平井俊顕
ケインズ一行が最初に立ち寄ったのはオッタワである (1945年9月2日)
「レンド・リース後の、スターリング圏および米英間での金融協定案」
この文書は第I節で、イギリスの、現在の対外金融ポジション、および今後見込まれる対外金融ポジションが扱われている。現時点での金・ドルの準備額、対外負債額、経常収支赤字額、1946年に見込まれる経常収支赤字額、輸入額、海外での政府支出の減少額、戦争から生じている所得 (例えば、イギリスに駐留しているアメリカ軍の個人的支出) の減少、輸出額、貿易外 (invisible) 所得などについての数値が挙げられ、その結果、1946年の経常収支赤字額は、25億ドル ~ 35億ドル、と見込まれている。さらに、「移行期」(戦後から、国内経済の完全復活までのあいだ) のその後についての推測が示されている。
第II節では、イギリスが抱える金融問題として次の2点が挙げられている:(a) 戦時中に蓄積したスターリング残高の扱い、(b) 移行期に持続する国際収支の赤字対策。
このうち、(a) は、(b) に直接作用することがあるものの、急を要する問題ではない。緊急に対処しなければならないのは (b) である、と述べられている。そのうえで、2つの代替的な解決案が提示されている。
第1案は、主としてイギリス側のイニシアティブで遂行が可能なものであるのに対し、第2案は、関係諸国全体による包括的な計画によってのみ可能であり、かつアメリカからの援助なくしては遂行することができないもの、とされる。これらの案の概要は以下のとおりである。
第1案 ― 戦時中に発展してきたスターリング圏システム、および圏外の諸国との「支払い協定」(payments agreements) - いくつかのヨーロッパ諸国や南米諸国とのあいだで実施されている- により、状況に応じて、発展および改変していく案。
第2案 ― 可能な限り、すべての戦勝国間で生じた戦争の金融的帰結 (戦時中に生じた負債) を組織的に清算する案 。
第1案は、イギリスが自力で、かつ自らのイニシアティブで解決しなければならない場合、最良の策ではあるものの、いくつかの深刻な困難を有するものであることが指摘されている。とりわけ、この案は、本質的問題の解決を移行期の終わりまで先延ばしするだけであるとの批判を免れるものではない。実際問題として、移行期が終了したとき、いまと同じ2つの代替案が存在していることになるだけなので、協力精神が旺盛な今、長期的に見て望ましい第2案を遂行する方がはるかに容易である、と論じられている。
第2案では、最初に、スターリング圏の構成員に関することが述べられている (第39項)。そこでは、イギリスに対する債権130億ドルのうち、40億ドルは帳消しにするのが適切であること、8億ドルは経常収支が赤字になっている債権国間で自由に使えるようにすること、残る80億ドルは50年を超えない期間での分割により自由に使えるようにしていくこと、さらに残存額は無利子であること、そして、自由処分の用途は経常収支の赤字対処に限定すべきこと、などが論じられている。
続いて、アメリカに向けての提案が述べられている (第40項)。戦時債務の清算のため、イギリスが自由に使用できる50億ドルの援助が要請されている (初年度20億ドル、続く2年間は各15億ドル)。これにより、イギリスがこうむる経常収支の赤字、スターリング圏メンバー国の保有するスターリング残高の分割的自由化、スターリング圏外でのイギリスの債務の清算、戦争処理およびレンド・リースの最終解体から生じるアメリカへの債務、に対処する、と述べられている。
次に、これらの提案を行う根拠として、それが戦後の望ましい諸国間の通商・金融関係を実現するために十分かつ不可欠なものであること、およびイギリス国民が今次大戦で捧げた貢献を考える時、今後も日常生活に過大な負担が生じる事態を回避することは、社会の安定化のためにも不可欠なものであること、が挙げられている。
さらに、アメリカに上記の援助をどのような根拠をもって述べるべきかについて、戦時中、および戦後直後のイギリスに生じた金融的困難の次の3つの要因を指摘するに若くはない 、と述べられている ― (i) レンド・リース前、イギリスの保有する資産はほぼアメリカからの武器購入に使用されていた点、(ii) 戦時中、イギリスは世界各地で100億ドルを支出した点、(iii) レンド・リースにより、イギリスは貿易を棄て軍需産業および軍隊に集中することが可能となったのだが、もし貿易を続けることで他国を助けることがわれわれの役割であるとされていたならば、イギリスは戦後の均衡回復について、いまよりはるかに有利な状況にあったであろう点。