2013年8月31日土曜日

先進国圏経済危機と日本


201111月執筆
先進国圏経済危機と日本

                                               平井俊顕 (上智大学)
1. はじめに
現在、先進国圏経済は文字通り危機的状況に陥っている。リーマン・ショックから3年以上が経過したが、アメリカは高率の失業(そして記録的な長期失業者数)を抱えたまま、政治的なデッド・ロック状態に陥っている。ユーロ圏は2009年秋に顕在化したギリシア危機がPIIGS問題に拡大し、いまや「金融システムの防禦と超緊縮政策の強要」、「独(仏)政府指導の決定システムと両国政府の本国での脆弱性」という2つの顕著な対照性のなか、激震に襲われている。日本はというと、2年前に発足の民主党政権はリーマン・ショックの激震に沈む日本経済を立て直すための積極的な経済対策を怠り、歴史的な円高の進むなか産業の空洞化を放置してきた (そこに2011年3月、福島原子力発電所の水素爆発という驚愕的な出来事に見舞われることになった)。        
いつしか機能マヒに陥った先進国経済はどうすれば経済を立て直せるのかの方策完全に喪失してしまっている。財政政策は財政健全化の大号令のもと「超緊縮財政」政策と化し、金融政策は「政策金利」への信頼はすっかり薄れ、「量的緩和政策」が追加されるもその効果は認められない。
本稿では、この3年間の趨勢を見据えたうえで、いま何が問題なのかを指摘することにしよう。
2. 対照的局面の展開
リーマン・ショックから現在までの世界経済は、2つの対照的な局面に分かれている。第1は「ケインズ的政策の復活期」(20089- 20105)2は「超緊縮財政路線の蔓延期」20106-現在である。
2.ケインズ的政策の復活期
リーマン・ショックが発生した時、世界の諸政府が真っ先に採用したのは、主要銀行への巨額のベイルアウトであった金融システムの崩壊を食い止めるためである。例えば、アメリカの場合TARPから2500億ドルが9行の株式購入のために費やされた。リーマン・ショックは、不動産を出発点に多層的展開をみせた証券化商品市場 (MBSCDSが、サブプライム・ローン市場の崩壊を契機に瓦解することでアメリカ金融市場の崩壊をもたらしたのであるが、その影響は世界中におよんだ。日本、中国の場合、対米輸出の激減が深刻な不況をもたらした。ヨーロッパの場合、イギリス、アイルランド、スペインに典型的が、異常な膨張を続けていた不動産バブルの破裂というかたちで現出した。
 急激かつ深刻な経済的混乱・経済不況に襲われた各国政府が続いて打ったのが財政政策を中心にすえた景気対策である。それを象徴するのがアメリカ大統領に就任したオバマである。彼の政策を一言でいえば、ケインズ政策 (の復興である。巨額の財政投資を実行することで深刻な失業に立ち向かう政策であり、それを高速鉄道網の建設、クリーン・エネルギーなどの環境インフラ建設に連結させたものであるいわゆる「グリーン・ニューディール」と称されるもので、総額7870億ドルの「アメリカ復興・再投資法」[ARRA]である
巨額の財政投資を実行することで深刻な経済不況を克服しようとするスタンスは世界の諸政府に受け入れられた。それを象徴するのが、20094月にロンドンで開催されたG20であり、景気対策の総額を2010年末までに5兆ドル [500兆円する、などの合意が得られた(だがそれより早く、中国は総額4兆元 (58兆円にのぼる巨額の財政政策の実施を表明してい
 総じていえるのは、この時期、景気対策としてケインズ的財政政策が意識的に採用されたということである。
2.超緊縮財政路線の蔓延期
20106月頃から、世界経済の風向き、そして各国政府の政策スタンスに大きな転回がみられることになった。
  発端は2009年秋、新政権による前政権の会計操作・改竄暴露で生じたギリシアの財政危機である。EU首脳はこれに具体的な対処策を決定できず、いたずらに時間が過ぎていった。この間、アイルランド、ポルトガル、スペインも財政が危機的状況にあることが露呈2010年の春になると、問題は一挙にユーロ危機へと進展したここにきてEU首脳がようやくのことで決定したのが、EU/IMFによるギリシアへの巨額 (1100憶ユーロのベイルアウトであり、その条件としてギリシア政府に超緊縮予算履行要求された。これが、以降、EUが超緊縮財政路線を嚆矢になった
