2017年1月28日土曜日

第4講 (全16講のうち) リーマン・ショックとアメリカ経済 平井俊顕 (上智大学)




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リーマンショックとアメリカ経済

オバマ政権の経済政策 (2009-10) をみる




          


                            


  
         

1.はじめに

2009年1月に就任したオバマ大統領が遂行した重要な経済政策を総合的にみれば、次のようになる。
大統領が最重要視した国内制度改革は、包括的な健康保険法、および金融規制改革法の制定であった。2010年の1月頃、いずれの成立も絶望視されるような事態に陥っていたが、大統領はその逆境を、自ら立てた戦略ならびに時の運も味方につけ、3月に包括的健康保険法 (いわゆるオバマケア)7月に金融規制改革法 (ドッド=フランク法。[3講で言及の]「グラム=リーチ=ブライリー法」を廃案に追い込むもの) の成立にみごとに成功した。
大統領は、3000万人を超える無保険者という大衆のおかれている惨状を是正すべく、健康保険法の制定に尽力した。大統領はまた、今回のメルトダウンの根本的原因を金融の野放図な自由化 (SBSの肥大化) に求め、そのコントロールを目指した金融規制改革法案の成立に奔走した。いずれも資本主義システムを立て直すうえでの、アメリカ政策史上画期的な制度改革として高く評価されて然るべきものである。
これら2法案については拙著『ケインズは資本主義を救えるか』[6章「健康保険改革」および第7章「金融規制改革]で詳しく説明した1。ここでは、リーマンショック以降、急激な落ち込みをみせたアメリカ経済を立て直すべく、オバマ政権がどのような財政金融政策を採用してきたのか、ならびにその後襲うことになった政策的政治的苦境に焦点を合わせ、2009-2010年をみることにする。



2. 財政政策


2.1 「アメリカ復興再投資法」の成立

大統領は2009217日に「アメリカ復興再投資法(American Recovery and Reinvestment Act. 総額7,870億ドル [80兆円]。以下、ARRAと略記) 2を成立させた。リーマンショック以降、急激な落ち込みをみせていたアメリカ経済を復興させるために新大統領が打ち出した重要な政策である。

その目的は次のように謳われている。


(1) 雇用の維持創出ならびに経済回復の促進
(2) 不況により最も影響を受けた人々の援助
(3) 科学健康の技術進歩を促進することで経済的効率性を増大させるのに必要な投資
(4) 長期の経済的便益を提供する交通、環境保護、およびその他のインフラへの投資
(5) 本質的に重要なサービスの削減や増税を最小限にするべく、州および地方政府予算の安定化
    
項目別にみると、次のとおりである。

(a) 減税 2880億ドル (36.6%)
(b) 州および地方救済 1,440億ドル (18.3%)
      (州への援助の90%以上は、メディケイドと教育に回る)
(c) インフラおよび科学 1,110億ドル (14.1%)
(d) 弱者救済 810億ドル (10.3%) (失業給付金の延長、その他の社会福祉給付)
(e) 健康ケア 590億ドル (7.5%)
(f) 教育訓練 530億ドル (6.7%)
(g) エネルギー 430億ドル (5.5%)
(h) その他 80億ドル (1%)
計 7,870億ドル

ARRAの大きな特徴として、これまで景気対策として封印されてきたフィスカルポリシーが、大規模に、そして (インフラの整備や環境政策と関連させつつ) 明確に雇用政策として位置づけられ復活したことである。この点はアメリカの近年の経済政策における大きな変化であった。
だが、上記の構成比をみてすぐに分かるように、純粋の公共投資は、インフラおよびエネルギー3に関連する項目だけであり、多めに見積もっても20%ほどである。ARRAの中心は、減税と州地方救済であり (合わせて55)、残る項目は救済健康教育に関するものである。
200942日にロンドンで開かれたG20による金融サミットでは、景気対策としての財政政策が重視され、その総額を2010年末までに5兆ドル (500兆円) にすることに合意がみられた4
 こうした財政政策を重視するという視点がいかに大きな変化であったのかということを認識する必要がある。というのは、近年にあっては、経済学者、経済政策当局者のあいだでは景気の調整は金利政策 (特にFF金利 [政策金利] による誘導政策) で十分であるとの見解が圧倒的であり、財政政策を唱道する経済学者はいなかったからである。フェルドスタインの次の言をみられたい。

