グローバリゼーションをどうとらえれば
よいのだろうか
平井俊顕
はじめに
1980年代中葉から現在までの世界経済の展開を特徴づける言葉
―「グローバリゼーション」(グローバルな規模での市場経済化現象)
(i) 経済を運営する原理として、資本主義のグローバルな採用と社会主義の放棄
(ii) 金融グローバリゼーションの極端な進行
(iii) かつての開発途上国が、 高い経済成長の結果、 世界経済において重要な役割を有するに至ったこと
I. グローバリゼーションを引き起こした5つの要因
(1) ネオ・リベラリズム
・ハイエクやフリードマンを代表として、そして一般大衆や政治家のあいだで理解されてきたものとして
(i) サッチャーやレーガンからの圧倒的な支持
(ii) 経済学界からの強力な支持 -「新しい古典派」
(2) 金融の自由化
・資本調達手段および投資の場の拡大のため、規制の撤廃を目的として金融機関によって唱道。
・最も重要だったのは、グラス=スティーガル法の換骨奪胎化
・ヘッジ・ファンド、プライベート・エクィティ・ファンドのような金融機関ならびに「証券化商品」の激増
(3) 資本取引の自由化
・90年代、IMFにより唱道された「資本勘定の自由化」(S. フィッシャー)
・IMFの協定を改正する動きは1997年に頂点に達する。グラス=スティーガル法の換骨奪胎化運動と連動。
・80年代後半、日本企業による中国や東南アジアへの対外直接投資の、円高による飛躍的増大。そのことが輸出の増大を通じて当地の高度経済成長に寄与。
・90年代初頭、インド、ブラジルの資本自由化政策。そのことが対外直接投資を通じ経済発展を招来
(4) 新産業革命
・IT産業は、80年代のアメリカで開始。当初、日本企業はその技術を取り入れ、世界をリード。
・90年代に状況は劇的に変化。アメリカのIT革命の進展に日本の既成企業は遅れを見せた。
・IT革命は、インドなどに、アウトソーシングのかたちで経済発展の機会を提供。
(5) 社会主義体制の崩壊 - なぜソヴィエト連邦は崩壊したのか
石油価格の急落とアフガン戦争の敗北
ゴルバチョフの台頭
II.グローバリゼーションの4タイプ
世界の政治経済システムの大きな変化をもたらした4種類のグローバリゼーション:(i) 金融グローバリゼーション、(ii) 市場システム I – ソヴィエト連邦の崩壊に関係、(iii) 市場システムII – 新興国の台頭、(iv) 市場システムの統合 – EU.
・「金融グローバリゼーション」は、金融ビジネスが世界のどの政府からも規制を受けることなく活動できる金融の自由化と資本取引の自由化によって引き起こされる。
・「市場システム・グローバリゼーション」
市場システムは、財・サービスが市場での企業および消費者のあいだで自由に交換がなされるシステム。世界中で採用されるこのタイプの市場システム。
・2つのグローバリゼーションの関係。
金融グローバリゼーションの進展が市場システム・グローバリゼーションを促進。金融ビジネスは、利益を生むと見込まれる地球上のいかなる地域にたいしても資金を積極的に投資。この傾向は多くの開発途上国に大きな契機を提供。
他方、金融のグローバリゼーションの展開が金融資本の異常な増大をもたらすにつれて、政府が金融機関の行動を監視することは益々難しくなり(膨張するSBS)、そのことによる世界経済の益々の不安定化。
(1)「金融グローバリゼーション」― 米英金融資本による主導権奪取
・米英が世界の中枢としての地位を取り戻す方法として編み出されたもの。それがここでいう金融グローバリゼーション
・米英は、金融の自由化を進め、金融機関が規制当局の監視を逃れて自由に投資・投機活動を展開していくことを許容。ヘッジ・ファンド、「証券化商品」を通じ、おどろくべき規模の投資・投機活動が展開。
・90年代に入ると、金融グローバリゼーションはその加速度を増していくことになった。このことは、米英による世界金融市場のコントロールの回復に貢献。
(2) 市場システムI ― 米ソ冷戦体制の崩壊と資本主義システムへの収斂
資本主義システムへの移行過程
ロシア (エリツィン)
・前半は、ガイダル=チュバイスによるショック療法を通じての急速な資本主義化の断行であった(価格の自由化、「バウチャー・メソッド」による国有企業の民営化、および株式市場の創設など)。その成果は無惨。多数の人々を極度の貧困に追い込む一方、オリガルヒを輩出。
・後半は、政治的・経済的混乱の時期である。オリガルヒの影響力は強大化。「株式担保」による融資を通じて、多くの国有企業を掌中に。
中国
・1978年、鄧小平による「改革開放」政策
・漸次的な改革
・当初、農村地域での土地の私有化の導入、ならびにいわゆる「郷鎮企業の成長
・それに続くのが、「経済特区」への外国企業の誘致政策
・1985年、鄧小平の「先富論」。経済の急速な成長は主として民間企業によって達成
・90年代中葉における指導方針は、大規模の国営企業は政府のコントロール下におくが、小規模の国営企業は民営化するというもの。
・その後、内陸部の地方政府が、新開発区域を創設し、そこに外国企業を誘致する政策の遂行。
(3) 市場システムII ― 新興国の出現
ビジネス活動のグローバル的展開は、いくつかの「発展途上」国の大規模な経済発展をもたらすことに貢献した (ブリックス)。
世界経済は、「成長を続ける先進国 対 停滞する開発途上国」の図式から「停滞する先進国 対 成長を続ける新興国」へと大きく変貌
ブラジル
1990年にコロール大統領: 市場経済を促進する政策の採用、海外に門戸開放、国有企業の民営化を実施。このことはブラジルのとるその後のコースを大きく変えることになった。
