これは、この数年、都内の大学学部および市民大学で行った講義をもとに、本の形式に整備するため、大幅な改訂を加えて本年の4月に出来上がったものです。全部で17講義からなっています。以前に、『ケインズは資本主義を救えるか - 危機に瀕する世界経済』(昭和堂、2012年)を刊行しましたが、領域的にも、問題意識的にも、それに続くものになります。
ここからダウンロードできます (PDFで489ページ)。
市民講座
平井俊顕
<O.E. 出版>
市民講座: さまよえる世界経済
― 資本主義&グローバリゼーション
主要目次
プロローグ
第1篇 資本主義とグローバリゼーション
第1講 資本主義をどうとらえればよいのだろうか
第2講 グローバリゼーションをどうとらえればよいのだろうか
第3講 金融の自由化と不安定性を見る
第4講 リーマン・ショックとアメリカ経済
第5講 アメリカの金融政策
第6講 ユーロ危機、そしてEU危機
第7講 アベノミクス、長期低迷の日本経済
第8講 経済学はどうなっているのだろうか
第9講 地政学的視座に立って見る
第10講 トランプ政権を見る
第2篇 資本主義をどう見る
第11講 ケンブリッジは資本主義をどう見ていたのだろうか
第12講 シュムペーターは資本主義をどう見ていたのだろうか
第13講 ハイエクは資本主義をどう見ていたのだろうか
第3篇 ケインズの現在性
第14講 ケインズはどのようなことをした人なのだろうか
第15講 『一般理論』てどのような本なのだろうか
第16講 国際通貨体制をめぐる攻防劇
第17講 ケインズの「今日性」を問う
エピローグ
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プロローグ
私たちがいまこの地球上で生を営んでいる政治・経済システムは資本主義と呼ばれている。(1) このシステムは、どのようなものとしてとらえられてきたのか、そして (2) いまある状況はどのようなものであるのか ― これがこの講義の主要なテーマである。
過去の知見を見ながら、しかしいま現在、世界で生じていることにより大きな焦点を置くことで、世界資本主義がいかなる方向に向
かおうとしているのか - こうしたことを、できるだけ分かりやすく述べていきたいと思っている。
この30年は「グローバリゼーション」― グローバルな規模での市場経済化現象 ― という言葉で要約することができた。だが、いまの地政学的変化は顕著で、アメリカ一国からロシア、中国の台頭により、そしてEUの統治機構としての崩壊とイスラム過激派の跋扈で、きわめて不透明・不安定な状況に突入している。こうした点は時々刻々生じ、事態を変化させていく。この講義を通じ、それらについての理解をいささかでも深めていくことができれば、幸いである。
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現在の世界経済は、この30年間に限定しても、じつにめまぐるしい変貌を遂げてきている。80年代の後半から社会主義圏の崩壊が始まり、1991年にはその指導国ソ連が崩壊し、ここに戦後世界を規定していた冷戦体制は終焉を迎えるに至った。
資本主義圏でも、経済的には日本や西ドイツの経済的発展がめざましく、アメリカはこれらの国に押されて、70年代に入ると国際通貨体制や貿易構造に大きな変化が生じていた。やがて80年代に至ると、スタグフレーションと双子の赤字に苦しむアメリカを尻目に日本の経済的躍進が際立つようになった。80年代後半は円高不況を克服しようとして遂行された日本企業の技術革新力が際立っていた。
だが、90年代に入ると、状況に大きな変化が訪れる。ITテクノロジーに基盤を置く情報通信産業、ならびに金融のグローバリゼーションを通じての金融部門が、アメリカで大きく開花したのに対し、日本はバブル対策の失敗から、さまざまな経済政策が実行されたにもかかわらず、以降現在に至るまで、いわゆる「失われた25年」に苦しみ、世界におけるそのプレゼンスを著しく喪失してしまうことになった。
崩壊したソ連圏諸国は、いわゆる「ショック療法」による急激な資本主義化を行い、大きな混乱と混迷に苦しむことになったが、一国、中国だけは「漸進的改革」路線のもと、着実な資本主義化に成功し、90年以降は年率10%を超える経済成長を達成し、いまではGDP第2位の経済大国として世界経済に大きな影響力を与える国に変貌を遂げている。
そしてそれは中国だけではなく、いわゆるBRICsと呼ばれる「新興国」が急速な経済発展を遂げることで、世界の経済構造におけるプレゼンスを飛躍的に上昇させてきている。ロシアもプーチン時代になり、経済的にも、政治的にも大きな躍進・存在感をみせることになった。
わずか30年のあいだに、世界経済は上記のような変貌を遂げてきた。
この変貌のなかで資本主義システムは90年代になると、不安定性を増大させてきていたが、それが爆発したのが2008年秋の「リーマン・ショック」であった。
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本講は、主として2008年前後から現在に至る世界経済のさらなる変動を、アメリカ、EU、日本を対象に、実行されてきた経済政策や支配的になった経済理論にも配慮しながら、説明しようとするものである。だが、資本主義を理解するためには、経済学者がどのような資本主義観を展開してきたのかを参考意見として知ることも大切である。さらに、現在の世界経済の危機にさいし、改めて注目を浴びているケインズの理論・思想などを知ることも有益である。さらに、もう1点不可欠だと思うのは、政治経済学的視座 (とりわけ地政学的視座) である。
これらを通じ、資本主義経済とは何なのか、資本主義はいずこへ向かおうとしているのかを追究すること、これが本講の主たる目的である。
現在、アメリカ経済は他の先進国に比べるとかなりの好調を維持している。しかし、政治的には「唯一の超大国」という地位を、ネオ・コン」ブッシュによるイラク戦争という嘘で固めた理由での侵略とその結果生じた混乱、そしてそのことで拡大した「アラブの春」への対処ができないなか、喪失し、いまではロシア、中国が超大国として世界の政治・経済システムに大きな地位を占める状況が現出している。
さらに、アメリカは、トランプの勝利により、きわめて不安定な状況に突入しており、これからのアメリカ経済の行方にも不確実な要素がかなり強くなっている。
EUの状況はもっと深刻である。なによりも、EU圏は、リーマン・ショック後、長期に及ぶ不況に陥っている。とりわけユーロ危機の発生により、そしてそれに対処する政策的失敗により、経済回復の道筋がみえない状況に陥っているメンバー国が少なくない。それに追い打ちをかけたのが、2015年の中東からの膨大な難民の流入であり、この問題をめぐり、EU圏内ではほとんどのメンバー国において、極右政党が大きな影響力をもつ事態になっており、戦後のヨーロッパ統合を支えてきた中道右派・中道左派政党の激しい沈下現象が生じている。
世界経済の今後にとって大きな問題は、金融グローバリゼーションのもつ悪弊を規制する方策がきわめて不十分なままになってしまっていることであろう。アメリカでは、ドッド=フランク法が成立しているが、これもトランプ政権によって廃案にされる可能性が濃厚である (財務長官はゴールドマン・サックスの元幹部)。まして他の国では、金融グローバリゼーションを抑制する方策は存在しないも同然なのである。
こうしたなか、第2のリーマン・ショックの到来を否定することは非常に難しいのが現状である。そして最近、2つの国際機関 (OECDとUNCTAD) から、そうした可能性が途上国の債務問題から発生する可能性を述べる報告書が出されたばかりである。リーマン・ショック後の先進国の金融機関が、量的緩和政策を利用して、巨額の貸し付けを途上国に対し行ったことのツケが、襲来しようとしている、という趣旨の報告である。
世界経済は、依然として、海図のない大海を漂流している、というのが、偽らざるところである。