず、アメリカはそれほど大きな影響を受けずに経済は成長を続けているのにたいし、日本は成長が止まっているかのような状況におかれている。

 (図7-11) 購買力平価GDP (USドル) の推移 (1980-2016年)
    

(備考) 「世界経済のネタ帳」

(図7-12) は名目GDPでの日米の比較である。この場合、両国の差は一層顕著であり、アメリカの場合、右肩上がりが明確であるのにたいし、日本は1995年以降はまったくの停滞状態に陥っている。

(図7-12) 名目GDP (USドル)の推移 (1980-2016年)
   
(備考) 「世界経済のネタ帳」

(図7-13) は名目GDPで6カ国を比較したものである。2008年頃から中国の成長は著しく、いまでは大きく水をあけられている。ドイツ、フランス、ブラジルと比べても、やはり差がつまっている感じになっている。

(図7-13) 名目GDP (USドル)の推移 (1980-2016年)
   


(備考) 「世界経済のネタ帳」


この結果、(図7-14)が示すように、購買力平価でみたGDPでの世界
シェアは、1990年頃にくらべほぼ半減しているのである。
 
(図7-14) 購買力平価換算のGDP (世界シェア率)の
  推移 (1980-2013年) 
      
         (備考) 「世界経済のネタ帳」単位は%


5. むすび

以上、アベノミクスと日本経済の現状をみてきたが、一番の問題は、インフレ・ターゲットと量的質的緩和を組み合わせた金融政策には、理論的な根拠がみられないという点である。とりわけマネタリスト的経路を断っての期待実質利子率に依存した景気回復策となると、その効果に理論的説得性が見当たらない。
  アベノミクスは迷走を続けてきている。本講で述べたのは「第1
次」アベノミクスである。2015年9月、突如、「第2次」アベノミク
スとして第1次との脈絡のない (そして脈絡についての説明のない)
「矢」が打ち出された。
06年1月になると「マイナス利子の導入」(銀行の日銀当座預金
の一部にたいし -0.1%を課すという政策) が打ち出された。さらに、黒田総裁は(いくども実現時期を延ばしてきたが)ついには任期中 (2018年4月まで) のCPI 2%上昇の達成は困難との見解を発表している。



1)安倍首相は、それ以前からその政策的主張を実現すべく、前任者である白川総裁に強い要請をしており、総裁はそれに押されるかたちの行動をみせていた。
2) 本講では、一貫してQEとQQEを識別して用いていく。
3)「失われた20年」については、平井 [2012] 第9章を参照のこと。
4)  FRBの場合、FRBが実施可能な政策に限定されている。
5) この見解は、岩田副総裁の京都商工会議所講演 (2013年8月) においても明確に表明されている。内閣府での分析においても、ポートフォリオ・リバランスなどのチャネル、フィッシャー方程式、という発想は強い。そしてそこから、実体経済への影響を論じる傾向が強い。
6) 上記の式でいう「名目利子率」は何を指すのであろうか。通常、この議論では「ゼロ利子率」を指すものとして論じられている。だが、現実の日本経済にあっては、家計も企業も直面しているのは、借り手としては高利子率である。
7) 岩田 [2013] においてもマネー・ストックへの言及はみられないことを挙げておこう。岩田 [2001] では、すでにインフレ・ターゲット論、フィッシャー方程式、量的緩和政策の遂行が唱道されている。この時点では、貨幣供給量 (マネー・ストック) はかなり意識されていた。
8) 福井総裁下でのQE (2001年3月 – 2006年3月) が「マネタリスト的な経路」による政策だとみていたバーナンキは、黒田総裁下でのQQEにたいしても同様の評価を下していたかもしれない。
9) インフレ・ターゲットで考えられている期待 (これは、政府が断固たる方針を打ち出せば、国民は皆、それを信じて [これがここでいう期待である] 経済行動を変更する、というものになっている) では、この考えの裏返しとして、国民が政府を信じなければ、経済はけっしてよくならないということになる。
   また、ケインズの「期待」はこれとはまったく性質の異なるものである。長期期待における美人投票、不確実性などは、政府の政策との関連でもち出されてきているものではなく、個別経済主体の本性として考えられている。流動性選好における期待も然りである。第14講の2.2を参照のこと。



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4月2日
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