この最近の不況まで、経済学者はこういうのが常であった 私もその1人であったが - 財政政策は長期を目的とすべきである。われわれは税インセンティブをきちんとしなければならない。われわれは貨幣を費やす必要のあることに貨幣を使わなければならないが、経済を安定化させようとして税や支出の変動を用いるべきではない。それは連邦準備制度理事会の金融政策の仕事である、と。

2.2 ARRAの実施状況

以上、概要を述べた空前のスケールのARRAは、いかに実施されたのであろうか。結論を先取りすると、実施のスピードは非常に遅いものであった。いくつかの事例をみることにしよう。
 2009930日の時点で、高速道路建設は、予算275億ドルのうち、わずか9%しか使われていなかった。また同時点でのCBO (連邦議会予算事務局) の推定では、2010年の10月までに使われるのは、交通住宅都市開発のための予算390億ドルのうち、わずか17億ドル、とのことである。
共和党のある議員が述べた次の疑問は、傾聴に値する。

 多くの資金がワシントンからいまだ外に出さえしていない。もしARRAが仕事の創出を意図するものであるならば、なぜまだここに留まっているのだろうか?

政府サイドからは、1つの理由として、業者の請求はプロセスの終わりに来る、という点が出されている。
公共投資関連では、次のような話もある。議会は、20099月に期限の切れた「高速道路およびトランジット法」(Highway and Transit Act) に代わるインフラ整備 (6年間で4,500億ドル) についての審議を延期している。このように、ARRAは実行スピードを著しく欠いている。
共和党は、オバマ政権のARRAが税の無駄遣いをしているというキャンペーンを展開している。だが、それは事実とは大きく食い違う。現在の財政赤字の累積は、それによって生じているのではない。ブッシュ減税、イラク戦争 (2003年に始まった)、不況の方が大きく寄与している。オバマ政権の2009年の財政刺激策がもたらした財政赤字は0.7兆ドルであり、2002年から現在に至るまでに累積した財政赤字の総額11.7兆ドルのわずか0.6%でしかない。
CBOは、ARRAのおかげで2009年度第3四半期に雇用は60万人 ― 160万人増大すると推定していたが、この間、失業者数は1,600万人 (失業率は9.5%)であったから、政策的効果はどうみても限定的であった。効果が限定的であったもう1つの理由として、ARRAは租税還付を多く含んでおり、それらは貯蓄や、負債の返済に使われることで、経済の活性化に寄与しなかった点が指摘されている。

2.3 「雇用法」をめぐる混乱

こうした事態を打開すべく下院では2009612日に雇用法 (Jobs for Main Street Act) が提出されていたこれは長期間におよぶ審議の末12161,540億ドルの規模で下院を通過した雇用法」は高速道路やトランジットへの投資学校の修復教師の雇用警察消防小企業職業訓練手ごろな (affordable) 住宅などへの総額750億ドルを中核に据えておりその他州への援助失業給付の延長が含まれていたその資金はTARP (Troubled Asset Relief Program. 不良資産救済プログラム [200810月創設]) から賄われることになっていた。
失業率は依然として高く、雇用の改善が大統領の最優先課題であった。「雇用法」をめぐり上院での審議が開始されるにあたり、201029日、オバマ大統領は会見で次のように発言している。
「例えば、市民の10人に1人が働くことができないとき、われわれはビジネスがより多くの仕事をつくるのを助けるべきであると確信している。われわれは、中小企業に追加的な税還付や多くの必要な貸付ラインを提供することに同意すべきである。われわれは、崩れた道路や橋に投資をし、家屋をよりエネルギー効率のよいものにするための税控除に同意すべきである。これらのすべては、より多くのアメリカ人を職につかせることであろう。私が提案した仕事をめぐる案の多くは下院を通過しており、まもなく上院で審議されようとしている。私たちは、この会合で、ジョブパッケージ、ならびにいかにしてこれを前進できるのかの討議に多くの時間を割いた。」