インド
1991年にラオ首相: 新しい経済政策 - (i) 貿易、外為および資本の自由化、
(ii)規制緩和、(iii) 国有企業の民営化、(iv) 金融システムの改革を含む自由化政策
世界経済におけるブリックスの存在感
表 1 GDPの年平均成長率 (%)
中国
|
10.46
|
1991-2010
|
インド
|
7.54
|
2001-2010
|
ロシア
|
6.58
|
2001-2010
|
ブラジル
|
3.61
|
2001-2010
|
|
******
|
|
アメリカ
|
2.55
|
1991-2010
|
ドイツ
|
1.47
|
1991-2010
|
日本
|
0.97
|
1991-2010
|
表2 PPP 表示でのGDP ランキング(単位: 10億ドル)
|
国
|
2013
|
2010
|
2000
|
1990
|
1
|
アメリカ
|
16800
|
14958
|
10290
|
5980
|
2
|
中国
|
13395
|
10040
|
3020(3)
|
914 (7)
|
3
|
インド
|
5069
|
4130 (4)
|
1607(5)
|
762
(9)
|
4
|
日本
|
4699
|
4351 (3)
|
3261(2)
|
2379
(2)
|
5
|
ドイツ
|
3233
|
2926
|
2148(4)
|
1452 (3)
|
6
|
ロシア
|
2556
|
2222
|
1213(10)
|
Unavailable
|
7
|
ブラジル
|
2423
|
2167 (8)
|
1236(9)
|
789
(8)
|
8
|
イギリス
|
2391
|
2201 (7)
|
1515(7)
|
915
(6)
|
9
|
フランス
|
2278
|
2114
|
1535(6)
|
1031 (4)
|
10
|
メキシコ
|
1843
|
1603 (11)
|
1082(11)
|
631 (10)
|
11
|
イタリア
|
1808
|
1784 (10)
|
1406(8)
|
980 (5)
|
(4) 市場システムの統合 – ユーロ・システム (あるいは EU)
・EU およびユーロ・システムは、 今日のグローバリゼーションが加速度を増してきた、 そして社会主義システムが崩壊した90年代に設立。
・EUは旧ソヴィエト圏のメンバーをEUに引き入れる政策を採用。「市場システムの統合」というグローバリゼーション - 部分的な金融グローバリゼーション(ユーロというかたちで)と市場システムIを含む - を構成。
(ユーロ危機 - ベイルアウトと超緊縮予算の強制、ならびにECBによる金融政策。ユーロ指導者の基本的考えは、超緊縮予算と、労働市場の自由化、公的部門の売却などの構造改革により、困難に陥っている国は、その国際競争力を向上することができ、より健全な予算を実現できる、というもの。しかし、その結果、社会的不安による政治的極右化・極左化を招来。)
Ⅲ. リーマン・ショックと現在
1 ネオ・リベラリズムの崩壊とケインズの復活
・「ネオ・リベラリズム」や「新しい古典派」の崩壊。
・ケインズへの言及の増大。著名な経済学者によるネオ・リベラリズムの棄却宣言。多くの経済学者によるケインズ的財政政策の主張。2008年10月、イギリス蔵相による財政政策の必要性の主張、オバマ政権の経済政策担当スタッフによる財政政策の唱道。
2 その後 – 緊縮政策
・2010年5月まで、世界の主要政府においてはオバマ政権を先頭にケインズ的な政策路線が支配的であった。
・6月頃になると、世界は(中国を例外として)経済政策の方針を大きく変えていくことになり、超緊縮政策に転じ、事実上、不況対策を放棄。
ギリシアの財政危機、トロントG20
アメリカの「ティー・パーティ」運動の高まり
2011年11月の中間選挙における大統領 ― 民主党側の致命的な敗北。
・不況に対処するために取られた唯一の経済政策は量的緩和政策(QE)
・その実質的な効果は、メガバンクを救済することであり、金融投資が行えるようにすることであり、実体経済への実質的な効果は得られていない。
3 無傷のSBS
・ドッド-フランク法(2010年7月)
・しかしながら、その施行プロセスは、主として共和党の反対および銀行業界のロビー活動による非常に長期にわたる遅れの発生。終了は2014年初頭。
・シャドウ・バンキング・システム(SBS)は無傷のまま残されている。
むすび
・グローバリゼーションは、とくに金融グローバリゼーションを通じ、米英が日本から経済的力を奪回することに貢献した。
・グローバリゼーションは新興国が高い経済成長を達成させる大きな機会を与え、それはこれら諸国がG20のメンバーになるほどであった。
・グローバリゼーションは、世界経済をその行き過ぎにより益々脆弱なものに
してきた。
・市場社会はどのような方向に動いていくのか。
現時点で明らかなことは、ネオ・リベラリズムの崩壊であり、市場社会はそれとは異なった方向に動いていく必要があるという点。市場の不存在や市場の不透明現象およびSBSの拡大を抑えるために金融システムを統御可能なものにする諸政府による努力は必須のもの。
・だが、この動きはきわめて進行が遅い。このことは近い将来に新たな金融のメルトダウンをもたらす危険性が高い。
・もう1つの重要な問題は、ビジネス倫理。不公正、腐敗、身勝手 (TBTF) がアメリカのビジネス社会で支配的であるという事実は、このままの市場社会システムはいつか爆発する危険性が高いことを雄弁に物語っている。
世界は、依然として海図のない領域に向かって航行を続けている。