2016年2月2日火曜日

バーナンキの政策理論考  平井俊顕 (上智大学)






         バーナンキの政策理論考

                     平井俊顕

                     (上智大学)

Bernanke, B.S. and Reinhart, V.R. (2004) “Conducting Monetary Policy at 

Very Low Short-Term Interest Rates”, Jan.3, 2004 (AER, 94(2), 2004, pp. 85-90).


http://www.federalreserve.gov/boarddocs/Speeches/2004/200401033/def


ault.htm


現在まで、日本、アメリカ、イギリス、EUにおいて、いわゆる「非伝統的金融政策」と呼ばれるものが、― それぞれの国の経済情勢、および金融に関するスタンスの相違を反映しつつ -遂行されてきている。
この契機となったのは、伝統的な金融政策である「政策金利」によって経済をうまく運営できず、ついにはゼロ金利に張り付いてしまうという事態が訪れたことである。
このことが最初に生じたのが日本であった。日銀は、政策金利(無担保コール翌日物)をいくども引き下げたものの成果はみられず、速水総裁下の1999年、政策金利はゼロにまで引き下げられた (いわゆるゼロ金利)。そしてその後、日銀は「政策金利」に変わる政策として、「量的緩和」政策を、速水総裁および福井総裁下の2001年から2006年にかけて採用するに至ったのである。
 
一方、90年代以降のアメリカは日本経済が苦しんでいた経済停滞とは無縁であった。グローバリゼーションの進展、IT企業によるイノヴェーションの躍動のなか、アメリカ経済は経済的発展を遂げていた。そうしたなか、景気が過熱したり、あるいは逆に景気が下降したりすると、その都度、FRB議長グリーンスパン (1987年から2006) のいわゆる「グリーンスパン・マジック」により、改善されてきたため、経済政策は金融政策 (財政政策は無視)のみ、かつそれは政策金利 (FF金利) のみの操作で、十分に景気変動を調整できる、という見解が経済学界・政策担当者のあいだで支配的であった。
ところが、2008年にリーマン・ショックが生じたことで、アメリカ、イギリスは結果的に日本と同じような状況に陥ることになった。両国ともに、「政策金利」を引き下げて深刻な不況に対処しようとしたものの、ついにはゼロ金利状況に陥ってしまったのである。そして「非伝統的政策」を採用するに至ったのである。
ところで、こうした状況下にあって「非伝統的政策」をいかなるものとして構築するのか、そしてそれをどのように理論化したものとして提示するのかという問題が浮上したのであるが、その基盤としての地位を獲得したのがベン・バーナンキが2004年に提唱したもの (Bernanke and Reinhart [2004]) である。したがって、まず、それを対象にしてこの問題を論じることにし、そのうえで
バーナンキがFRBの委員長に就任した後に、アメリカを襲ったリーマン・ショックにたいし、彼がどのように自らの政策理論を実行していったのかをみることにしたい。


バーナンキの政策理論は、Bernanke and Reinhart (2004) で提示されたものに基づいている。この頃、日本、スイス、そしてアメリカでは、これまでの中心的な金融緩和策である政策金利である短期利子率(日本だと無担保コールレート翌日物、アメリカだとFF金利)がゼロ、もしくはきわめて低い水準にまで到達してしまっており、これ以上、経済を立て直すのにこの手法を用いることはできない状況に追い込まれていた (ただし、日本はすでに量的緩和政策を2001年から実施していた)
こうしたゼロ金利下に陥った経済でとれる代替的な金融政策を提起したのが、この短い論文である。
 提起されているのは、次の3つの代替的なもの(相互補完的である)である。(1) 短期利子率 (FF金利)についての予想の形成、(2) 中銀のバランス・シートの構成の変更、(3) 中銀のバランス・シートの拡大(量的緩和[QE])である。以下、これらを見ていくことにしよう。

(1) 短期利子率 (FF金利)についての予想の形成

 これは、「金融投資家が現在予想しているよりも、短期利子率は将来低くなるということを、金融投資家に確約する」という意味である。短期利子率についてFRBが確約することで、将来の短期利子率について金融投資家がそれを信用する、ということである。そうなれば、期間構造全体の利率を引き下げ、他の資産価格を支えることができ、金融機関や経済活動に影響を及ぼすことができる、というのである。この論文では、このコミットメントが非常に重視されている。それが1番最初にあげられている理由にもなっている。
そしてこのコミットメントには、条件なし、と条件付きの2種類があることが述べられているが、後者が現実的だと考えられている。いつまでその約束を守るかというときに、例えばある期間経済成長が実現しているとか、ある率を超えたインフレの継続、とかを条件にするとかいった事例が挙げらている。
これは、(この言葉は用いられていないが)「フォワード・ガイダンス」に該当する。ここで注意が必要なのは、短期利子率(FF金利)の今後をどうするのかはFRBが実行できる範疇にある、という点である。これは「インフレ・ターゲット」とはまったく内容を異にしている。インフレ・ターゲットは、「ある時点までにインフレ率を2%にする」と言うことを約束する政策であるが、それは中銀が実行できる範疇外の問題であるから、約束は守られる保証はまったくないのである。