この事態を反映して20106月に開催されたトロントでのG20では、オバマ大統領が財政政策による不況の克服を訴えるもEU側はそれに応じず、逆に超緊縮財政の大合唱の場となったのである
 アメリカでも、その少し前から連邦政府の予算スタンスへの批判の声が次第に大きくなっており、オバマ政権が当初計画していた財政政策の遂行も、そのため次第に難しくりつつあったこの運動の先頭に立ったのが、ティー・パーティであ。他方、2年前に熱狂的な支持を表明してオバマ政権を誕生させた学生や環境保護主義者は一向に解消しない高失業率、「ワックスマン=マーキー法」の挫折などに失望し、次第に大統領から離反していった。
その結果が11月の中間選挙で大統領・民主党側の大敗である。共和党は下院で多数派となり、上院でも民主党僅差で迫る大勝利を収めたのである。共和党は、予算支出大幅削減し、いかなる増税もしないことで均衡財政を達成するという、ティー・パーティの路線を踏襲することになった。中間選挙での大敗により、オバマ政権は以降、あらゆる政策の遂行に当たって大きな壁に突き当たることになった。
 さて、ユーロ危機だが、その後も収まりをみせるどころかますます拡大を続け、アイルランド、ポルトガルがEU/IMFによるベイルアウトを受けることになった。さらに、スペインやイタリアも俎上にのぼる始末であった。こうした事態に対処するべく、721日のユーロ・サミットでは、EFSF4400億ユーロへの増強、ギリシア国債保有者による21%のヘアカット、ギリシアにたいする第2次ベイルアウト (1080億ユーロが合意された。
 その後、スペイン、イタリアの国債市場で価格が急落し、ECBによる両国国債の買い支えが行われたり、ギリシア国債を大量に保有するフランスの大手銀行の株価が暴落するなど、世界の金融市場の混乱が収まることはなかった。結局、既述の7月の合意の最終的決定は10月にスロヴァキア議会での可決をもってようやくなされたのである。
しかし、事態はEUの行動の先を行っており、この合意自体が拡大する一方
の危機に対処できるものではなく、EU側がさらなる対処を余儀なくされたのである。メンバー国間の意見の対立も激しく、新たな案が出たのは、1026日のユーロ・サミットにおいてであり、EFSF1兆ドルへの増強、ギリシア国債保有者による50%のヘアカット、対ギリシア第2次ベイルアウト (1200億ユーロなどの合意がみられた。しかし、これらは続いて開催されるカンヌでのG20に間に合わせるだけの泥縄的立案であり、いずれもどうやって実現するのかがほとんど白紙状態であった。
 ユーロ内部の対立も深刻である。フランスはECBを最後の貸し手として活動させることを希望しているが、ドイツはそれはインフレを助長するものとして断固反対の姿勢をとっている。ドイツが要求しているのは、財政規律の厳守とその違反にたいする懲罰規定をEU憲章に書き込むことである。ドイツはそのことにより、財政統合への道を進めようとしている。ドイツは、超緊縮財政をメンバー国に厳守させ、万一の場合には増強されたEFSFの基金で対処するという考えである。つい最近までは、メルケルとサルコジでユーロ危機対策が主導されてきたが、フランス自体が投機筋に狙われるようになっており、いつしかメルケルのドイツが図抜けた存在になってきている観がある。
 アメリカの夏以降の状況で生じた変化といえば、オバマが共和党への屈辱的な妥協からやや本来のスタンスを取り戻し、9月に総額4470億ドルの「アメリカ・ジョブ法」を打ち出した点である。2400億ドルの減税と1400億ドルのインフラ投資が主たる柱である(もちろんこれが実現する見込みはない)。もう1つの変化は、共和党の大統領候補のレベルの低さが露呈され、来年の大統領選でオバマが再選される可能性が高まってきている点である。
 しかし11月の下旬、「スーパー委員会」での財政均衡のための支出削減案が暗礁に乗り上げるという事態が発生している。民主党と共和党の削減策の不一致である。もしこれが決まらない場合、国防費と社会保障費が大幅に強制的なカットに見舞われることになっている (このスーパー委員会は8月のオバマの妥協に組み込まれていたものである)
