ケインズの講義は
どんな風だったの
ところで、ケインズの講義の内容を理解するのはそれほど容易なことではない。『貨幣論』や『一般理論』にどの程度慣れているのかに応じて、当然、理解度に違いが出るであろう。だがそれだけではない。困難は、講義がケインズによる思考の変遷状況をそのまま反映したものであることに起因する。どの程度『貨幣論』的な思考がなされ、どの程度『一般理論』的な思考がなされているのかを、そのときどきの講義を理解するさいに、みきわめていく必要があるのである。
本話では読者の便宜に供すべく、以下に各年の講義のエッセンスをできるだけ簡潔に解説を交えながら示すことにする
(本話は第3話と密接に関係している。両者を相互比較されたい)。
ξ 1932年講義ξ
この年にケインズは自らの理論を「生産の貨幣的理論」と名づけている。それは現実の経済を「貨幣的経済」ととらえ、そこにおける「貨幣的操作」が生産におよぼす影響のメカニズムを解明する理論であると宣言される。それは短期のみならず長期においても適用可能なものである。 長期は短期がそれに向かって進むところの安定的な位置である。ケインズによれば、長期とは貨幣当局の特定の政策に対応して存在するものであり、貨幣当局の政策から独立した長期というものは存在しない。したがって、貨幣当局の政策が次々に変更されていくと、長期も変化していく。それゆえ長期は最適な生産を保証するというものではない。
この年の講義には、ケインズが過渡期にあることを明白に示す箇所が2つ見いだせる。
第1の論拠は、この年の講義の最初の方で展開されている議論である。それは、総所得は総支払いに等しくなるというものであり、ケインズはこれを均衡式として提示している(Eは稼得、Qは意図せざる利潤)。
総所得 = E+Q = 総支払い
(諸個人の)所得は、総所得が総支払いDに等しくなるまで変化し、Qがゼロでないときは、企業家は産出規模の修正を行なう。したがって均衡はQがゼロのときに成立する。
そしてケインズは「貨幣的経済」における「不十分な支出」がもたらす因果関係の解明を図ることを明確に宣言している。以上にみたものは、『一般理論』の第3章の議論のきわめて初期の(したがって『貨幣論』の発想を色濃く残した)議論といえるであろう。だが、この式についてはそれ以上に検討されることはなかった。
総支払いDは投資額Iと消費額Fから構成されるということと、上記の式から次式が得られる(ただしS = E − Fである。Sは自発的貯蓄)。
Q = I − S
この式自体は、ケインズのこれまでの議論でよく用いられているものであり、目新しいものではない(事実、この定式は後に登場する「力学的構造」と密接に関連して述べられている)。 ただし、これに関連して述べられている、自発的貯蓄は投資額Iが与えられたとき、消費財の価格水準を決定するという議論は注目に値する(投資額と自発的貯蓄の差額が意図せざる利潤として実現される。なお「余剰」S’(≡S+Q)は投資額Iに恒等的に等しい)。この関係は、 後述の(6) 式として若干の混乱を残しつつ(そこではI=Sと考えられているから)用いられているからである。
第2の論拠は、ケインズがそれぞれ「天文学的構造」、「力学的構造」と呼んで提示している2つのモデルである。
「天文学的構造」は供給関数の想定の違いにより、2つのタイプに分かれる。第1のタイプは次に示すものである。
ρ= A (M) (1)
P2 = B (ρ) (2)
I´= C (P2) (3)
R = H (P1) (4)
I = I´×P2 (5)
P1 = G (I, H) (6)
未知数は利子率ρ、実物資本資産の価格P2、消費財の価格P1、投資財の生産量 I、消費財の生産量R、投資額Iの6つであり、式の数も6本であるから、モデルは完結している。 そしてこの体系の安定条件として、総所得が変化するとき消費財支出の変化の方向が同じであり額において少ないという点があげられている。
(1)式では所与の貨幣量Мのもとで利子率が決定される(Aは流動性選好の状態)。(2)式では実物資本資産の価格が、準レントの流列にたいする期待の状態Bを利子率で割り引いた現在価値として決定される。投資は資産価格が現行生産費を超える場合に生じる。投資額は、生産費、利子率および予想準レントの流列の関数である。(3)式と(4)式はそれぞれ消費財および投資財の供給関数であり、それぞれの価格の関数である。(5)式は投資額の定義式である。(6)式は、消費財価格の決定式であり、(自発的) 貯蓄が現行投資額に等しくなるような水準に消費財の価格水準は決定される(Gは時間選好の状態)。
第2のタイプは、 供給関数は本当は利潤の関数とすべきである、との主張に基づいている。 それに「稼得反応関数」が追加される。だがそれらを組み入れた方程式体系は、形式面のみならず内容面でも不満足である。
第1に、(6)式では、すでにみたように(自発的)貯蓄と投資の均衡が想定されているから、 Q1、Q2はゼロである。第2に、投資量I´、P1、Rがこのタイプでどのように決定されるのかさだかではない。 第3に、 供給関数の役割がさだかではない。
他方、 「力学的構造」は次のように表現されている。
