2013年8月6日火曜日

ケインズ100の名言



『ケインズ100の名言』
平井俊顕、東洋経済新報社、2007年、246ページ

      はしがき
 本書は、20世紀前半の主導的な経済学者であるケインズの人物像を、彼が折々に発した「名言」をもとに描写することを目的としている。すなわち、家庭環境、思想・文化環境、交友関係、経済理論の構築、経済政策活動、市場社会観等の諸側面を照射する彼の「名言」を拾い出すことで、立体的なケインズ像を提示すること、ならびにそれらを通じて同期間のイギリス経済社会、ならびにイギリスの知的展開状況の一端を示すこと、これが主たる目的である。
 経済学者のなかで、その活動の多彩さとその影響力の大きさの点で、ケインズを凌駕するものは絶えてない。「ケインズ革命」という名で知られる経済学・社会哲学上の現象は、それを端的に表明したものであるが、そしてそれは最も重要な彼の功績であるが、それでもなお、それは彼の行動の一部をなすにすぎない。彼は自由党の知的指導者であった。彼は哲学の領域においても重要な業績を残しているばかりか、「前期」ヴィットゲンシュタインから「後期」ヴィットゲンシュタインへの転換に立ち会っている。彼は、戦間期の指導的な文化・芸術集団「ブルームズベリー・グループ」のなかで中心的な活動と交友を続けていた。彼は名うての論争家であった(とりわけヴェルサイユ条約にたいする弾劾は有名である)。彼は芸術活動のパトロンとして活動した。彼は名うての絵画・書籍の収集家であった。彼は保険会社の経営を行っていた。彼はキングズ・カレッジの財産管理を行う責任者であった。彼は第二次大戦後の世界システムの構築に多大な貢献を果たした(「国際清算同盟」案はそのなかでも最も有名なものである)。等々。あげれば枚挙に暇がない。
 かつて論敵であったロビンズは国際通貨をめぐる交渉時にケインズと行動をともにしているが、そのときの日記で次のように記している。「・・・ケインズの特別な才能はそのすべて[雄大さにまで高められたわが人種の伝統的な特性]の埒外にあるすごいものである。彼が、われわれの生活や言語という伝統的な様式を使っているのは確かであるが、それは伝統的ではないものをもってほとばしり出ている。この世のものとは思えぬそのユニークな特性にたいし、人はただただ、それは純然たる天才であるとしかいうことはできない」(Howson and Moggridge eds.,1990, pp.158-159)
 経済学におけるケインズの影響力がこの30年、さまざまな方面からの批判にさらされて、相対的にみて小さくなったのは、確かである。だから、「ケインズは死んだ」、「ケインズの時代は終わった」などと声高にいう人が少なくないことも事実である。しかし、じつはそうした言の葉にはさまざまな誤解と独断が渦巻いている。その一端を、「序章」の最後で一言しておこう。
 本書は次の構成になっている。最初に序章としてケインズの生涯を述べる。それに続いて、本体である「名言」が100、5つの分野に分けて採取されている。最後に、読者の便に資すべく、参考文献、読書案内、主要人物の説明、年表がおかれている。
 本書は、ケインズならびにその周辺を知ってもらうべく、できるだけわかり易く、簡潔に、しかしあるレベルを保ちつつ書くことに努めた。高校生や大学生、それにサラリーマン諸氏を念頭においている。
なお、本書を執筆するにさいして、前著『ケインズ・シュムペーター・ハイエク』(ミネルヴァ書房、2000年)、『ケインズの理論』(東京大学出版会、2003年)、それに本書とほぼ同時に刊行される『ケインズとケンブリッジ的世界』(ミネルヴァ書房、2007年)から多くの題材を得ていることをここに記しておきたい。
 本書は、東洋経済新報社の中山英貴氏が企画・立案したものである。終始、筆者はいわば職人として執筆し、氏との討議を通じて改善を加えていくかたちをとった。その成果が本書である。
  本書を故安井琢磨先生に捧げたい。プロジェクトをお引き受けした直後から思っていたことである。
             20073月  上智大学研究室にて記す


『ケインズの名言100
目次
 はしがき
序章 ケインズの生涯
第1章 新しい時代・新しい経済学(経済政策)
            