(2) 中銀のバランス・シートの構成の変更

 具体的には、(例えば)短期の国債(財務省証券)を売却し、長期の国債を購入することで(そして総額は一定に保つ)、中銀が保有する債券の期間構造を長期化する政策であり、「オペレーション・ツイスト」と呼ばれているものである。これによりFRBは期間プレミアム、したがって全体の収益率(イールド)、したがって国債価格に影響を与えることを目指している。1つの極端な事例として、ある長期国債の収益率の天井を現行の率以下に設定するというものが挙げられている。そうなるまでターゲットにした長期国債がその率になるまで無制限に購入するというものである。
 (2)が有効なものかどうかについてはいささか懐疑的なようで、それは財務省の国債管理政策との調整が必要であるとか、これまでの実証研究ではそれほど有効な成果が認められていないことなどが記されている。そして何よりも注目すべきなのが、すべてこれらは将来の短期利子率についての投資家の予想との合致に依存していることが強調されている点である。
 そして、(2)(1)を補強するためにのみ用いるのが賢明であると結論付けられている。

(3) 中銀のバランス・シートの拡大(量的緩和[QE]

これは、国債などを大量に購入することで、中銀のバランス・シートを拡大させる(銀行の当座預金勘定も拡大する)、という政策であり、バーナンキもここで「量的緩和」(quantitative easing)という言葉で表現している。つまり、FF金利をゼロに保つのに必要とされる以上の国債の購入によって生み出される現象である。
 QEが経済におよぼす影響としては、つぎの3つのチャネルが考えられている。
(i) ポートフォリオ代替チャネル、(ii)予想チャネル、(iii)財政チャネル
それぞれを見ていくことにしよう。ここでも、(ii)(iii)においてそうなのだが、FF金利の将来についての予想という問題が絶えず、意識しながら議論されていることに、注目すべきである。
(i) ポートフォリオ代替チャネル
貨幣は他の金融資産の不完全な代替物だと前提すると、国債を大量に購入することで中銀にある銀行の当座預金の総額 (マネタリー・ベース)、そしてマネー・サプライ(マネー・ストック)の総額を大幅に増大させ、そのことは投資家のポートフォリオを変更させることで、 物価を上昇させ、金融資産の収益率を引き下げる。長期の金融資産の収益率が低下すれば、経済活動が刺激されることになる。
注目すべき点は、国債の大胆で大規模な購入で、マネタリー・ベースが急増し、そしてそれが(信用乗数を通じて)マネー・ストックを急増させ、物価を上昇させるとともに、長期の金融資産の収益率を下げることで経済を刺激する、と述べている点である。このうちの前者は、明瞭に「マネタリスト的な経路」が想定されている。
この前者の経路について、バーナンキは彼が2008年にFRBの議長として非伝統的金融政策を実行することになったとき、このルートを棄却している。それは日銀のQE1において、マネタリー・ベースの激増からマネー・ストックの激増がみられなかったことに由来している。この点は、後述のパフォーマンスにおいて考慮すべき変更点である。
(ii)予想チャネル
この意味することは、QEは、政策金利の将来の経路についての予想を変える効果がある、というものである。このことはすでに(1)を行うことで可能になっているのであるが、巨額のマネタリー・ベースの存在は、純粋な口約束よりも信頼のおけるものである、と論じられている。
 (iii) 財政チャネル
大胆なQEは財政的な効果をもつとされる。中銀は、有利子の国債を無利子のマネタリー・ベースと交換することで、政府の利払いの現在および将来のコスト、および公衆の税負担を減少させることになる。すなわち、直接税をインフレ税と交換する行為である。
  (ii)(iii)は、QEをある条件がかなうまで続行するというコミットメントが必要であるから、ここでも金融政策当局者にとってコミュニケーションという課題を突き付けている、と付言されている。
(これは極端にいけば「財政ファイナンス」という色彩を帯びることになるが、バーナンキは、そこまで考えて述べているわけではないように思われる。)
 以上を要約してみると、次のようになる。一番の目的は、政策金利を低下させ、ついにはゼロ、もしくはきわめて低い利率になってしまった状況下で、それに代わる代替的な金融政策として3つのものが提示されているが、中銀のコミットメントがきわめて重視されている。(1)はその中核におかれている。(2)(1)の補助のような位置づけにされており、
(3)においても、(ii)(1)と深く関係しているし、(iii)も一種のコミットメントに関係づけられている。また (i)は「マネタリスト的な経路」であるのだが、この効果については後年、バーナンキはこれには否定的になっている。そのために、「量的緩和」という用語を避けて、彼が大量の国債や債券を購入する政策のことを、LSAPと名付けることにしたのである。
   以上の代替案を提示したこの論考の最後に、「低利子率の優先順位とコスト」という節が存在する。これは、上記に示した3の代替案を、そのコストを勘案しながらどのような優先順位で採用するのがいいのかかという点を考察したものである。それらのコストなどにいろいろ言及したうえで、最後に次のようなアドバイスがなされている - これらの代替案の行使をめぐる大きな不確実性が政策行動の計算を難しいものにしており、さらにはこれらの政策が機能するうえで期待のはたす役割の重要性を考えると、コミュニケーションという問題は非常に重いものである。だから、ゼロ金利になるまえに、事前に、かつ大胆に行動することが重要である。