こうして20106月から現在に至るまで、アメリカ、 (イギリスを含む) EUは超緊縮財政の遂行を錦の御旗にする方向に転換しており、経済不況対策は事実上放棄されている。こうした超緊縮財政政策「有効需要の大削減政策」である。こうした方法で財政の健全化を目指そうというのは本末転倒である。民需が停滞するなか、内需を増大させられるのは政府しかない。ところがその政府も支出の大幅削減増税を実施しているから、有効需要の低下はとどまるところを知らず、結局のところ当該国の財政状況はさらなる悪化の道を辿ることになる
3. 先進国圏経済の何が問題なのか 
3.1 ユーロ圏固有の問題
ドイツはギリシアが財政規律を守らずに放蕩三昧を続けてきた、だからいまギリシアにたいしてはベイルアウトはするものの交換条件として超緊縮財政を要求し、かつそれが厳守されているかいなかを監視していく、というスタンスを貫いている(ギリシアといっているが、これはPIIGS全体に妥当するので以下、そう読み代えていただきたい)。
だが、責任は一方的にギリシアにあるわけではない。ドイツにも責任がある。ユーロが導入された頃(いや導入される前から)、ギリシア経済はすでにインフラ整備、建設ブームなどで経済は好調であった。インフレが進行していたから金利も高めに推移していた。
 そこユーロが導入され金利は2%と低く設定された。これは経済状況がよくないドイツ経済の活性化に重点がおかれたからである (ECBの運営方針はドイツのブンデスバンクの見解下におかれている)。そのためヴィクセル的累積過程を引き起こすことになった。おまけにこの間、巨額の資金を政府や民間部門に貸し続けたのはほかならぬドイツ、フランスの銀行なのである (いまやフランスの大手3行が苦しんでいるのはこれが不良債権化しているからである)
 ギリシアは低利で借り入れた資金でドイツから輸入を増やした。これはドイツにとってみれば輸出の拡張である。しかもギリシアは(ユーロ圏外の)アメリカからも輸入を増大させたから結果的にユーロ引き下げ方向作動するのに貢献してきたわけで、それがドイツによるユーロ圏外への大幅な輸出拡大を可能にしてきたのである。すなわち、ドイツの銀行が貸し付け、それをもとにギリシアがドイツから、そしてアメリカからさまざまな財を輸入し続けることになった
 この場合、責任はギリシアのみあるといえるだろうか。この状態を放任したECBの金融政策の責任はどうなるのだろうか。そしてギリシアに貸し付けたドイツの銀行の責任はどうなるのだろうか。借り手が「放漫」だというまえに、銀行の審査能力の無能さを問題にすべきであろう。ドイツはこの問に答えていない。ドイツ人の脳裏にあるのは、賃金の上昇を要求せずに耐えることで生産性を増大させ、輸出の増大をもたらしてきた、という自負であるが、既述のように、そうした苦労だけがドイツ経済を支えてきたわけではないのである。
いまEUが取り組んでいるのは、財政規律の強化とベイルアウト基金の調達である。しかし、ユーロ圏内での経済的不均衡が現在のユーロ危機を引き起こす大きな原因になっているという、より本質的な問題には手が付けられていなし。域内間でのアンバランスは労働の生産性、技術力といった実体経済面での格差によって生じてきている。そうしたなかで、メンバー国の経済回復を目的とする政策が何も提示されていないばかりか、そうした手段(金融政策、外為政策は持ち合わせていないし、財政政策は超緊縮政策)が剥奪されているのが現実なのである。
3.2 共通する問題1 - 経済政策の混迷
経済が戦後最悪の状況に突入している国に、さらに過酷な「超緊縮財政」をとらせることに、なぜドイツ、いやすべてのユーロ・メンバー国(ならびにイギリス、そしていまではアメリカもこだわるのだろうか。この方針がさらなる経済の悪化を招いていくという点にユーロ・メンバー国の政府はまるで関心を示すことがない。その結果、景気対策はまったく蚊帳の外におかれており、各国政府(オバマは例外である)はそうした責任を完全に放棄してしまっている。均衡財政を厳守することが、唯一絶対の使命となり、それが自己目的化している。イギリスの経済学者ホートリーの言葉を借りれば、政府は「真の目的」を忘却し「中間的な目的」を追求することで自己満足しているかのようである。
