2017年11月1日水曜日

1945年10-11月 困難な交渉局面の展開 - ロンドンからの指令を受けながらのアメリカ側との交渉 平井俊顕


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1945年10-11月
困難な交渉局面の展開 - ロンドンからの指令を受けながらのアメリカ側との交渉

平井俊顕

トップ・コミティの終了後、ケインズはハリファックス (駐米大使) とともに、アメリカ側の代表者であるヴィンソンおよびクレイトンと、具体的な交渉に入ることになった。もちろん、ケインズは、ドールトンやイーディとの交信を続けながら、イギリス政府からの指示を受けつつ、この交渉に臨んでいる。とりわけイーディはケインズを非常に尊敬・信頼しており、このことは、例えば10月12日付のケインズ宛手紙に、鮮明に認められる。

閣僚会議について蔵相からの電報を受け取った後の10月9日、ケインズとハリファックスは、ヴィンソンとクレイトンと会合をもった。そこで、ロンドンからの指令により、援助のうちの20億ドルを贈与で、とする提案を行うも、政治的に不可能との理由で拒絶された。ヴィンソンとクレイトンは、無利子のローンも現実的ではないとする立場を崩すことはなかった。
 そこでケインズとハリファックスが、アメリカ側の考えていることを問うと、クレイトンは、(ひも付きではない) 50億ドルの50年ローン - 5年後からの返済で、年5000万ドルの元利いとする - という案を出している。
同日、ケインズとリーシングは、帝国特恵関税についてのアメリカ側の見解やそれに関しての対応などをロンドンに報告している。アメリカ側は、金融援助の約束をする前に、特恵関税マージンの削減・撤廃の確約をイギリス側に求めていた。ケインズは指示に従い、両者をリンクさせることを拒否するも、必要に応じ解決策を探るつもりでいることを示し、いくつかの具体案を提示したりしている。

10月15日、ケインズとハリファックスは、クレイトンとヴィンソンと会合をもった。そのさい、ドールトンからの指令で、贈与+追加ローン、もしくは無利子での50年ローン (当初の5 ~10年は返済猶予) での交渉を試みたが、失敗に終わっている。このときの会合の雰囲気は、「陰鬱で非建設的」であった。クレイトンの考えは、50億ドル以下のローン (年返済額は1億ドル) に傾いているようであった (ドールトンは10月9日にクレイトンが提案したローンは受け入れられない、との立場を取っていた)。

これまで、ケインズとハリファックスは、ヴィンソンとクリントンとのあいだに、金融援助をめぐり都合5度の会合をもったのをふまえ、10月18日、ケインズはドールトンに電報を打っている。電報とは言え、その内容は非常に格調高く、かつ現実的な対応にも明確に言及した長文のものである。これは、イギリス代表団との相談のうえでのものである、として出されている。

 当初、われわれは - と、ケインズは述べている - 最良のものとして贈与、そうでなくとも部分的には贈与、最悪でも無利子ローンが、然るべきものと思ってアメリカにやってきた。それは、アメリカの参戦前にイギリスが負担していた金融的犠牲、ルーズヴェルト大統領の犠牲の平等性原則、さらにはアメリカにとっても戦後の利点となり、また拡張と全般的繁栄をもたらすものである合意を共有するものであること、を勘案した寛大な解決案であり、アメリカがそれに同調することを期待していたからである。
だが、アメリカ政府はそうした解決案を実際には拒絶した。そこには、アメリカ社会が、ビジネス的社会であり、「取引」(trade) となると、取引的要素なしにはことを運べないという文化的特性がある。そのため、アメリカは銀行的な取引 (有利子ローン) のかたちをとりたがるのである -、と電報は続く。
アメリカの多くの政治家や公衆には、イギリスの上記の発想に対する広範な支持があるにもかかわらず、そうしたことが政策にならないのは、ひとえにいまのトルーマン政府は、ルーズヴェルト政府とは、性質が異なり、そうしたリーダーシップを欠いているからである。
こうして、われわれは失望状況におかれているのだが、とはいえ、英米協力を破壊するような行動に出るべきではない。いまや「詩」(理想・理念)を棄て「散文」 (プラグマティズム) に転換することを考えなければならない。それに、ほんの少し前には、大規模な援助スピリットがみなぎっていたが、いまやそれは後退局面に入っており、われわれが決断すべき時間はきわめて限られたものになっている。
ケインズの電報はこれに続きクレイトンとの討議の様子が描かれているクレイトンはケインズの考えに同調的に議論を進めているケインズが免責条項 (escape clause) 案に乗っているのもそうした流れからであるとりわけ多国間決済の崩壊国際貿易の不振ドル不足の発生というリスクに対しての免責条項の挿入である
さらに、ケインズは、新たなヴァージョンとして、年1.5億ドルの返済を行う総額50億ドルの50年ローン (1.7%の利子) プラス「放棄条項」(waiver clause) の追加を提案している。
結論的には、考慮に値する案は2つしかない、とケインズは述べている;(i) 20億ドルの無償贈与 + 2%での30億ドルローン、(ii) 40億ドルの55年ローン (利子は1%) + 10億-20億ドルのローン (利子は2%)。
この電報は、イギリスが、アメリカとの友好的関係を断ち切り、経済的に自立する道を選択すれば、広範囲、長期にわたり、考えられない破滅をもたらすことになる、と述べることで終わっている (同日付でケインズは新たな電報を送っている。それは、なぜイギリスに50億ドルが必要なのかの算術的根拠を示したものである)。

