いまの世界政治の混乱状態を見る (1) イギリスで元ロシア・スパイの暗殺 (未遂) 事件の発生 イギリスのソールズベリーという地方都市で、2人の男女がベンチで意識のない状態で座っていた。男はロシアの元スパイで、イギリスのスパイもしていたスクリパル、女はその娘であった。警察、そして化学調査班が調べた結論は、だれかがこの2人に意図的に猛毒の神経ガスをかけたことによるもの、というものであった。この物質はロシアから持ち込まれ、この元スパイを暗殺するという明確な目的をもってイギリスに派遣されたロシアの諜報機関員である、とイギリス政府はほぼ断定するに至った。この特定された毒物を製造できるのはきわめて限られた機関でしかありえないというのが結論であり、そしてそれはモスクワである、というまでに至った。 イギリスでは、同種の事件はこれまでにも生じており、とりわけ有名なのはリトビエンコである。元ロシアのスパイで、その後、プーチン体制にみられるマネーロンダリングの摘発に乗り出していた。イギリスに亡命し、そしてロンドンで10年前、プーチンが指令した命令により2人の人物がロンドンに派遣され、リトビエンコと会ったさいに、紅茶にプルトニウムを混ぜ、それが原因でその後死に至ったという事件である。この実行犯は名前まで特定されている。ロシアは真っ向からこれを否定し続けてきている。 メイ首相は、最後通牒的なかたちでこの事件にたいする釈明を求めたが、ロシア政府は関知していないと言明しているのみならず、その反応はきわめて挑発的態度に終始しており、かつメディア(もちろんプーチンのメディア)などを通じ、これはロシアを貶めるためにイギリスの諜報機関が仕組んだ仕業、と述べるまでに至っている。 これを受けてイギリスは23名のロシア人スパイを国外通報処分にすることを決定した。さらに他の国に協力を呼びかけ、それによりドイツ、フランス、そしてアメリカがそれに同調する見解を表明している (ただし、後述するように、アメリカは例によって異常なレスポンスになっている)。 一方、ロシアはこの処置に対抗して、同数のイギリス人諜報関係者の国外追放処分を決めており、1歩も引く気配がなく、両国のあいだに緊張は高まる一方である。 こうしたなか、もう1件、元ロシアのスパイでイギリスに亡命していたグルシュコフという人物が、突如自宅で死亡したという話が飛び込んできた。この事件も、自殺ではなく他殺の可能性が強いと警察は見ている。上記の事件との関連性は不明だが、反プーチン的活動を行ってきた人物がこの同時期に不慮の死を遂げたことで、ロシアの意図が疑われる事態になっている。 プーチンが、反プーチンの運動に立つ人物を次々にミステリアスな死、あるいは刑務所送りにしてきているというのはまぎれもない事実である。ホドルコフスキーもそのターゲットとなり、彼は5-6年、刑務所入りしていた。なぜかプーチンがある機会に釈放処置をとったことで、ホドルコフスキーは現在、スイスで暮らしている。その彼が最近、BBCの取材に応じて、「プーチンは彼をとりまく100人ほどの元KGBメンバーを支配している状況から、その操り人形になってきている」的発言をしている。 (2) この事件を大きな地政学的視座に立ってみる必要性。 例えば、EU、イギリスは、プーチンがウクライナのクリミアを略奪し、さらにはウクライナ東部に入りこみ、ウクライナの主権を侵害している、と一貫してロシアを非難し、そして経済制裁を課している。 しかし、1991年のソ連の崩壊の後、EU、アメリカは東欧圏に、経済的のみならず、軍事的にも入りこみ、バルカンでの争いにおいて、NATOを派遣し、参戦している。そしてその後、これらの地域を経済的にも取り込む活動をEUは続けてきたわけである。 プーチンはこの大きな地政学的変更をいま元に戻す運動をしている、と見るのは一理ある。げんにプーチンはそのことを言明しているし、実際、ロシアが行っているのは、ソ連の影響下にあった地域でロシアが喪失してしまった地域の一部の取り返しでしかない、というのは、一理ある論理である。 プーチン・ロシアがとりわけ嫌っているのが、NATOの東進である。そして彼の視点に立って、EU, NATOの力をそぐために、さまざまな手段を使って、反EU派にたつヨーロッパの政党を支援したり、あるいは諜報活動によるかく乱戦術を取っていることはよく知られている。セルビアやモンテネグロあたりでは、そうした活動は露骨であることが知られている。 イギリスが、自らの土地で上記のような陰湿な事件が生じることにたいし憤りを示すのは当然であるとはいえ、ではイギリスは民主主義をどこまで世界的に守ることに寄与してきている国なのかというと、これはこれで心元ないものがある。