いまユーロ圏で強行されているのは、超緊縮財政の強要と並んで、金融システムの安定化のための防衛対策だけである。人々に増税を押し付け、リストラが強烈に進行するのにたいし、金融システムにたいしては非常にあまい政策がとられ、モラル・ハザードが助長されてきている。それは金融システムの安定が資本主義システムの安定の最優先課題であると考えるからであろうが、それは同時に金融資本の擁護・保護を意味しており、非常に不公正なスタンスである。公衆の怒りはスペインやギリシアでのシット・イン運動、イギリスでのアンチ・カット運動、アメリカを中心にしたオキュパイ運動というかたちをとって行われている。いまや政府への公衆の信頼が恐ろしく低下しており、民主主義を基軸にすえた政治システム自体が崩壊しかねない危険性に満ちている。
アメリカでは、「ティー・パーティ」の動向に気を使う共和党が、いかなる増税にも反対し、均衡財政の実現は支出の削減によってのみ行うべし、という主張をとっており、そのためオバマ政権の政策は完全なデッド・ロック状態に陥っている。これはEUの事情とは異なるが、それが超緊縮政策の実施を迫るという方向を向いている点では、同じである。
経済状況が極端に悪化をしているときに、さらに超緊縮政策をとることで経済のさらなる悪化が生じ、そして目指す均衡財政も実現できない、そこでさらなる超緊縮政策を要求される。こうした事態がいつまでも持続できるはずはないのに、EU指導部はおかまいなしである。
現在の政策運営での不思議な観念は、金融政策でいかに巨額の資金が民間部門に貸し付けられてもだれもその決定に異を唱えないのに、財政政策となるとそれよりはるかに少ない金額でも議会でさかんに議論され、そしてその成果にたいしては厳しい審査・監査の目が向けられる、という点である。いわば中央銀行には絶対的な権力が与えられているのにたいし、財政政策にはそれとは対照的な厳しい監視がなされているのである。
ところで、財政政策には経済を上向きにする力がない、というのが、一種のイデオロギー的に流布している。しかし、これに大いなる問題があることは、アメリカの近年のARRAにたいする評価からも明らかである。問題は、実施が非常に緩慢であったこと、規模が小さかったこと、しかしそれでいてそれは効果があったこと(これはCBOの調査によって明らかにされている)が公表されているのである。例えば、CBOは2009年度第3四半期に雇用は60-160万人増大した、と述べている。問題は、失業者数が1600万人であったというなかで其の効果はきわめて限定的であった、ということなのである(CBPPによると2009年に実施された景気刺激策は450万人の人々を貧困から救った)。
現在の超緊縮財政政策に異を唱え、ケインズ的な財政政策の必要性を強調する人は数多くいる。若干の名を上げれば、クルーグマン、W.キーガン、A.ポースン、ダグラス・アレン、ロバート・ライシュである。
3.2 共通する問題2 - 「悪い市場」を制御できない政府
ユーロ政府が気にかけているもう1つは「市場」の動向である。この市場はどのような市場であろうか。投機筋が債券市場の価格の乱高下を利用して一攫千金を狙うような、そうした行動溢れた市場である。そしてそこに格付け機関がまるで「神の声」よろしく「フランスよ、格付けの引き下げをするかも」とかいい、するとサルコジが青くなり何とかそれを防止しようとして超緊縮財政を宣言することで市場を沈静化させようとする。
 国債市場のイールドが7%になると、もう起債は不可能になり、市場以外から借り入れるしか方法がなくなる(ギリシア、アイルランド、ポルトガルが追い詰められたのはこれが原因である。そして最近、スペインやイタリアに同様の事態が進行している。
こうして「市場」は神の声のような存在になり、そしてそには多くのヘッジ・ファンドが暗躍している、というシーンが展開されている。こうした市場はいかなる意味で正当化されるのであろうか。金融グローバリゼーションの悪弊は何ら処理されることなく続いている (一時的にユーロ首脳は、裸のCDSや空売り規制を試みてきているが、効果は薄い)。