そして、上院でも「雇用法」をめぐる審議が開始されたが、下院とは非常に異なるコースを辿ることになった。2010211日、上院で850億ドルの「雇用法」が提案された。これは超党派的な支持を得ており、ホワイトハウスはただちにこれに賛成を表明した。
ところが、民主党上院の指導者リードは、なぜか、同案は雇用創出の効果はないとして、それに代わり、新しく雇用する企業への給与税免除を主とする一連の法案 (総額は150億ドルに縮小) を提示するにとどめた。民主党内には、「雇用法」にあった重要項目が欠落しているとの懸念が広がったものの、結局のところ、このリード案が225日に可決されるに至ったのである。
リード案にたいし、下院は、一部修正したうえで (運輸省が失業対策事業として実施している41カ所の高速道路建設プロジェクトの年末までの延長を盛り込むなど)34日に可決している。上院は317日、この下院案を可決した。

 その後の経緯をみよう。20105月に民主党指導部は2,000億ドルの景気刺激策を打ち出した。これは下院では1,240億ドルに削減されて通過した。6月に、上院では1,400億ドルの案が提示されたものの、効を奏せず行き詰まってしまった。かくして第2弾の景気刺激策は失敗に帰した。
 9月上旬、オバマ大統領は、減税とインフラ投資を中心とする新たな景気刺策案を発表した。上記の経緯からも明らかであるが、これが議会を通過する可能性はかぎりなくゼロであり、中間選挙を前にした政治的アドバルーン、と見られる始末であった。

その内容は次のとおりである。

 (1) ブッシュ減税は、最富裕層をのぞいて延長
 (2) インフラ投資およびインフラ銀行の創設
 (3) 企業の資本投資の償却促進
 (4)  R&D (研究開発) への税控除

ブッシュ減税は「経済成長と租税救済リコンシリエーション法」(2001) および「職と成長租税救済リコンシリエーション法」(2003) で構成されている。前者は富裕層の所得税減税であり、後者は配当とキャピタルゲインの減税である。両法は2010年末に切れるが、これを延長するかいなかが政治問題となっていた。オバマ政権は富裕層への優遇を廃止し、大衆への減税を延長する見解を7月に表明していたが、今回はその明記である。

  201011月の中間選挙では予想どおり、オバマ政権民主党側の惨敗であり、共和党 (特にティーパーティによる) の大勝であった。共和党は下院の多数派政党となり、上院でも民主党にかなり肉薄することになった。
以降、12月末までは議会はレイムダック状況であったが、最大の懸案事項が2つあった。1つは11月末に期限の切れる失業給付の延長である。これがなくなると200万人に影響が出る。もう1つは、ブッシュ減税の更新問題である。大統領原案はミドルクラスまでは認め、富裕層には認めないというものであったが、共和党はすべてに、かつ恒久的に認める、というものであった。
 この2つをめぐる交渉が大統領と共和党のあいだでなされ、妥協が成立した。この妥協案は2つからなる。第1は、ブッシュ減税を現状のままで2年間延長、および遺産税の、共和党の満足するかたちでの継続 (500万ドルまでは免除、それ以上には35%の税率)、というものである (児童手当、教育、および低所得者への税控除も延長された)。第2は、短期的な財政政策であり、労働者の給与税の年間2パーセントの削減、企業設備の加速減価償却の奨励、および緊急失業保険給付の13ヶ月間の延長を骨子とするものである。
 この妥協は、財政赤字問題は棚上げにして、政権側と共和党側が望んでいることをとりあえず実現させようとするものであった。この妥協がなく、例えばブッシュ減税が時効となり、失業保険の延長もなかったとすれば、アメリカ経済に与えるデフレ効果は相当なものになったことであろう。