Δ Q = Δ I – Δ S = Δ D – Δ E
支払いが費用より速く増加するとき利潤は増加し、したがって産出高は増大する、つまり産出高が増加していくかいなかは、投資が増加していくかいなかに依存する。この構造では、利潤の関数としての供給関数が主軸におかれており、投資と貯蓄は等しくはならない。ケインズは「天文学的構造」の第2のタイプに固執するのは、この発想と関係していると思われる。
1932年の講義の最大の特徴は、『貨幣論』以来の「TM供給関数」に中心をおいた発想(第2のタイプおよび力学的構造) と、『一般理論』に向かっている発想 (総所得と総支払いの均衡、および第1のタイプ)が激しくぶつかりあっているという点、それゆえに『貨幣論』の世界から『一般理論』の世界へ転換しつつある状態を鮮烈に物語っているという点にある。
ξ1933年講義ξ
1933年の講義における最大の特徴は、『一般理論』とほぼ同様の理論的骨格が提示されているという点である。 すなわちY=C+I、ないしはI=Sが満たされるように所得水準および価格水準が決定されるという発想がそれであり、これは貨幣的体系の最も根本的な特徴であるとされる。ここではまた、「基本的な心理法則」にもはじめて言及されており、そして消費性向、期待の状態および投資が所与であれば、Y=C+Iを満足させるYとCの1組の値が得られるとされる(そしてこの見地から古典派の利子理論批判が展開される)。それゆえ、もし所得、そして雇用が低下しているならば、期待、消費性向または投資を変えることによって、所得そして雇用を増加させなければならない。
Y=C+Iという関係による所得ないしは雇用量の決定が前面に提示されたのはこの年の講義が最初である。
ケインズがより具体的に提示しているモデルは次のとおりである(Wは「ニュースの状態」)。
M =A (W, ρ) (1)
Y = C+ I (2)
C = ф1 (W, Y) (3)
I = ф2 (W, ρ) (4)
このとき所得Y は次のようにして決定される。
Y = ф1 (W, Y) + ф2 (W, ρ)
あるいはモデルは雇用量を中心としたものとしても提示されている。
M =A (W, ρ) (1)
N1= f1 (N) (5)
N2= f2 (ρ) (6)
N = f1 (N) + f2 (ρ) (7)
(Nは全雇用者数、N1は消費財部門の雇用者数、 N2は耐久財部門の雇用者数)
そしてケインズは、雇用量を決定する基本的な力は、確信の状態、消費性向、流動性選好および貨幣量であるという、これが雇用の一般法則であり、完全雇用の状態において国民所得がいくらになるかを教える雇用の特殊法則(古典派)と対比されるべきである、と述べている。
以上からも明らかなように、1933年の講義では、1期間における同時決定としてモデルを提示するという立場はより明白になっている。そしてこのことは、次の諸点とも密接に関係がある。
(i) 「古典派の第1公準」の承認。しかも企業家は資本ストックを所与として、収益を最大にするように行動すると想定される。
(ⅱ) 乗数理論の採用。ケインズは乗数理論の発展において当初から重要な役割を演じていたのであるが、それをようやく自己の理論体系に取り入れたことと密接に関係している。
(ⅲ)「基本的な心理法則」への言及。
なお、その他、『一般理論』の源流となっていて、かつ新しく論じられている点には次のようなものがある。
(ⅳ) 古典派の2つの公準の提示、および第1公準の承認と第2公準の否認。
(ⅴ)「単位の選定」に関する問題、貨幣換算および雇用換算での同質的な単位への換算、長期期待と短期期待への言及。
他方、前年と基本的に変化していない点としては次のものがあげられる。
(ⅰ) 投資決定の理論。 資本財についてはストックの価格を考え、それがフローの新資本財の価格にもなる、という考え。 投資額は生産費、利子率およびレントの流列の関数である。
(ⅱ) 利子率決定の理論としての流動性選好理論の展開。
最後に「TM供給関数」と関連する論点について言及しておこう。 1933年の場合、この点はΔQ = ΔI- ΔS´(S´は「節約」) という式を用いて、ΔQ 、ΔO、ΔNは同一符号を有するといった議論が展開されている。この種の議論が講義の中心母体であるY = C + Iによる所得ないしは雇用量の決定とどのような関係にあるのかは、さだかではない。それはせいぜい安定条件 (しかし実際にはこれは「基本的な心理法則」に任されている) と関連しているのかもしれない。明らかに準レントQ (しかもここでは短期期待の見地からの誘因として定義し直されている) の果たす役割は、1932年と比べても大きく後退している。
ξ1934年講義ξ
1934年の講義は「失業の一般理論」というタイトルが付されている。これは1933年の講義と、最も重要な- 所得ないしは雇用量の一期間における同時決定のモデル- で基本的には同じであり、その意味で両年の講義は補完関係にある。「有効需要の理論」と題されて提示されているものがそれである。
