2013年8月4日日曜日

経済危機のゆくえ - 世界と日本


経済危機のゆくえ - 世界と日本
                                平井俊顕 (上智大学)

1.はじめに
20089月にリーマン・ショックが発生して以降、世界は金融システムの瓦解、多数の企業の倒産、膨大な数の失業という未曾有の混乱と困難に見舞われてきた。この経済危機は、多層化された「証券化商品」の無秩序な発行(これは金融工学的手法のもつ「科学性」で正当化された)と、それに関与する多数の金融機関のモラル破壊的行動組み合わせが、ネオ・リベラリズム的思想に後押しされて ― それに、「厳密な経済理論」を売り物にする「新しい古典派」の権威 (「合理的期待形成仮説」や「効率的市場仮説」はその代表格であるが加わることで ― 行き着いた帰結である。皮肉なことにその結果われわれは未曾有の規模での「市場の不在化現象」、「市場の不透明化現象」に逢着することになった。
アメリカ、EU、中国、日本をはじめ、各国政府は主要金融機関に膨大な公的資金を注入することで金融システムの瓦解を食い止めること、かつゼロ金利に至る超金融緩和策ならびに「非伝統的措置」によりクレジット・クランチを防止すること、に努めてきた。そればかりではない。各国政府は景気対策として財政政策の積極的活用を掲げてきた。主要国がこれらの方針に協調的な行動をとってきたことは、例えば、4月にロンドンで開かれたG20での合意 (金融システムの監視体制の強化、および景気対策としての財政政策の重視に明白である。
リーマン・ショックから13ヶ月を経過したいま、世界は今世紀に入10年目の節目を迎えている。この間、世界経済はそれまでの30年間とは異なる新たな時代への転機を画してきた。切迫した現実が政治家を動かし、社会哲学のあり方、マクロ経済学/経済政策論のあり方に、大きな変革を迫ることになったからである。同期間、グローバリゼーションを牽引してきた「ネオ・リベラリズム」の崩壊、現実を無視して組み立てられた「新しい古典派」の安楽死が生じ、現在、それに代わるニュー・リベラリズムならびに新たなマクロ経済学の模索が目指されようとしている。
 本稿では、この13ヶ月の世界経済と日本経済がたどった道、ならびにこれからたどるであろう道について、思うところを披瀝してみたい。
2.たどった道
アメリカ - リーマン・ショックは、アメリカのメガバンクを一気に倒産の淵に陥れるほどの大きな衝撃であった。ブッシュ政権は、財務長官ポールソンの肝いりで「金融安定化法」を成立させ(当初の目的とは逸脱したかたちで大手9行に2500億ドルの公的資金を注入した。「大きすぎて潰せない」というロジックのもと、金融システムの瓦解防止に全力をあげたのである。だが、ブッシュ政権は、これ以上の施策踏み切ることには消極的であり、大量の不動産物件の差し押さえ大量の失業の発生にたいし積極的手段を講じることはなかった (「バンド・エイド」政策と揶揄される)
 1月に誕生したオバマ政権は、ブッシュ政権とは明確に異なる社会哲学を掲げてこの難局に当たってきたなかでも同政権は2つの法案の成立を重要な目標として設定している。金融規制法および包括的健康保険法がそれである。
金融規制法 - オバマ政権が金融規制法の制定を重視するのは次のような認識による ― これまであまりにも野放図金融の自由化が遂行されてきたことが、政府のあらゆる監督を免れた「シャドウ・バンキング・システム」の極端な肥大化を招来してしまった。このことが今回のメルト・ダウンの主要な原因であり、それを政府の監督下におくことは、資本主義の安定的発展にとり不可欠である。
この発想に基づき、オバマ政権は6月中旬に金融規制法案の概要を発表している。それは「シャドウ・バンキング・システム」の廃止を目指すものであり、銀行、証券会社、保険会社をFRBの監督下におくとともに、証券化商品、金融デリバティブ発行に関する規制を目指すものである。これは1933年のグラス=スティーガル法の現代的再来ともいうべきもので、グラム=リーチ=ブライリー法 (1999) の廃止を意味する (同法は、金融のグローバリゼーションのなかでグラス=スティーガル法を究極的に廃止に追い込んだ)