2.4景気刺激よりも緊縮財政への動き

以上の経緯からも分かるように、オバマ大統領の財政政策 (景気対策) は、非常に不満足不十分なものに終わってしまっている。20092月のARRAの壮大なスケールとは裏腹の、極端に遅い実施速度、そしてその差を埋めようとする「雇用法」も失敗に帰し、20103月に150億ドル足らずのリード案で終焉を迎えたのである。
そうこうしているうちに、政策をめぐる風向きに大きな変化が生じてきた。1つは、ギリシアの国債問題に端を発したユーロ危機が、EU諸国をユーロ防衛のために一斉に超緊縮財政に向かわせたこと、もう1つはアメリカ自体の国債発行残高の増大懸念が議員のあいだに強まっていったこと、である。この警戒心は、共和党はもちろん、民主党のなかでも強くなっていった。そのため、景気刺激策をとること自体、非常に難しい情勢になったのである51年前とは財政政策をめぐる世界の状況、アメリカの状況は大きく変わってしまった。

20106月末のトロントでのG20サミットは、前年4月のロンドンでの同サミットとは著しく内容を異にするものになった。景気刺激策の必要性を主張したアメリカにたいし、2013年までに年次予算赤字額の半減化、さらに対GDPの負債比率の削減に賛同した他の諸国、という構図になり、アメリカは押し切られたのである。すでにユーロ危機問題への対処を迫られていたEUは、ドイツを筆頭に超緊縮予算の道を決定しており、このことの影響が大きかった。EUにとっては景気問題よりも、ユーロの防衛の方が重大な問題になっていた6
CBOの報告によれば、景気刺激策がなかった場合に比べ、2010年第2四半期の正規雇用は200 - 480万人増加している。だが、上記の政治状況では、(強硬な均衡予算論者である) 共和党議員の反対は当然として、中道の立場をとる民主党議員も不安を抱いており、大統領が望むような景気刺激策の実現は不可能になっている。そのため、民主党自身、雇用創出計画を提案するときには、増税や他の支出削減を抱き合わせるかたちで妥協をみせる動きになっていた。
オバマ政権自体は財政政策の必要性を強調していたが、母体の民主党の大勢が慎重論になるなかでは、いかんともしがたいものがあった。オバマ政権が、仕事を創出するために、低コストの方策 (輸出産業の刺激、家の持ち主によるエネルギー効率改善への補助金、教師や警察官のリストラ防止、さらには高速道路への投資 [ただし新税に頼らない]) を模索していたのも、そのためであった。
 長期失業者への失業給付金の延長提案が議員の反対にあいストップする事態も生じていたのだが、これは7月下旬にようやく承認されることになった。
 2010810州援助法 (State Aid Bill) が成立したこれも相当な困難を伴うものであったほとんどの州政府が非常な財政難に陥っており中央政府からのこの援助がなければメディケードの停止削減それに教員警官消防士の大量レイオフを実行せざるをえない状況にあった法案成立のためフードスタンプは廃止され企業の税逃れを塞ぐことで資金調達への配慮が講じられた

  緊縮財政への動きは、年が変わり、下院では共和党が多数派となる議会が始まったことで、拍車がかかった。20111月に行われた「一般教書演説」で、大統領は超党派的行動による「イノヴェーション、教育、インフラ、国債問題」への取り組みを呼びかけたのだが、その後の流れはきわめて党派的であった。 
オバマ政権は当初予定していた予算案を通すことができなくなる状態が常態化し、まさにその場しのぎの綱渡り (いわゆる「予算継続決[continuing resolutions] ) が続いた。予算案を通すためにオバマ政権は削減項目を拡大することを強いられ、6度も試みるほどであった。さらに今後は、これまでタブー視されてきた項目 (健康保険、年金、軍事費) に焦点が移ることになると見られていた。


