ユーロ危機
1. はじめに
昨年の今頃は、EUはアメリカに対抗しうる巨大経済圏として高く評価されていた。1999年1月、EMU (欧州通貨連盟) が決定した統一通貨ユーロ(完全な切り替えは2002年1月)はドルに対抗しうる国際通貨として、高い評価を受けていた。当初、11カ国で始まったユーロ圏には、加盟を希望する国が相次いだ。それに、その前提となるEUへの加盟を希望する国も後を絶たなかった。
EUは(そしてEMUも)、こうした状況を誇らしげにしてきた。まるで、できるだけ多くの国をメンバーとして受け入れ、大きくなっていくことが、世界経済(そして政治)の場での発言力の拡大につながるかのように、突き進んできた。
EUは、設立当初、欧州石炭鉄鋼共同体に象徴されるように、経済共同体を目指す組織であった。しかし、1992年に締結されたマーストリヒト条約が示すように、EUはその後、通貨統合、共通外交安全保障政策、さらには司法・内務協力をも包摂する組織を志向するようになっていった。こうした経済を超えた拡張路線はさておくとしても、統一通貨ユーロ採択への危惧が唱えられなかったわけではない。だが、ユーロ採択後のユーロ圏経済の飛躍的な成長のもと、そこに潜む危険性・脆弱性は忘れられて、昨年までが経過したのである。
ユーロの採択がもたらした危険性・脆弱性を現実のものにしたのは、2008年9月に発生したリーマン・ショックである。後述するが、ユーロ圏(もしくはEU内部)で、ユーロであるがゆえに生じていた危険性・脆弱性が、リーマン・ショックの衝撃波を受け、タイム・ラグを伴いつつ、昨秋のギリシア財政危機として現出することになった。そして本年の5月になると、問題はユーロ危機という深刻な事態へと展開するに至ったのである。急転直下、ユーロは輝ける星から、存続可能かという問題設定で、現在、捉えられるようになっている。
本稿では、現在生じているこのユーロ危機を取り上げる。最初にそこに至る経緯を、続いてそれにたいしてどのような対策が講じられたのか、を説明する。そのうえで、ユーロ圏が抱える今後の問題をみることにしよう。
本稿では、現在生じているこのユーロ危機を取り上げる。最初にそこに至る経緯を、続いてそれにたいしてどのような対策が講じられたのか、を説明する。そのうえで、ユーロ圏が抱える今後の問題をみることにしよう。
2. 経緯
2-1 ユーロがEU体制にもたらした脆弱性
現在のユーロ危機を現実のものにした事件として、先ほどリーマン・ショックをあげた。しかし、それは1つの引き金であって、実際の根本的問題はユーロ圏内部で、そしてユーロを採用したがゆえに生じていた。
ユーロという統一通貨を採用したことで、ユーロ圏のいくつか(スペイン、ポルトガル、ギリシア、アイルランドなど)およびEU国のいくつか(ラトビア、リトアニア、エストニア、ハンガリーなど)で、実質金利 [=利子率 – インフレ率]がマイナスとなり、資金を借りるだけで儲けが生まれる土壌が発生した。そしてその資金は、典型的には不動産市場に注がれることになり、経済のバブル化が加速度的に進行することになった。
1990年代に入ったEU経済のパフォーマンスは、よかったわけではない。むしろ停滞していたというべきである。ところがユーロの誕生によって、ユーロ圏の金融政策はECB(ヨーロッパ中央銀行)によって担われることになった。ECBはドイツの金融政策の方針を継承しており、インフレの抑制を唯一絶対の責務としていたが、初期のECBの利子率は低く、ユーロ圏に入った国のなかには、それまで高率の利子率、高率のインフレ率を経験していたから、ユーロの採用によって、上記の国のように、実質利子率が一挙にマイナスになる国が現れた。このため、資金を借り入れることが非常に有利となる状況が現出したのである。
これらのユーロ建て貸付は、各国政府の場合は国債、民間企業や個人の場合は債券やローンとしてなされた。この貸付の先頭に立ったのは、ドイツ、フランスなどの大銀行(そこにイギリスの銀行も加わる)であった(図1を参照)。つまり、ユーロ圏内のいくつかの国、ならびにEU圏内のいくつかの国にあって生じた景気の拡大、そしてバブル経済への突入に当たり、その先陣を切っていたのはEU有力国の大銀行である。
さらに問題なのは、ドイツ、フランスは自国の銀行がこうした貸付行動に走るのをなすがままに許したこと、そしてPI[I]GS (ポルトガル、アイルランド、イタリア、ギリシア、スペイン)の諸政府がルーズな財政政策をとっていることにたいし、知って知らぬふりをしていたということである。