 現在、金融規制法をめぐっては議会での攻防が続けられてきている。オバマ政権側での、これまでのめぼしい成果としては、10月下旬、下院と財務省主導のもとFRBに、「不良資産の売却やリスクの高い取引の制限、停止を指示できる権限を付与」し、連邦預金保険公社 (FDIC) に「銀行以外の大手金融機関の処理手続き」を促進する権限を付与する旨の決定、さらにデリバティブ規制法案可決をあげることができる。またオバマ政権は、金融界におけるビジネス・エシックスの欠如にたいし批判的であり、公的資金を受けている金融機関にたいするトップのボーナス規制案を策定してきている。10月、資本注入がなされている7社の役員報酬を90%減額することが決定されている。
 しかし、中心たる金融規制法をめぐってはその決着は余談を許さない状況下にある。6月頃からゴールドマン・サックスなどトップ金融機関の業績が著しく改善し、公的資金が返済されており (そして巨額のボーナス支払いが復活している)それとともに金融規制法の制定を阻止しようとする動きが活発化しているからである。1129日、FRB議長バーナンキが、上院ではFRBの規制力を削ごうとする提案が登場しきていること、下院では短期的な政治的影響力から金融政策を防御する条項を廃止することを決定したこと、に深い懸念を表明しているほどである。
包括的な健康保険法 ― オバマ政権が包括的な健康保険法の制定を重視するのは次のような認識による ― アメリカには、健康保険の適用を受けることのできない4000万人にのぼる国民が存在する。彼らにたいし政府主導のセーフティ・ネットを構築することは、アメリカ資本主義の公平な展開と健全な成長にとって必須である。それは自由化の行き過ぎのなかで生じた貧富の格差拡大を是正するうえでも
有意義である。
包括的な「健康保険法」の制定をめぐっても保険業界とのあいだで攻防が続いている。だが11月上旬、医療保険制度改革法案が下院を通過するに至り、大きな前進をみている。それは、「個人の保険加入と、小規模企業をのぞくすべての雇用主に従業員への医療保険提供を義務けるもの」である。これにより、保険の恩恵に属さない国民その享受を受けることになる (あわせて補助金も考慮されている)
上記2点はオバマ政権の最重要の経済政策であるが、もとより同政権は経済の急激な悪化による失業の激増にたいしても積極的に対処してきた。2月に7870億ドルの「景気対策法」を制定し、これまで封印されてきた公共投資を大規模に、そして明確に雇用政策 (および環境政策と位置づけて復活させたこと、さらに中低位所得者層を対象とした減税政策を打ち出したことが、特筆に価する。そして3「バッド・バンク」構想 (「ガイトナー・プラン」を発表している。不良資産を抱え込んでいる金融機関にたいする救援措置である。
  
アメリカ経済の現状はというと、一部巨大メガバンクやニューヨーク株式市場の好調さが喧伝される一方で、実体経済にはかなり深刻な状況の継続が認められる。10月の失業率は10.2パーセントに達しており、住宅ローン破産による差し押さえも増加を続けている。それに見落とされがちであるが、ほとんどの地方銀行はきわめて厳しい経営状況におかれている。こうした状況を受けてオバマ大統領は、「インフラ投資や減税、輸出促進など、雇用、景気拡大のため各種追加策」の実施を表明している。
中国 - 中国はその経済成長を対米輸出に大きく依存していたため、リーマン・ショックにより、アメリカの消費バブルが崩壊することで、急激な輸出の落ち込みに遭遇し、その結果、2000万人にのぼる農民工が失業の憂き目をみることになった。そのため、中国は、経済政策の運営を一歩誤ると、社会的・政治的に大きな混乱が生じる危険をはらんでいた。
大規模な財政政策が打ち出され、社会保障システムに配慮するというスタンスは、じつはアメリカより中国の方が先行していた。中国は、鄧小平のいわゆる「先富論」に基づき推進されてきた「改革開放」政策の結果、長年にわたり驚異的な経済成長を達成してきたが、反面、貧富の格差(企業家・共産党幹部 対 農民)、内陸部における公害問題、社会保障の不在、「一人っ子政策」による男女比率の歪みといった社会不安が広がりをみせていた。そこへ、今回の大不況が到来したため、中国政府は大きな舵取りの変更を迫られたのである。
 3月に開かれた第11期全国人民代表大会で、今後2年間で総額4兆元(約58兆円)の財政出動と5000億元 (7兆円の減税が発表されるとともに、失業保険の拡充、医療改革が提言された。一言でいえば、中国政府はオバマ政権と同じ路線をとっているのである(もちろん、金融機関安定化のための巨額の公的資金の注入も実施されてきている。2兆ドルにのぼる外貨準備高がその武器になっている)。