3. 金融政策

3.1 [補論] グリーンスパン期

アメリカ経済の景気変動に大きな影響を与えてきたのは、FRB (連邦準備制度理事会) によってとられてきた金融政策、とりわけ利子率政策である。これは銀行間の超短期貸付市場でのFF (Federal Fund) 金利を市場介入により誘導するものである (いわゆる「政策金利」)1987年から2006年までおよそ20年間にわたりFRB議長を務めたグリーンスパンの手綱さばきが注目されてきたが、それはこの政策をめぐるものである。経済悪化のときにとられた金融緩和策 (誘導金利の引き下げ)、逆に経済が好調からバブルに転じるときにとられた金融引締め策 (誘導金利の引き上げ) ― グリーンスパンはその操作の巧みさゆえにカリスマ的な評価を受けていた。
FF誘導金利であるが、1995 - 2000年には低金利が維持され、それは「ドットコムバブル」を引き起こした。2000-2002年には金利が引き上げられたのだが、やがて景気の悪化が生じた。そこで、2002-2004年には超低金利が実行に移されたのだが、それは住宅バブルをもたらすことになった。
2005年以降は、金利の引き上げが実行されたのであるが、このことが、リーマンショックを引き起こす大きな原因になったとみられることで、グリーンスパンのカリスマ性は一敗地にまみれることになったのである。


3.2 バーナンキ期

グリーンスパンの後を継いで、2006年、FRB議長に就任したのがバーナンキである。
リーマンショックによるメルトダウン以降、FRBは誘導金利政策を用いて短期金利の引き下げを実施してきており、200812月以降、0 - 0.25%に据え置かれてきた。だが、こうした政策をとり続けるも、経済の浮揚は生じず、アメリカ経済の停滞状況は解決していないという状況が続いていた。
こうした状況下でFRBはいわゆる「非伝統的」政策をとることになったFRBLSAPと呼ぶ政策でありいわゆる「量的緩和策(Quantitative Easing. QE) あるLSAPは3つの時期に分かれている
 第1期は200811-20103月であった。それは、リーマンショックで暴落していた不動産担保証券 (MBS. Mortgage-Backed Security) を買い上げることでなによりも銀行業界を救済することを目的とするものであった (それは同時に不動産証券市場の救済でもあった)
バーナンキが次に打ったのは、第2期のLSAPである。これは、20108月に、バーナンキは人々を心理的に安心させるべく、経済状況が悪化すればFRBは大胆な政策をとる旨の宣言をしたことに関係している。バーナンキの提示は、FRB (Fedとも言う) が買い上げたMBS (不動産担保証券) を売却した資金で国債を購入することで長期金利を引き下げ、消費ならびに投資を増やし、そのことで景気を浮揚させる、というものであった。この期間は1011 – 116月まで続いた。
その後、アメリカ経済はかなりの回復基調に乗ることになった。2011315日のFOMC (連邦公開市場委員会) では、最大の雇用と物価の安定を目指し、次のような金融政策が了承されている: (i) 昨年11月から実行されている債券保有量拡大の継続 (とりわけ、2011年第2四半期までに6,000億ドルの財務省長期債券の購入)(ii) FF金利0-0.25%の維持。
つまり、「量的緩和策」(QE2)ならびにゼロ金利で構成される超金融緩和政策の継続が宣言されたのである。
その後アメリカ経済が安定するなか3 (LSAP3. 129―1410) では、「テーパリング」と呼ばれている段階的縮小が行われ、201410月に終了している。
以上に示したバーナンキの政策は、オバマ政権の政策の枠組みが必要であるために、本講で概括的に取り上げている。詳しくは、第5講で論じることにしよう