1 死に瀕するヨーロッパ (1919)
2.   神と富の和解 (1923) 
3.  ヴェルサイユ講和会議(1919)
4.   カルタゴの平和 (1919)
5. 「ヴェルサイユの平和」に代わる繁栄と秩序の再建計画 (1919) 
6 資本主義の心理的均衡 (1923) 
7.  長期的には、みな死ぬ (1923)
8 インフレとデフレ (1923)
9.   本位制批判 (1923) 
10  物価安定か、それとも為替安定(1923) 
11.   恐るるな、大胆たれ (1929) 
12.  脱皮を繰り返す蛇 (1930) 
13.  カサンドラの予言 (1931)
14.  ニュー・ディール政策の支持 ― 合理的変革の受託者信託統治好き(1933)
15.  私の著作がやがて世界を変える (1935)
16『一般理論』市場経済観 (1936)
17.  貨幣数量説からの脱却 (1936)
18.  「最近の」数理経済学批判 (1936)
19『一般理論』が批判する経済学・擁護する経済学 (1936)
20.  不完全雇用均衡 (1936) 
21.  流動性の罠 (1936) 
22 美人投票、古い壷、アニマル・スピリット (1936)
23.  移動均衡の理論  貨幣的経済学 (1936) 
24.  経済学は論理学、そしてモラル・サイエンス (1938)
25.  政策的必要性と社会正義 (1939)
26.  帝国の存亡 ─ 英米相互援助協定第7条 (1941) 
27 ケインズ案とホワイト案 (1942) 
28.  「コモド・コントロール」 国際緩衝在庫案 (1942)
29.  ベヴァリッジ案にたいする強力な支援 (1942)
30『雇用政策白書』賛辞 「政策におけるケインズ革命」(1944) 
31. 救済・復興問題(1945)
32.  文明の可能性の受託者 (1945)
第2章 よりよい社会を目指して (社会哲学・政治哲学)
33.  レーニン主義 (1925)
34 ニュー・リベラリズムの唱道 (1925)       
35.  資本主義の本性 (1926
36.  国家社会主義と個人主義 (1926
37「自由放任」の思想 - 諸潮流の奇跡的な結合体(1926
38.  色褪せた偶像の企業者 (1926)
39.  自由放任と一流経済学者(1926)
40.  人間精神の解放 (1926)
41.  人類の政治問題 (1926)
42似而非道徳律 (1928) 
43官僚・政治家を支配する過去の思想 (1936)
44金利生活者の安楽死 (1936) 
45文明に巣くう蛆虫 (1938) 
第3章「偉大な精神」へのまなざし
46.  ウィルソン大統領  盲聾のドン・キホーテ(1919)
47.  ロイド・ジョージ  山羊足の吟遊詩人 (1919) 
48.  バーク  アジェンダとノン・アジェンダ(1924)
49.  マーシャル  雑多な訓練と分裂した本性(1925)
50.  エッジワース  知的・審美的求道者(1926) 
51.  マルクス (1934) 
52.  マルサス (1935) 
53.  ヴィクセル (1937)
54 ムーア  片足を新たな地平へ、片足を功利主義へ(1938)
55. ニュートン  最後のバビロニア人 (1946) 
第4章  論敵、友人に囲まれて
56.  ダンカン・グラント (1908)       
57.  ヴァネッサ・ベル (1919) 
58.   ヴィットゲンシュタイン ― 狂った哲学の天才 (1923)
59.   ヘンダーソン ―  血と汗で書く (1925) 
60.   リットン・ストレイチー (1928)
61.  スラッファ (1929) 
62.   ホートリー (1930) 
63.   ラムゼー ―  夭折の天才 (1930) 
64.   ハイエク  ベッドラム行きの論理学者 (1931; 1944
65.   ピグー (1933) 
66.   3者の比較寸評  ホートリー、ロバートソン、カーン (1933)
67.  ジョーン・ロビンソン(1932) 
68.  カーン (1934) 
69.  ロバートソン  脱皮しない、よい蛇 (1936) 
70.  フォックスウェル (1936)
71.  わが経済学の祖父、父、曽祖父 (1937)
72.  シュムペーター (1937)
73.  ヴァージニア・ウルフ (1937) 
74.  D.H. ローレンスとの出会い(1938)
75「ソサエティ」の仲間 (1938)
76.  ハロッド (1938
77.  ミード ― 棄船しない唯一のねずみ (1943)
78 自由党の知的指導者として『ネーション・アンド・アシニーアム』誌の経営 (1923) 
79.  レナード・ウルフ  連盟主義者 (1924)
80.  クライブ・ベル(1931)
81.  ロジャー・フライ (1924)
82 バートランド・ラッセル(1921) 
83.  エドワード・フォースター (1924)
84.  ブルームズベリー・グループ (1940)
85.  ライオネル・ロビンズ  LSEの指導的経済学者(1936)
86. 「若き日の信条」(1938) 
第5章 一人の人間として 
   
87.  フェロー試験に落つ (1908)
付論  確率は命題間の信条の度合い (1921)
88.  同性愛 (1908) 
89.  「白い羽」  良心的徴兵拒否 (1916) 
90.  みな何て奴らなんだ  猿小屋 (1917)
91.  絵画の収集(1918)(g5)、書籍・草稿の収集(1944)
92.  投機  行為と分析(1920) 
93.  2つの「卵」  1924年のとある日 (1924)
94.  リディア (1925) 
95.  ティルトン (1925)
96.  ナショナル相互生命保険会社取締役 (1928)
97.  アー・シアター」プロジェクト (1938)
98.  合理主義信仰から慣習重視へのシフト (1938)
99.  遺言 (1941) 
100.  死 (1946) 
年表
主要人名
参考文献 
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