異なるのは、中国経済のその後の急速な回復である。内需はきわめて好調な状態に転じ、前年比成長率は、第1四半期で6.1%、第2四半期で7.9%となっている。そして今年度のGDP成長率は8パーセントの達成が確実されている。自動車の新車販売台数も、1-10月に前年同期比で377%増の1089万台に達している。中国経済の回復は、大規模な公共投資の実施によるところが大きく、まさに伝統的なケインズ的政策の効果が顕著に現出しているのである。このことは、40年前のわが国の経済発展の状況を髣髴とさせるものがある。発展段階の差が政策効果のこうした相違をもたらしているのである。
EU - EUでは、金融システム崩壊の危機に瀕したさい、メンバー各国は膨大な公的資金注入したりあるいは国有化を断行することで対処したが、これは世界の他の先進国と同様の措置である
EUは米中とは異なる問題を抱えている。金融政策の舵取りは、1999年のユーロ誕生の結果、ヨーロッパ中央銀行 (ECB) に委譲されている。他方、財政政策は各国政府の権限おかれているが、均衡財政を維持すること (予算赤字/GDP比率を3%以下、負債/GDP比率を60%以下に抑えるという協定 [改訂]「財政安定成長協定」(SGP)がメンバー各国に要請されているため、その裁量的実施には大きな制約が課されている。
それでも、未曾有の経済危機に直面したECBは超低金利政策を採用するとともに、「非伝統的措置」 (「信用拡充支援策」も採用してきた。さらに、欧州委員会 (EU Commission) 200811月に「欧州経済復興計画」(EERP) を発表した。これはEUGDP2% の財政政策をメンバー国が採用することを認める内容ものである。悪化する経済状況にあって上記の財政規律を厳格に実施するとなると、経済危機に対処する政策手段がメンバー各国にはなくなるなかでの決断であった。
EU - とくにドイツ、フランスを中心に ― 「シャドウ・バンキング・システム」にたいする規制の必要性を強く主張していたが、その成果が20096月に金融危機を予防する中核としての、「欧州システミックリスク委員会」および欧州監督制度」の創設である。これはアメリカで審議中の金融規制法案に相当するものである 
EUの経済状況も不況が継続している。ユーロ圏全体での失業率20099.4%GDPは前年比4.7%である。民間投資の落ち込みは大きく前年比11.5%、輸出額も同11.5%である。膨大な金融・財政政策の結果、現在の財政赤字/GDP比  5.4%、国債残高/GDP79.1%に達しており、上記SGPの基準を大幅に逸脱している。
EUが抱えているさらなる問題は、メンバー国間のアンバランスである。失業率の場合、オランダが3.3%であるのにたいし、スペインでは18.2%、アイルランドでは11.8%である。
世代的にみると、若者の失業率は、どの国でも上記の数値をはるかに上回っている。さらに外国人居住者の失業率も同様である。
(オランダではFlexibility and Security Act [1999]という注目に値する法が施行されている。経営者側に労働派遣業の利用を認めるとともに、労働者側にセーフティネットを保障しようとするものである)。
このような状況下で懸案であった「リスボン条約」が121発効する。多くの難題を抱えながら、EUは大きな一歩を踏み出すことになった。 
 
 日本 - 先進国のなかで唯一、わが国は金融組織面にあってはリーマン・ショックの影響を受けなかった国であ。「失われた10年」― 昨今、欧米で日本への言及がなされるのはきまってこれである ― を経験し、その建て直しに精一杯であったわが国の金融機関は、アメリカの証券化商品投資を行う「余裕」がなかったからである。だが、実体経済となると、受けた影響の深刻は他国を上回っている。  
2002年以降の日本の経済状況をとらえるうえで、「円キャリー (・トレード重要であろう。ゼロ金利政策下の日本で資金を調達して高金利のアメリカで投資するというヘッジ・ファンドなどによって盛んにとられた行動である。総額1兆ドルが動いたとされる円キャリーは、2つの現象を引き起こした。1つは、アメリカのバブルを助長したという点であり、もう1つは、円安をもたらすことで、輸出の好調(翻って、これはアメリカのバブルによる異常なまでの消費ブームによる)を招来し、緩やかであるとはいえ、昨年まで日本経済を安定的に推移させてきたという点である。