10月20日、ケインズ、ハリファックス、ブランドは、ヴィンソンとクレイトンに会いに行っている。アメリカ側の提案を聞くために、である。
 提案は、「2%の利率での35億ドル・ローン + レンド・リース清算に必要とされる額」であった。前者は、5年据え置き後の返済、後者は30年ローンで2 3/8%の利率である。またスターリング圏に関する取り決めは、これまでと同じである、とされている。
ケインズの考えでは、35億ドルは二重計算と想定外の仮定に基づくものであった。ケインズ側は、この案にイギリスは同意できないであろう、との考えを述べた。しばしの緊張の後、異なった案を考えるという方向で、会話は続くことになった。
 ケインズは、そこで、クレイトンの以前の提案、すなわち、50億ドルの50年ローン (5年据え置きの後、年に1億5千万ドルの返済 [利子については放棄条項付き]) に戻ることを提案した。アメリカ側は、これに対し、40億ドル+レンド・リースの清算ではどうかと応じてきた。ケインズは、50億ドルを減額することには、余裕をもつためにも避けたいと考えていた。
 最終的に、ケインズは、アメリカ側は2%の利率でのローン (ただし、利子返済についてはイギリスの対外所得の回復に配慮を払う方向で、また元本返済について権利放棄条項を承認する方向で) を議会に提出することを考えている、と見ている。

10月27日、ドールトンはケインズに対し、次のような2つの案を出している。

プランA: 25億ドルの50年ローン (1%の利率) + 20億ドルの無利子ローン・オプション (スターリング圏諸国が圏外で自由にスターリングを支出することができるための保証として)

プランB: 25億ドルの50年ローン(2%の利率。5年据え置き)

そのうえで、可能な限り、プランAで交渉に臨むように、というのが指令であった (ただし、利率は2%でも政府は受け入れる、とのことであった)。
ケインズとハリファックスは、プランBには否定的であり、プランAで交渉を進めることにして、次の指令を待つことになった。

11月5日にロンドンで開かれた閣僚会議の後、ケインズは指令を受け取っている。プランBは取り下げられ、プランAで行くことになった。さらに、派遣団は(25億ドルの50年ローンについては2%の利子までは受け入れてもいいこと、そして20億ドルのローンおよびレンド・リース清算については、有利でもいいこと(ただし、後者については、5億ドル以下に保てること)、が指令されている。指令は、さらにクレイトンの権利放棄条項を承認している。
このプランAが失敗の場合、2%の利率での10億ドルのローン (5年据え置きでの50年ローン)+2%の利率でのさらなる10億ドルのローンを新たなプランBとして、この指令は提案している。

11月6日、ケインズ、ハリファックス、ブランドは、クレイトン、ヴィンソンと会合をもった。ケインズは、プランAを2%のベースで議論を始めたのだが、アメリカ側は、公式の提案は35億ドル以下であること、またレンド・リースの清算条件についてはまだ決定していないこと、で応じている。アメリカ側がこの案を非常に不快に感じていたのは、20億ドルの無利子ローン・オプションをスターリング圏に結びづけている点であった。
さらに新たに浮上した論点がある。それは、イギリス側のスターリング圏取り決めをめぐる提案には非スターリング圏諸国との支払い協定は含まれていないのではないか、というアメリカ側の疑念であった (ホワイトがこの論点を提起していた)。

11月11日、ケインズとブランドは、ロンドンに、プランAが拒否されたことを伝えるとともに、アメリカ側が考えているのは、2%の利子で45億ドルの50年ローン (5年後からの返済) で、これにはレンドリースの清算を含んでいる、との予想を立てていた。
11月15日にアメリカ側から準備草案が届いたのだが、それは、イギリス側にとって受け入れがたい条項 ― とりわけ、スターリング圏取り決めおよび権利放棄条項 ― が含まれていた。そのため、アメリカ側は草案の再考を行うことにした。
 11月18日までに、これらの条項をめぐるアメリカ側の見解は十分に明らかになったため、派遣団は、19日に予定されている会合の前に、これまでの議論をまとめてロンドンに一連の電報を送信した。
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