困難な交渉局面の進展 -ロンドンからの指令を受けながらアメリカ側との交渉 平井俊顕 トップ・コミティの終了後、ケインズはハリファックス (駐米大使) とともに、アメリ カ側の代表者であるヴィンソンおよびクレイトンと、具体的な交渉に入ることになった。もちろん、ケインズは、ドールトンやイーディとの交信を続けながら、イギリス政府からの指示を受けつつ、この交渉に臨んでいる。とりわけイーディはケインズを非常に尊敬・信頼しており、このことは、例えば10月12日付のケインズ宛手紙に、鮮明に認められる。 閣僚会議について蔵相からの電報を受け取った後の10月9日、ケインズとハリファックスは、ヴィンソンとクレイトンと会合をもった。そこで、ロンドンからの指令により、援助のうちの20億ドルを贈与で、とする提案を行うも、政治的に不可能との理由で拒絶された。ヴィンソンとクレイトンは、無利子のローンも現実的ではないとする立場を崩すことはなかった。 そこでケインズとハリファックスが、アメリカ側の考えていることを問うと、クレイトンは、(ひも付きではない) 50億ドルの50年ローン - 5年後からの返済で、年5000万ドルの元利いとする - という案を出している。 同日、ケインズとリーシングは、帝国特恵関税についてのアメリカ側の見解やそれ に関しての対応などをロンドンに報告している。アメリカ側は、金融援助の約束をする前に、特恵関税マージンの削減・撤廃の確約をイギリス側に求めていた。ケインズは指示に従い、両者をリンクさせることを拒否するも、必要に応じ解決策を探るつもりでいることを示し、いくつかの具体案を提示したりしている。 10月15日、ケインズとハリファックスは、クレイトンとヴィンソンと会合をもった。そのさい、ドールトンからの指令で、贈与+追加ローン、もしくは無利子での50年ローン (当初の5 ~10年は返済猶予) での交渉を試みたが、失敗に終わっている。このときの会合の雰囲気は、「陰鬱で非建設的」であった。クレイトンの考えは、50億ドル以下のローン (年返済額は1億ドル) に傾いているようであった (ドールトンは10月9日にクレイトンが提案したローンは受け入れられない、との立場を取っていた)。 これまで 当初、われわれは - と、ケインズは述べている - 最良のものとして贈与、そうでなくとも部分的には贈与、最悪でも無利子ローンが、然るべきものと思ってアメリカにやってきた。それは、アメリカの参戦前にイギリスが負担していた金融的犠牲、ルーズヴェルト大統領の犠牲の平等性原則、さらにはアメリカにとっても戦後の利点となり、また拡張と全般的繁栄をもたらすものである合意を共有するものであること、を勘案した寛大な解決案であり、アメリカがそれに同調すことを期待していたからである。 だが、アメリカ政府はそうした解決案を実際には拒絶した。そこには、アメリカ社会が、ビジネス的社会であり、「取引」(trade) となると、取引的要素なしにはことを運べないという文化的特性がある。そのため、アメリカは銀行的な取引 (有利子ローン) のかたちをとりたがるのである -、と電報は続く。 アメリカの多くの政治家や公衆には、イギリスの上記の発想に対する広範な支持があるにもかかわらず、そうしたことが政策にならないのは、ひとえにいまのトルーマン政府は、ルーズヴェルト政府とは、性質が異なり、そうしたリーダーシップを欠いているからである。 こうして、われわれは失望状況におかれているのだが、とはいえ、英米協力を破壊するような行動に出るべきではない。いまや「詩」(理想・理念)を棄て「散文」 (プラグマティズム) に転換することを考えなければならない。それに、ほんの少し前には、大規模な援助スピリットがみなぎっていたが、いまやそれは後退局面に入っており、われわれが決断すべき時間はきわめて限られたものになっている。 ケインズの電報は さらに、ケインズは、新たなヴァージョンとして、年1.5億ドルの返済を行う総額50億ドルの50年ローン (1.7%の利子) プラス「放棄条項」(waiver clause) の追加を提案している。 結論的には、考慮に値する案は2つしかない、とケインズは述べている;(i) 20億ドルの無償贈与 + 2%での30億ドルローン、(ii) 40億ドルの55年ローン (利子は1%) + 10億~20億ドルのローン (利子は2%)。 この電報は、イギリスが、アメリカとの友好的関係を断ち切り、経済的に自立する道を選択すれば、広範囲、長期にわたり、考えられない破滅をもたらすことになる、と述べることで終わっている (同日付でケインズは新たな電報を送っている。それは、なぜイギリスに50億ドルが必要なのかの算術的根拠を示したものである)。 |