とりわけいま問題になっている1つに、サウジへの膨大な額の軍事売却契約に合意したというのがある。これらはサウジとアメリカが中心となって、そしてイギリスも参加している、イエメンへの無差別爆撃に使われることが確実視されている話なのである。イエメンでは長期間におよぶ封鎖により人道支援物資が届かず、記録的な死者が確実視されている。 (3) アメリカの政界の異常な混乱 従来なら、アメリカが「自由主義世界」のリーダーとして、多くの友好国の賛同を得ながら世界体制のあり方に注意を払っていく、というのが通常の姿であった。もちろん、アメリカも「自由」の尊重を掲げながらも、現実には、そうしたことを平気で一種の利得権益への配慮から踏みにじるということは、枚挙にいとまがないかたちで行われてきている。CIAによる多くの国の政府の転覆である。古くはイラン、70年代にはチリ等が有名である。 しかし、いまのトランプ政権となると、それに輪をかけて異常な事態に陥っている。なにせ1年間に2000回もウソを公の場(ツイッターも彼の場合、大統領としての発言である)でつき続けている。メディアにより、トランプを激しく批判するという動きは顕著に見られるものの、不思議なのは、これだけウソを吐き続けながら、依然として大統領職についているという事態である。それだけ大統領の権限が強いシステムだというのは確かであるが、それにしても、例えば日本の政界において、こうしたことは数回のウソでも辞任に追い込まれる話である。だが、アメリカの場合、いまだにトランプは一言の誤りもなく、いかに自分が偉大であるかを誇示する演説に終始し、そして背後で、トランプが気に入らない人物にたいしては容赦のない個人攻撃をツィッターで行い続けているのである。 彼が大統領でいられる理由として、依然として共和党指導部はトランプが何をツィートしようがそれには目と耳を伏せて、自らの権益を守ることにのみ努める、という何ともだらしのないスタンスを取り続けている。そしてそれに輪をかけて不思議なのは、トランプが依然として選挙キャンペイン的演説活動を続けており、そこには多くの賛同が集まっているという現実である。このような異常な大統領を見はなすという行動が明瞭に見られていないという情けないアメリカの大衆の現実があることも、見逃すことはできないであろう。 こうしたなか、トランプをめぐっては、特別検察官ミュラーにより、本丸への査問が開始されてきている。トランプ財団にたいし、関連書類の提出をもとめるサピーナが発せられたばかりである。もう一方で、ストーミー・ダニエル問題がアメリカ世間を騒がせる事態になっている。2016年の大統領選挙まえに、口止め料をわたしての契約を行うという事件が明るみにされている。 トランプは政権発足直後から、次々に気に入らない人物を首にしてきているが、その速度は2月から異常なスピードで進行している。今回のマケイブの解雇などは、陰険そのものである。セッションズ、コーン、マクマスター等など、まだまだ解雇対象は後を絶たない。 トランプは「アメリカ、ファースト」をスローガンにしてきたが、現実には対内的にはアメリカ政界、社会を分裂、混乱に陥れ、対外的にはこれまでの友好国をことごとく敵国的扱いにしている。そして外交的には国務省が機能することなく眠っており、国内的には司法省を敵視するということで、政府機能がマヒ状態に陥っている。プーチン、そして新興勢力の中国は大喜びである。これら2国にたいしては、トランプはきわめて弱腰だからである。とりわけプーチン・ロシアにたいするトランプのスタンスは理解不能なほどである。あれだけ、すぐに人を「ちっちゃなロケット・マン」とかいった言葉を使って罵倒することを生業としているトランプが、今回のイギリスでの事件にたいしても、彼は一言もそれを批判する発言をしていない。これはニッキー・ヘイリーが国連で述べ、財務省が述べている話し、つまりロシアによるアメリカへの選挙妨害のみならず、アメリカの電力プラント、原子力発電所などへのハッキングが多数に及んでおり、いつでもそれを作動させることができる状態になっている、という状況説明を、トランプはまったく無視している、耳にふたをしている状態にある。こうした人物がアメリカのトップにいるというのは、だれがどう考えても納得のいくものではない。 早く引導を渡す行動が拡大すること、そしてトランプのベースを形成する一群が離散する状況が出現することが望まれるところである。 (4) すべて資本主義システムが経済システムとしては採用されている現在である。そしてそこでこうした事態が横行している。資本主義と政治システムの関係をどうとらえるべきかという問題がわれわれに突きつけられている。 かように、世界の現状はきわめて混沌とした状況におかれている。 |