 これは市場を絶対視することからくる現在の資本主義システムが陥っている深刻な事態である。「自由」を金融にとって都合よく解釈し、そして自由化が市場の不存在、不透明にまですすむなか、金融市場がメルトダウンし、そうなると自己責任を一等最初に打ち捨てるというような有様である。
 これだけの危機の原因としてオバマ大統領は2010年7月に画期的な金融規制法案「ドッド=フランク法」を成立させた。しかし、その後の事態はこの法案を機能させる方向に進んでいるとはとてもいえず、金融の無秩序な自由化はアメリカでも無傷なのである。そして諸政府は「悪い市場」もしくは「市場のなかの悪い部分」にたいし規制を行う力を有さず、ひたすら市場の動き、投機筋の動きに翻弄され続けている。
 最近、ユーロ首脳はトービン税や格付け機関の規制問題を議論しているが、これらが明確な法になる可能性はいまのところ低い。
4.日本について
この20年の停滞状況を経験した末に、日本はすべての階層において、「焦燥感」を通り過ぎ「自己閉塞的状況」に達している。
政治からみていこう。90年代、わが国ではめまぐるしい政党の再編劇が繰り返された、2007年以降にはさいころの目のように無責任な内閣の交代が続いてきた。2009年秋に成立した民主党政権も、リーマン・ショック後に日本を襲った経済危機にたいし、何ら明確な政策を打ち出すことはできずにきている。子ども手当、農業者戸別所得補償制度、事業仕分けが目玉という有様である。政府は国の経済運営のあり方に確固たるスタンスをもつことができず、結果として市場経済に身を委ねるかのようである。財政政策は禁じ手扱いにされ、ゼロ金利を中心とする金融政策は長年続けられるも、停滞する経済を立て直す効果が認められるものとはなっていない。進む円高に歯止めをかけるべく外国為替市場に介入することもほとんどなされずに来ている。こうした無策無能ぶり(基本的スタンスの欠落)は諸外国の政府(中国、アメリカ、ロシア、EUはもちろんのこと)にあっては、国益を守るというスタンスが顕著であるがため、一層際立っている。
このため国際経済の領域ですら、日本政府の発言権は地に落ちた感がある。本年2月のオバマ大統領の「一般教書演説」で、韓国や中国については多くの言及がみられたのにたいし、日本への言及が皆無であったことは、その象徴的事例である。外交政策の領域にあってはいわずもがなであり、昨年生じた沖縄米軍基地移転問題、尖閣諸島問題にあって、政府は自主的に責任放棄・転嫁をする始末であり、独立国家としてのレゾン・デートルを喪失させている。
 日本経済を牽引する主体である企業は、上記のような政府の無策状態のなか、自らの力で世界市場での存続を図っていく必要がある。日本の企業は躍進する中国や、韓国の企業の攻勢が激しさを増すなか、終始おされ気味の状態が続いてきている。大手企業は政府に期待することなく、グローバル展開をより本格的に遂行していく必要に迫られている。国内市場の慢性的な低迷が続いているから、一層そうなのである。それでも大手企業はそうした行動を積極的にとることで国際市場を生き抜いていく能力は十分にあるといえる。懸念されるのは、この結果、日本経済における主要産業の多くが海外に移転し、産業の空洞化が加速度化していくという点である。
 国民はといえば、政府と同様で、あまりポジティブな姿勢は認められない。長年続く不況のなか、リストラの波に翻弄されてきたし、雇用も非正規雇用の占める割合が激増してきており、多くの人々が心理的・経済的に不安定な状況下におかれている。貯蓄からの利子収入は皆無となるも、将来への不安のため、消費を抑え込む生活パターンが身について久しい。
若者はこうした社会風潮を反映して、非常に「内向きの志向」に陥っている。海外に目を向けるよりも、競争を避けた消極的生き方を選好する傾向が顕著である。だが、こうした閉じこもりが許されるほど世界の情勢は甘くない。グローバルな活動で生き残りを図る日本の企業からみても、こうした人材に将来を託すことはできないであろう。
まさに、日本経済は「自縛状態」に陥っており、現在のところ、そこからの脱出法はみえていない。
日本経済は311日の東日本大震災の前にすでに袋小路に入っていたが、その後事態はますます悪化の道を辿っている。
大企業はグローバル展開を加速化することで生き残っていくであろうが、国内は産業の空洞化により雇用問題はいよいよ深刻化し、財政的余裕も政治的実効力もない政府のもと、ますます弱体化した経済・社会になっていきそうな様相を呈している
