2013年8月5日月曜日

アメリカの財政問題をみる

アメリカの財政問題をみる
1.はじめに
201011月の中間選挙での大敗により、オバマ大統領は以降、あらゆる政策の遂行にさいして大きな壁に突き当たることになった。レイム・ダック下での12月の妥協案(「ブッシュ減税の延長」と「失業給付の延長」)はその最初であった。
その後、重大な問題となったのが財政問題である。予算の均衡化(赤字の解消)ならびに国債の累増を抑えるという点では、いまや大統領・民主党と共和党のあいだで合意が得られているが、いかにしてそれを達成させるかで激しい対立が続ている。
本稿ではアメリカの財政問題を取り上げ、その現況をみるとともに、それがアメリカ経済にとってもつインプリケーションについて考えてみたい。
2. 財政赤字
アメリカはクリントン大統領の時代後半 (1998-2000) には財政黒字を達成していた。1990年代の後半、アメリカ経済がIT産業に牽引されるかたちで力強い成長を実現していたため税収が大幅に増大したからである。
 だがドットコム・バブルの崩壊 (2000)、アルカイダによる世界貿易センター・ビルの破壊20019により、アメリカ政治・経済に危機的な問題が発生したさい、2つのことが決定された。第に、対テロ戦争と位置づけられたアフガニスタン紛争 (200110 -) およびイラク戦争 (20033 -2に、「ブッシュ減税」2001年および2003る。大幅な減税と軍事支出の結果、財政は大幅な赤字に転じることになった。2007年度 (2006101  2007930) 1610億ドル、2008年度2480億ドル、そして2009年度にはじつに14130億ドルに膨れ上がった。こうしてブッシュ政権のときに大幅な財政赤字は常態化していた。
オバマ大統領はこの「遺産」を継承するかたちで、最悪の経済状況下で政権を担当することになった当初は景気回復に主眼が置かれており、それが「アメリカ復興・再投資法」(ARRA20092) であった。だが、景気の回復は思うように進展しなかったため税収が伸びなかったこと、それに社会保障関連費は逆に増大したことで、赤字幅が減少をみせることはなかった(2010年度12930億ドル、2011年度12990億ドル、2012年度11130億ドル
ギリシア危機に対処するべくユーロ指導国は20105あたりから、財政均衡の達成を至上命題にするスタンスが明確にとられるようになった。アメリカもこの動きに巻き込まれ始めたが、その動きを加速化させたのが「ティー・パーティ」運動であり、それにバックアップされるかたちで躍進を遂げた共和党の攻勢である。
2.1 連邦財政 
2011年度の予算案  中間選挙 (201011での共和党の大勝により、オバマ大統領は当初予定していた予算案を通すことができない状態に陥った。まさにその場しのぎの「綱渡り」(continuing resolutions) が続いた。2011年度予算案 (2010101日 ― 2011930が、ようやく議会で可決されたのは20114月のことであった。大統領が議会に提出したのは20102月であるから、いかに大統領・民主党側が苦戦を強いられたかを物語っている。
2012年度予算案  オバマが2112年度予算案を議会に提出したのは20112月である。同案は、財政赤字削減策を提言した『ボウルズ = シンプソン委員会報告』201011月)に沿うものである。大統領はブッシュ減税を最富裕層にたいしては認めないという立場をここで鮮明にするとともに、石油・天然ガス産業などへの補助金をカットし、クリーン・エネルギーの発展に80億ドルを配分することで、「グリーン・ニューディール」わずかながら復活させた(「ワックスマン マーキー法」は下院を通過したものの上院で2010以降停止状態になっていた)。他方、社会福祉関連費、軍事費に手は付けられていない(同案では向こう10年間に11千億ドルの債務削減が提言されている)
同案は、次期大統領選挙をみすえて、予算をめぐるスタンスで共和党との相違を明示し、かつ大幅な赤字削減案を提示することで、自らも財政改革路線をとることを表明したもので、相当緊縮的になっている。
大統領案に対抗して共和党も予算案 (ライアン議員によるを提示した。それは社会福祉関連費、ならびに教育費の大幅な削減メインにするものである。他方、富裕層への優遇税制に手はつけられず、軍事費増額れている (この案では向こう10年間に58千億ドルの債務削減が提言されている)
大統領案、ライアン案ともに、525日に上院で否決された。