雇用量は、 有効需要関数D= F(N) [もしN人が雇用されるならば、彼らの産出高がDで販売できると予想される貨幣額 –有効需要–を示す関数]と、雇用関数ないしは供給関数 D’= f (N) [N人を雇用することをちょうど価値あらしめる額D’(供給価格) との関係を示す関数] が等しくなるところで決定される。有効需要は、人々が現行の消費にたいして支出する用意がある額D1と企業が投資のためにとっておく用意がある額D2の合計である。
消費関数はD1 = f1(N1)と定義される(N1はN人の仕事からの実質所得から生じる消費を満足させるための消費財における雇用量)。またN1 = ф(N) という関係がある (ただし、0<ΔN1 /ΔN<1 )。他方、 投資関数はD2 = f2(N2) と表記され、資本の限界効率と利子率が等しくなる点までN2は雇用される。
以上から、 体系は次のように整理される。
F(N) = f1 (N1) + f2(N2) (1)
N1 = ф (N) (2)
ケインズはここで、f2 (N2)が与えられれば、NおよびN1が決定されると論じている(ただし、この場合、N ≡ N1+ N2 が満たされる保証はないという問題は残る)。だがこれは完全雇用である保証は何もないのである。
以上の理論は、『一般理論』の第3章「有効需要の原理」とほとんど同じ内容になっている。
1933年の講義と比べてみて、決定的に異なっているのは、「TM供給関数」の領域の話の後退はもはや完全なものになってしまっているという点である(しかもQは実現利潤として扱われるようになっている)。
以上のほか、1934年の講義での目新しい点は、次のとおりである。
(i)『一般理論』の第4章「単位の選定」から第6章「所得、貯蓄および投資の定義」にかけての議論(源流は1933年の講義)は、1934年の講義の場合には、『一般理論』のそれに非常に近くなっている。なかでも使用者費用という概念ははじめて登場しており、さまざまな概念の関係をとらえる際に中枢的な役割を占めている。この概念は内容的にみて『一般理論』のそれと同じである、
(ⅱ) 準レントは実現利潤に関連してとらえられている。
(ⅲ) 消費性向に関連して「主観的要因」がはじめて登場。
(ⅳ) 資本の限界効率がはじめて登場。 投資理論は、 フローとしての投資を中心に組み立てられている。
(ⅴ) 投機的動機を利子率に明確に依存させている(前年の講義では所得動機、ビジネス動機および予備的動機は利子率に、 投機的動機は「弱気の状態」にそれぞれ依存するとされていた)。
ξ1935年講義ξ
1935年の講義に至っても、ケインズは完全に『一般理論』に従った講義をしていたとはいえない。 したがってこの講義の後に、さらに書き直しがなされた可能性は、以下に述べることからも明らかなように高い。
この年の講義では雇用量決定の理論は、資本設備および生産技術が所与である短期における総供給関数と総需要関数を中心的な概念として、次のように定式化されている。
Z = ψ (N) (1)
D = f (N) (2)
ψ (N)= f (N) (3)
(1)式は、所与の雇用量を売上高 - 売上高の期待が企業家をしてその人数を雇用するように仕向けるであろう – に関係させる総供給関数である(ZはN人の産出高の生産費)。他方、(2)式は、 企業家がもしN人を雇用するならば、その産出高にたいして彼らが獲得すると考える総需要Dの関係を示す総需要関数である。2つの関数が等しくなる点で雇用量は決定される。
Dは消費需要D1および投資需要D2からなる。雇用が増加するとき総実質所得は増加し、 そして総消費も増加するが、同じほど大きな額で増加するわけではない。この関係は D1 = X (N) と表わされる。さらに I = D2= F (N)。したがってψ (N)–X (N) = I。かくしてNはΨ、 XおよびD2に依存する。
ところで、投資理論をめぐっては、次のような特徴がみられる。
(ⅰ)資本の限界効率をめぐる検討については、1934年の方が『一般理論』の叙述に忠実である。
(ⅱ)流動性選好理論について、第6回目の講義では予備的動機を利子率の関数としているのにたいし、 第7回目では所得の関数へと変更している。この変更は注目に値する。
以上のほか、注目に値する点としては次のものがある。
(ⅰ) 消費性向の「客観的要因」がはじめて登場。しかもその内容は『一般理論』のものと順番のみならず内容的にも微妙な相違がみられる(大きな相違点は、「賃金単位の変化」が加えられたこと、および「利子率の変化」が「時間割引率の変化」へと変更されたことである) 。
(ⅱ) 乗数の計算にさいしてあげられている制約条項は、『一般理論』と内容的にみて必ずしも同じではない。
(ⅲ) 『一般理論』の第19章「貨幣賃金の変動」の主題である「貨幣賃金の変化と有効需要との関係」は、『一般理論』のものと列挙の順序および項目の数が異なる。
(ⅳ) 古典派の2つの公準が正しい場合に、失業を治癒する方法として、「労働市場の組織の改善」が追加(これで『一般理論』と一致) 。
(ⅴ) 使用者費用をめぐる諸定義はこの講義で『一般理論』と同じになった。
(ⅵ) 貨幣数量説が成立するには、かくも多くの条件を付けたとしても、解決不可能な重要な問題があるとして諸項目が列挙されているが、これは『一般理論』のものと事実上同一である。