 それがリーマン・ショックによりアメリカのバブルが崩壊し、輸出は激減、日本経済は深刻な不況に陥ってしまった。それに対処すべく、麻生内閣は巨額の財政支出を行ったが、現状ではその効果はあまりがってはいない。輸出の不調は継続しているのに加え、内需はさらなる悪化をみている。消費の不調はリーマン・ショック以前からみられた現象であるが、リーマン・ショック後は一段と悪化を続けている。百貨店・スーパー・コンビニの売り上げは下落のオンパレードである。さらに、夏のボーナスは前年比9.7%減、冬のボーナスはさらに激減(東証1部上場企業の場合、前年比159%減)が確実視されておあり、消費者マインドは冷え切ったままである。こうした状況下で、企業の設備投資が停滞するのは当然であろう。新たな設備を建てても、それが稼動するときに供給過剰を引き起こすだけだからである。GDPギャップが30%といわれる現下、設備投資を拡大する行為に企業が乗り出すことはできない。
7月現在、日本の (完全失業率は5.7% (359万人であるが、実際の失業率は9%に達している。「雇用調整助成金」により潜在的失業者ともいうべき243万人がかろうじて企業内に留まっているからである。
 9月に成立した鳩山内閣は迷走を続けている。今年度の予算額は88兆円であるが、税収は36兆円ほどに留まることが確実視されているから、国債発行額は52兆円に達することになる。こうしたさなか「緊急雇用対策本部」が設置されたが、驚いたことに、その目標は来年3月までに10万人の雇用を創出することにおかれている。しかもそれを介護分野と「農業分野」で実現させるとするものである。とりわけ後者は、専業農家の年収を考えてみれば一目瞭然だが、時代錯誤、経済原理への無理解もはなはだしい。しかも、財務相は雇用対策としての財政出動を考えていないと明 (する有様である。「事業仕分け」はパフォーマンスであり、その効果(予算の削減効果)はほとんどない。
日本経済は、わなに陥ったまま、出口がみつからない状態であがいている。政府の無能・無策、企業家に迫られている苦渋の選択 (日本を出て中国進出することで活路を見出すという方策)、雇用不安・リストラに駆られる国民、就職超氷河期に突入した若者  日本はトンネルのっ只中にいる。
3.今後のゆくえ
 以上、リーマン・ショック以降、経済危機に陥った世界の主要国がいかなる政策をとってきたのか、そしてその成果が、現在どのような状況にあるのかを概観した。次に、これらのことが何をもたらしたのかについて、大局的にみることにしよう。
A.社会哲学・経済学・経済政策の大きな転換
リーマン・ショック以降、世界の主要国はそれまでとは真逆の経済政策をとってきたこと、そしてそれは社会哲学の大きな転換を伴うものであったこと、をまず強調しておきたい。
 いずれの政府も、最初に行ったのは、金融システムを安定化させるため巨額の公的資金の注入であった。それに続き、激増する企業の倒産、失業に対処するため財政政策の実施 (ここにはエコ・カー減税も含まれるに踏みきった。その後も、ゼロ金利にまで到達する超低金利政策に加え、「非伝統的措置」をとることで、超金融緩和政策が断行された。これは革命的とも評すべき変化である。劇的な経済危機に直面し、その迅速な現実処理の必要性が、社会哲学・経済学のあり方を180度変えることになった。
 これまでの30年間は、「ネオ・リベラリズム」ならびに「新しい古典派マクロ」が時代の寵児となり、「ニュー・リベラリズム」ならびに「ケインズ経済学」は、資本主義的発展の足枷であり、誤った素朴な理論であるとして、退けられる風潮が
マスコミ、学界、政界にあって顕著であった。資本主義は、規制を取り払い、個人が自由に行動できること、そしてその行動領域が広ければ広いほど、活力を生み出せる体制なのだ、政府はできるだけ市場に干渉しないほどいいのだ、という思想が、大きな力を得ることになったのである。
 この趨勢によって最も大きく変化したのが、金融のグローバル・レベルでの自由化とそれが招来した巨大な「シャドウ・バンキング・システム」の出現である。この傾向は、世界資本主義システムの脆弱性をしばしばさらけ出してきたにもかかわらず (例えば1997年のアジア金融危機)、政治家・企業家・経済学者・マスコミを含めて、むしろ脆弱性への危惧よりも、そうしたことは簡単に解決できるという安心感・驕りの方が強く、いやましに金融のさらなる自由化が称揚された (この背景には「グリーンスパン・プット」への盲目的な信頼があった)
 リーマン・ショック以降、こうした「ネオ・リベラリズム」ならびに「新しい古典派マクロ」は、危機的状況という事実のもとでその影響力を完璧に喪失してしまった (後塵に取り残されたといってよい。資本主義が安定したシステムとして維持されていくためには、「シャドウ・バンキング・システム」を根絶し、政府による監視システムが必要である、と世界各国政府は考え、その方向での組織改編・整備を進めてきている。また、誘導金利政策以外の政策は不要である、とのそれまでの考えから、いまではGDPの2%ほどの財政政策は経済回復のために不可欠であるいう考えが支配的になっている。加え、「ネオ・リベラリズム」的路線によってもたらされた貧富の拡大現象にたいし、その是正を明示的に打ち出す思想が現出している (この姿勢は米中政府に顕著である)