上記にみられるように、共和党は現在のアメリカ政治において大きな力を発揮できる立場にある。その行動原理は支出を削減させ、一切の増税拒絶することで均衡財政を実現するという「ティー・パーティ」の路線に沿うものである。社会保障費の大幅カット、ならびにブッシュ減税によって実現されている最富裕層への減税の維持彼らの主張の中核である。後者では、それがアメリカ経済の競争力を高めているという「理屈」が付随している。
共和党の重要なスタンスをもう2点あげておこう。
(1) オバマ政権が昨年成立させた国民健康保険法案および金融規制改革法(「ドッド=フランク法」)を廃案にもちこむ。それが無理な場合、予算配分を回さないようにして事実上の活動ができないようにする。
(2) 環境政策 (グリーン・ニューディール)に意義を認めない。関連機関(例えば「環境保護庁」[EPA]への予算の配分極力阻止する。石油・天然ガスへの補助金カットは失業問題を悪化させる
大統領は、ライアン案や2011年度予算案の成立状況を勘案して、4月のある演説で代替案に言及した (そこでは向こう12間に4兆ドルの赤字削減が謳われているが、それは演説にとどまるものであった。
こうして、オバマの予算案が承認されるメドは、まったく立たない政治的状況が展開してきている
デット・シーリング問題 - 20117月になると、連邦債務発行の上限引き上げ問題をめぐり、アメリカ政界に激震が走った。
大統領と下院議長ベーナー (共和党との話し合いは721日、合意に達するかに思われたが結局は決裂した。主たる原因は、ティー・パーティにバックアップされて当選を果たした共和党議員が、すべてを支出のカットに求め、一切の増税に応じなかったからである。
この引き上げができないと、連邦政府は「シャットダウン」する。そうなると、公務員給与、失業給付、年金給付、州政府への交付金などの政府支払いがストップする。それはただでさえ9.2%もの高い失業率にある経済をさらに悪化させる。
シャットダウンのもう1つの悪影響は金融システムに生じる。アメリカ国債の保有者が、国債への信頼を失い、投売りする事態になれば国債価格は大幅に下落する。下落が続けば、保有者にはキャピタル・ロスが生じるから、実質残高効果を通じて消費を減少させる。それに最も信頼が高い国債の評価が下がることになれば、他の債券・株式に悪影響がおよんでいく。
 82日、交渉は決裂寸前で合意 (「予算統制法」 [Budget Control Act of 2011]に達した。これは、(1) 2.4兆ドルデット・シーリングの引き上げ、(2) 2.5兆ドルの支出カット (多くは給付金の削減)(3) 両党6名ずつで構成される「スーパー委員会」(Supercommittee) の設置、を主たる内容とするものである。大統領にとっては致命的敗北といえる合意であり、財政政策の断念はもちろんのこと、富裕層への増税の断念、社会保障費の支出削減を承認するものであった。デット・シーリング問題を乗り切るため、そこまで妥協したのである。
共和党はデット・シーリングを利用して、オバマ政権に揺さぶりをかけた。大統領は2つの選択 - (i) 自らのスタンスを守り、シャットダウン共和党の頑なな姿勢によるものと国民に訴えかける、(ii) シャットダウンは政権への不信を増させると考え、回避する ― に迫られ、結局 (ii) 選択肢するに至ったのである。
その結果、オバマ政権の政策運営は手足を縛られた状態になり、景気対策はもっぱらFedに委ねられることになった。だがそのバーナンキは、金融政策だけでは不十分であり、財政政策が必要である、と訴えていた。だが、現実にはこの合意により逆に緊縮財政られることになり、非常なデフレ圧力が経済にかかることになった。それだけに、不十分な効果しか発揮されてきていないFedの金融政策に一層不況克服圧力がかかることになる。
 この屈服的な合意により、大統領の指導力が大幅減少ることは確実である。3年前、彼を大統領に押し上げるのに大いに貢献した若者達草の根運動はすでに昨年の夏ごろから大きく減退していたが、それに決定的な拍車がかかることになった。
合意直後の85日、S&Pはアメリカ国債の評価をAAAトリプルAからAA+ (ダブルAプラスに一段階下げる発表を行った。それは、ユーロの混乱とあいまって世界中の株式市場大混乱を引き起こした
スーパー委員会の決裂 
向こう10年間に12000億ドルの債務削減が決まっているアメリカで、その方策をめぐり9月からスーパー委員会検討が続けられたが、結局のところ増税問題をめぐり両党間のミゾは埋まらず、議会への提案には至らないということになった(11月下旬)。ただし、このことで膠着状態とかシャットダウンが将来するわけではなく、2013年度から「自動的に」毎年1200億ドル (9兆円)が防衛費、社会保障費から削減されることになる