4. むすび

アメリカ経済は、回復基調にあったとはいえ、依然として高率の失業率を抱えた状況にあった。そうした状況下で経済政策の運営をめぐり、オバマ政権は強い逆風を受けていた。共和党の超緊縮予算要求のまえに「予算継続決議」でその場しのぎを続けており、連邦政府はいつ「シャットダウン」してもおかしくない状況にあった。共和党系の州知事に至っては超緊縮予算はもとより、ウィスコンシン州に象徴されるような「公的労組の団体交渉権」剥奪の動きがみられたし、フロリダ州に象徴されるような「高速鉄道建設」拒否の動きがみられた。問題を難しくしていたのは、政治的に優位に立つ共和党 (とりわけティー・パーティ) がイデオロギー色 (「支出を可能な限り抑え、減税を要求する」) を全面に打ち出すなか、合理的な政策運営が不可能になっているという点であった。



  
  1) 2011320日現在、この2法案も共和党の攻勢を前にして非常な弱体化を余儀なくされている。健康保険法案の場合、例外条項が数多く容認され、かなりの虫食い状態が生じている (それに、同法案を違憲とする判決が出ている州もある)。金融規制改革法案では、その目玉機関である「消費者金融保護局」 (CFPB) をめぐってその事実上の責任者であるE. ワレンにたいし、下院のある委員会で証人喚問が開催され (316)、共和党議員からの厳しい質問が相次いだ。CFPB7月に業務を開始するが、共和党側はそこでの決定を1人の長ではなく、複数の委員による共同方式にする運動を展開している。
2) これは「景気対策法」と訳されることがあるが、以下に述べる理由で誤称であろう。
   3) この点はグリーン・ニューディール」として大いに注目を集めた20095エネルギー法(The American Clean Energy and Security Act) (ACES. ワックスマン=マーキー法) が下院を通過した。同法の特徴は、キャップ・アンド・トレードである。温室効果ガス (CO2が主体) の年間排出量を政府が決め、85%は企業に無料で配分、残り15%を競争入札とするシステムである。企業は自分の持分を超えると罰金が課せられるが、それを避けるために、市場から購入することができる。いわゆる排出権取引市場を創設することで、排出量を守らせるインセンティブを創出しようという意図である。電気自動車や代替エネルギーの開発に財政援助を行うことも組み込まれている。ところが20107月、上院では「エネルギー法」の審議は打ち切り状態となってしまった。これは大統領の唱えるクリーン・エネルギーによるグリーン・ニューディール政策の挫折でもある。
4) 「コミュニケ」第6項を参照。
5)  2010610日、大規模な財政支出が可決された。が、多くはアフガニスタンへの派遣増員やメキシコとの国境防衛線強化であって、景気刺激を目的とするものではない。
6)  なお、金融システムの安定化のため、各国が金融機関にそのための負担を負わすべ
 く課税すること、ならびに金融機関に、より高い自己資本比率を要請すること、に
 合意が得られた。
 


Krugman, P. [2008], “Depression Economics Returns”, New York Times, Nov.14.
Krugman, P. [2009], “The Market Mystique”, New York Times, April 01.
Morris, C. [2008], The Trillion Dollar Meltdown, Public Affairs.
Romer, C. and Bernstein, J.[2009], “The Job Impact of the American Recovery and Reinvestment Plan”, Jan. 9.
Shiller, R.[2008], Subprime Solution, Princeton University Press.
Stiglitz, J. [2009], “Obama's Ersatz Capitalism”, New York Times, April 01.

平井俊顕 [2012]「アメリカの財政事情」『統計』日本統計協会、1月号
平井俊顕 [2012]『ケインズは資本主義を救えるか』昭和堂
平井俊顕 [2013]「オバマ2期目の経済政策」『エコノミスト』129日号







        
       
 
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