コップのなかの政争に明け暮れる日本の政界では、世界での日本のステイタスという考えはまったく視野に入っていない。資源外交政策は皆無、かつてのような産業政策もいまはなく、日本ではすべてを市場に任せる「自由放任政策」がとられている。以下、日本経済の現状をいくつかの領域からみていくことにしよう。
金融政策の無効性  現在、日銀ゼロ金利政策と量的緩和政策を採っている が、それが効果を発揮したためしはない。日本経済の1つの大きな特徴は、日銀がマネタリー・ベースを増やしても、市場でのマネー・サプライ (現在はマネー・ストック)一向に増えず、景気対策として何の役割も果たせていないという点である。銀行は受け取ったマネタリー・ベースで、専ら国債を購入してきている。もうかっていない企業に貸すよりも安全で利子も受け取れるからである。他方、企業も売れ行き不振の商品ために新たに設備投資をする必要もないため、資金需要停滞したままである。こうしたパターンが繰り返されてきている
 6月のマネタリー・ベース前年比17%と大幅に増加しているが、マネー・ストックの伸び広義流動性でみると、5月は前年比 -0.5%と減少さえしている。
外為政策の不在 - 現在、ユーロ不安、格付け機関によるアメリカ国債の格下げ示唆のニュースを受けて記録的な円高 (1ドル=79が進んでいるが、このことで奇異に思うのは政府の対応である。このことで記者から受けた質問にたいし、財務相は意味不明の答弁をするなか、市場への介入意思はまるでないというスタンスを垣間見せていた。
 為替相場の適正度PPP (購買力平価との乖離度でみる必要がある (代表的なのはアメリカ・日本の物価指数の比率)そこからの乖離が激しい場合、政府には市場に介入する義務と権利が発生する。そうしないで市場のなすがままに任せ続ければ、投機的な要因によ大幅な相場の上昇や下落を引き起こしてしまうことになる。リーマン・ショック後、日本経済はこうした事態に直面しているが、驚いたことに日本政府はわずか2度しか市場介入 (円売り、ドル買い)をしていない。日本政府は模範的な「市場原理主義者」の立場をとっており、輸出産業に与えている打撃はきわめて深刻である
4.むすび
1980年代中葉から始まったグローバリゼーションは、世界経済に次のようなインパクトをもたらした。
 第1に、それは世界経済における実物的・金融的地位の持続的な停滞に苦しんでいた米英が、プレゼンスを高めていた日独からその地位を奪い返すことに、かなりの程度成功することになった。米英金融資本を中軸にした「金融のグローバリゼーション」がそれである。これは、資本主義システムをとる先進国のあいだでの経済的指導権のシフトとして特徴づけることができる。だが、この「金融のグローバリゼーション」は、世界の資本主義システムを「カジノ化」することで、非常に不安定なものにすることになった。
 第2に、グローバリゼーションは、米ソ冷戦体制の崩壊と資本主義システムへの収斂化をもたらした。米ソ冷戦体制の崩壊は、もちろん、ソ連を中心とする社会主義システムの崩壊の意である。ソ連圏が崩壊したのは、石油価格の下落、アフガン戦争の泥沼化などによる財政的・軍事的弱体化が根底的な原因であり、それに計画経済のもつ弱点とシステム疲労が重なったからである。グローバリゼーションの波がロシアを襲うようになるのは、ロシアがすでに、いわば自然壊滅的状況に陥った後のことである。     
中国の場合、それまでの「大躍進」、「文化大革命」がもたらした経済的・社会的悲惨を、それに反対してきた「走資派」が権力を奪取したことで、「市場システムのグローバリゼーション」を自発的・積極的に取り入れてきたといえる。
 第3に、グローバリゼーションは、いわばその波をうまく活かす新興国を出現させた。高い経済成長を達成してきている新興国は、リーマン・ショック後の経済的停滞から脱出できない先進国を尻目に、世界経済におけるプレゼンスを益々高めるに至っている。
ケインズ学会編 + 平井俊顕(監修) [2011] 『危機の中で <ケインズから学ぶ』作品社。
平井俊顕 [2010-11]統計日本統計協会 (「世界経済の危機」シリーズ:20101月から201111月まで隔月連載。現在継続中)