 つまりは、今後、大幅な財政支出の削減強行されることになり、アメリカ経済に大きなデフレ圧力がかかることになる。この不況期になぜこのような政策を断行する必要があるのかは理解に苦しむが、「ティー・パーティ」の運動が共和党を支配するようになり、「均衡財政」をアメリカの最も重要な政策課題に祭り上げることに成功したからである、ということはいえる。
2.2 地方財政
全米のほとんどの州は財政難にあえいでいる。なかでもネヴァダ、フロリダ、カリフォルニアは突出している。
このような事態に陥った原因として、(i) 好況時に財布の紐を緩めすぎたこと(ii) 不況による税収激減したこと、があげられる。それ以外に、(iii) 銀行からのアドバイスを受け、債券をデリヴァティブ取引発行していたため、メルトダウンの結果、巨額の損失を蒙っている点が注目に値する。
財政再建の方法として多くの州が最初に考えたのは、年金さまざまな方法 - 受給年齢の引き上げ、拠出金の引き上げ現行労働者だけでなく退職者の受給額の削減等 - による削減であった。だがそれだけでは財政危機は回避することは不可能で、中央政府からの交付金がないと、メディケイドの停止・削減、さらには教師、警察官、消防士の大量レイオフをせざるをえない状況に追い込まれる多数の州が現れた。この事態は「緊急州援助法」(State Aid Bill. 20108が成立することで回避された。同法遂行に必要な資金調達のため、フード・スタンプは廃止され、企業の税回避阻止が考えられたものの、この資金は1回かぎりであり、翌年以降の見通しがまるで立っていないのため州政府はこの資金の使い方に苦慮しており、例えば、給与支払いれまでの半額にするといったことも考えられている。
201011月の中間選挙により、州政府の政策には大幅な変更がみられることになった。共和党、多数の知事、ならびに多数の州議会で多数派を獲得したからである。当選した共和党系の州知事による最初の所信表明演説では、「増税はしないで支出を削減することで均衡財政を達成する」という「ティー・パーティ」のスタンスが圧倒的であった。なかでもウィスコンシン州知事 - レーガンを崇拝し、ティー・パーティの支持を勝ち得ている - は超緊縮財政の先陣を切っている。公務員の賃金切り下げ、公務員の大幅なリストラ、社会福祉関連の大幅削減その具体的な施策である。
さらに、ウィスコンシンを筆頭に、インディアナ、オハイオで公務員組合の団体交渉権廃止する提出された。共和党から選出された知事は、労働組合弱体化させることに熱心で、組合員にならなくてもいい権利を認めたり、スト権を禁止する法の成立を望んでいる。
ミネソタ州は20117月、シャットダウン」に見舞われた。知事はその解決策として増税案を提示したが共和党反対にあい、出口のみえない状況が続くことになった。
3.国債の累増 
フローである中央財政をめぐる状況は2.1節に示したとおりである。次に、ストックである国債残高がどのような状況にあるのかを簡単にみておこう。
クリントン政権の最後である2001年には2.3兆ドルの黒字が達成されていたのだが、2011年には10.4兆ドルの債務増となり、結局、この10年間に債務は12.7兆ドル増大した。その内訳は表1に示すとおりである。
 (表1) アメリカの国債残高
原因
      額
・経済不況 
3.6兆ドル (28.3%)
・ブッシュ政権の政策 (2001-2008)
7兆ドル (55%)
・ブッシュ減税 3兆ドル
・アフガニスタン・イラク戦争 1.4兆ドル
・国内・防衛支出 1.7兆ドル
・景気刺激策 2000億ドル [TARPを含む]など
・オバマ政権の政策 (2009-2011)
1.4兆ドル (11%)
ARRA  8000億ドル (6.2%)
・ミドル・クラス減税 [201012] 2500億ドル
・緊急コスト・投資 3500億ドル
注目したいのは、オバマ政権の2009年の財政刺激策がもたらした財政赤字が8000ドルで、わずか6.2%しか占めていない点である。
4. 「アメリカ・ジョブ法」
201198日、オバマは沈黙を破り、総額4470億ドルの「アメリカ・ジョブ法」(American Jobs Act. 以下AJAと略記を両院セッションで提唱した。
このうち2450億ドルは減税 - 給与税減税の延長と拡大 ― である。これ
増税ではなく減税なので、共和党にとり、これに反対することは大きな問題を抱えることになる (大統領もの点を強く認識している)このうち1400億ドルはインフラ投資であるが、これについても長期の支出削減項目の目標を引き上げることで賄う (つまり国債を発行しないと述べている。