一言でいえば、これはこれまで激しい攻撃にさらされてきた「ケインズ-ベヴァリッジ体制」の現代的採用である(社会主義路線への変更ではない)。今後、世界はこの方向に沿って進んでいくであろう。ただし、そのゆくえは、それほど単純でもなければ容易でもない。リーマン・ショックによってもたらされた打撃は、現在の資本主義社会に大きな痛手を与えたままであり、そこからまだ抜け出せてはいないからである。社会哲学のみならず、経済学・経済政策についても、新しい時代の課題に応えられるようなものへの変革が、われわれには要請されている。
B.今後のゆくえ
周知のように、現時点で唯一、リーマン・ショックの影響から抜け出て、当初予想していた8%の経済成長率を達成ることが確実視されているのは中国である。これに比し、アメリカ・EU・日本には難題が山積している。
いずれも、金融システムの瓦解という最悪のシナリオからは各国政府の巨額の公的資金の投入により、免れることができている (ただし、アメリカの場合、金融システムは証券市場を含め安定してきているとはいえ、それはウォール・ストリートの一部金融機関の話であり、その下部に属する多くの金融機関にあっては倒産は増大する傾向にある)
 現在、大きな問題となっているのは実体経済の不振であり、その原因は「有効需要の不足」ある。需要は、投資+消費+政府支出+(輸出-輸入)で構成されるが、アメリカ、EU、日本のいずれも、有効需要の不足が目立っている。いずれの国も巨額の財政政策を断行してきているが、消費、投資の停滞は解決していない。そして高い失業率のつづくなか、国民が消費を手控える傾向は顕著である。その消費ですら、各国政府が実施しているエコ・カー減税などの需要喚起策によってかろうじて下支えされている有様である。
この点で、日本は最も深刻な事態にる。日本企業は、そのため中国市場への進出に大きな期待をかけている。だが、日本で生産して輸出するという方法でこの問題解決できるものではないということも、日本企業はいやというほど知らされている。予想以上に、中国企業の技術進歩には目を見張るものがあるからである。したがって、直接投資というかたちでの中国進出がなだれを打って生じるであろうこうした点は、NHKのルポルタージュで取り上げられていた日産自動車、クボタの経営幹部中国企業訪問時にみせた「ありありのショックが象徴的に物語っている。
4.むすび
 1990年代にはIT革命が世界の産業界を席巻し、それまでの重厚長大型からの大転換がはかられたが、同様の規模でのイノベーションが今後起きるであろうか。この関連でいま熱い視線が注がれているのが電気自動車である。自動車産業は今後も資本主義社会の主導的産業であり続けるであろうから、従来のガソリン車から電気自動車への転換は、巨大な産業構造の変革をもたらすことであろう。そし、このことはわが国をはじめ、先進国経済における有効需要の増大に大きく貢献することになると思われる。この戦いは中国をも交えてすでに始まっているが、これが今後、どのような展開をみせていくことになるのか、まったく余談を許さない状況にある。
     世界経済は、金融システムが安定化した後、世界的レベルでの企業間の新たなる競争が中国企業をも交えて展開していくことであろう。そのなかで、日本政府は20年前にも叫ばれた問題 - 「プラザ合意」による急激な円高がもたらすとして恐れられた問題 -、「産業空洞化」現象への対応を迫られることになるであろう。待ったなしである。 
 
参考文献
(本文に登場する統計数値・制度等の出所は、煩雑を避けるため割愛する)
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平井俊顕 [2009],「経済学はいずこへ」『現代思想』8月。
平井俊顕編 [2009],『市場社会論のケンブリッジ的展開』日本経済評論社。
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http://www5.cao.go.jp/keizai1/mitoshi-taisaku.html (日本政府による経済見通し、経済対策関連のファイルが収録されている).