 しかい問題はいくつもある。1に、まず議会を通過することはない。大統領はそれを読み込みずみであり、その信を国民に問う戦略に出ることになるであろう。2に、かりに通過できとしても、ほとんどの実施2012年になるとみられ、実施スピードが見込めない。それに規模は予想されていたよりは大きいものの経済迅速回復させるには不足しているとみられている(ただし、ほとんどの民間経済予測は、この政策雇用増大、GDP上昇効果があるとている)。3に、減税が大きな比率を占めており、就労者は給与からの控除額を減らす(もしくは持続させる)とか、経営者が人を雇えば減税の恩恵を受ける、というたぐいのもので、景気回復におよぼす効果かなり割り引く必要ある。
オバマ大統領に就任して28ヶ月経過し彼はいう、「多くの国民が長期失業に苦しんでいる。いまこそ彼らを即時仕事に戻すべきだ」と。では、いままで何をしてきたのかという疑問が生じるし、今回も効果が遅い場合、国民は待ってくれない可能性がある。
その後、AJSは上院で審議されたが可決には至らなかった (1011)。その後AJSはいくつかの法案に分割されて審議されることになった。これまでに3法案が提案され審議されたが、いずれも成立には至っていない。その大きな原因は、民主党側の議員にあっても、AJSに積極的に賛成する気運がみられないという点である。この法案では次の選挙に勝てないという思惑が小さくはないのである。いずれにせよ、AJSがオバマ政権の起死回生策になってはいない。
5財政政策と金融政策の対照的な評価
この20年近くのアメリカの政策的スタンスとして、次の点を指摘することができる。すなわち、金融政策の政府からの独立性、そして景気対策としての金融政策(なかでも誘導金利政策)への信頼性は、グリーンスパン・プットとしてきわめて強固なものになり、他方、財政政策は否定的に捉えられる傾向が強くなっていた、という点である
 金融政策はFRBが独立して行うことにだれも干渉をすることは許されないという仕組み・雰囲気が確立しているのにたいし、財政政策は議会を通じて激しい議論が展開され、絶えず批判・監視の対象にされてきている。金融政策により、FRB資金を無尽蔵にかつだれからの干渉を受けることもなくこっそりと市場に流せるのにたいし、予算審議、とりわけそれが財政赤字をもたらすような項目については議会というガラス張りの場でひどく批判的・論争的な対象として晒されることになる。
 FRB銀行に10億ドル簡単に貸し出せるが、同額を予算として確保しようとすると、多くの手間と努力が必要になる。後者の方法10億ドルを企業に渡し、それで企業何かを買うも、前者の方法で銀行が10億ドルを手にし、それで何かを買うも経済的にはまったく同じ効果ある。政策の評価におけるこの不公平性・対照性にメスを入れる必要があ
政府が悪い、財政赤字が深刻である、という批判は、金融政策にたいする甘い見過ごし、ならびに市場経済のもつ内在的欠陥(需要不足)にたいする見過ごしに立っており、一面性の謗りを免れるものではない。
6むすび
長期失業、住宅ローン破綻に起因する生活苦にあえぐアメリカの大衆が、オバマ政権に批判的まなざしを向ける傾向が高まっているとしても、それは理解できる。メガバンクはすぐに救われた - これはブッシュ政権が行ったことであるが ― のにたいし、雇用政策となると、思ったような効果がているとはいえないからであるの政策がなければもっと悲惨な状態にアメリカ経済は陥っていたという点は指摘しておくべきであるがより根本的問題は市場経済の機能不全(内需が回復しないという点)にあるとみるべきであ。なぜこの状況から脱することができないのであろうか。
 オバマ政権の景気刺激策を評価するには次の事実を知り考える必要がある。むだな支出をして雇用創出に失敗している、といった類の否定的評価がよくなされるが、それ次の事実が看過された批判である
(1) 刺激策の規模が小さく、かつ執行スピードが遅い
(2) 刺激策に雇用創出効果のあることが実証的に認められている (CBOの報告を参照)
(3) 2ラウンドの景気刺激策は挫折しており、2009年後半以降、景気刺激策はとられていない。
 
いまこそケインズ的な財政政策の必要性を主張し、現在の超緊縮財政に異を唱えるという声が少ないというわけではない。一例をあげればクルーグマン、イェレン、W. キーガン、A. ポーゼン、D. アレン、R. ライシュである。だが、政界のみならず国民も、「支出削減、いかなる増税にも反対」というティー・パーティの不毛なイデオロギーに翻弄されてきている。アメリカ経済は、有効な政策手段を打ち出せなくなっている政権と機能不全に陥った市場経済システムを抱え苦悩している。
参考文献
平井俊顕 [2010] オバマ政権の経済政策」『統計』5月号。
平井俊顕「ケインズと「今日性」― 彷徨の資本主義に向かって」(ケインズ学会編『危機の中で<ケインズ>から学ぶ』作品社、2011年所収)
平井俊顕「窮地に立つ先進国経済圏」『公明』20121月号