そればかりではない。マーストリヒト条約で決めた「安定・成長協定」(財政赤字/ GDP比を3%以下、国債残高/GDPを60%以下にするというルール」)を率先して破ったのは、他ならぬこれらドイツ、フランスなどであったという事実がある。現在、これらの国はそうした過去の自らの行為に目をつぶり、PI[I]GSなどの不行跡を責める感がある。
1992年のユーロの誕生は、ユーロ圏 ― そしてEU圏 - に、上記のような状況を引き起こしていた。これが、リーマン・ショックの衝撃波で、若干のタイム・ラグを経て破壊的影響力を及ぼすことになったのである。
図1 ギリシア、アイルランド、ポルトガル、スペインの
債務残高にたいする外国[金融機関]の保有高
(出所:BIS統計)
2-2. ギリシア財政危機からユーロ危機へ
ギリシアの財政危機は昨年の秋、新政権により、前政権の国民所得統計の改ざんにより、「3%・60%ルール」がまったく守られておらず、非常に低い数値にされていたことが表明されるあたりから、始まっている(それに加え、ギリシアをユーロ圏に加入させるため、ゴールドマンサックスからの提案で、「3%・60%ルール」に収まるようにみせかける為替スワップ操作が行われていたことも明らかになった)。以降、ギリシアは、満期を迎えた国債の償還にはたして応じることができるのかという疑念が、飛び交うようになる。
ユーロ圏首脳はこの間、この問題に対処すべく会議を開き検討を続けた。だが、「会議は踊る、されど決まらず」状態が続いた。その大きな原因は、中心国ドイツにあった。何よりもドイツ国民のギリシア支援に反対する声が非常に強く、2010年の5月に重要な地方選挙を控えていたメルケル政権は、そのため動こうとしなかったのである。
そうこうするうちに、2008年9月に発生したリーマン・ショックは、EU経済にボディ・ブローのように効いてくることになる。ユーロの導入以降、上述のような理由で、不動産市場を中心に経済のバブル化が進展していたPIIGSを襲うことになったのである。これらの国は金融政策および為替政策をECBに委ねてしまっており、襲いかかる経済不況に対処するために残されているのは財政政策だけであった。その結果、巨額の財政赤字をメンバー国は抱えることになったのである。
EU首脳がギリシア問題への対処に手をこまねいているうちに、2010年4月になると、格付け機関S&Pがギリシア国債の信用格付けをジャンク・レベルに引き下げるという事態が発生した。この結果、ギリシア政府は国債を市場から調達することは不可能になった。そのうえ、上記のような事態が進行していたため、ポルトガル、スペインの国債の格付けも引き下げられるに至った。これらの事態は、ヘッジ・ファンドなどによるユーロ、ならびにユーロ建て国債を売り浴びせる投機を誘発させることになった(後述の「裸のCDS取引」、「裸の空売り取引」はその代表格である)。ここに至って、ギリシア危機はPIIGS危機の様相をみせるに至り、一気に問題はユーロ危機へと展開するに至った。
3. 打たれた手
こうした緊迫した状況に追い込まれたユーロ首脳は、それまでとは一転、きわめて迅速で積極的な行動に打って出た。以下、それらをみていくことにしよう。
3.1 ギリシアの救援
5月1日、ユーロ圏15カ国およびIMFは、ギリシアにたいし、3年間で総額1100億ユーロの貸付けを行うことに合意した。メンバー国の貸付け額が800億ユーロ、IMFの貸付け額が300億ユーロで、貸付利子は5%である(ただし、この貸付けは、ギリシアが約束した超緊縮財政を守り続けるという条件付きでなされており、それが破られた場合、打ち切られることになっている)。すでに第1回目の貸付けは実行されており、5月19日、ギリシアはその85億ユーロを用いて、満期を迎えた国債を償還している。
5月1日、ユーロ圏15カ国およびIMFは、ギリシアにたいし、3年間で総額1100億ユーロの貸付けを行うことに合意した。メンバー国の貸付け額が800億ユーロ、IMFの貸付け額が300億ユーロで、貸付利子は5%である(ただし、この貸付けは、ギリシアが約束した超緊縮財政を守り続けるという条件付きでなされており、それが破られた場合、打ち切られることになっている)。すでに第1回目の貸付けは実行されており、5月19日、ギリシアはその85億ユーロを用いて、満期を迎えた国債を償還している。
3.2 「安定化基金」の創設
ユーロ・メンバー国にはギリシアと同様の財政問題を抱えている国がいくつもある(PII[G]S)。そこでこれらの国がデフォルトに陥らないようにし、ユーロを安定化させる目的で、EUはIMFとともに、総額7500億ユーロの基金を創設することに同意した (以下、「安定化基金」と呼ぶ)。その内訳は、EU保証の債券で600億ユーロ、ユーロ・メンバー国の保証を付けた基金で4400億ユーロ、IMFからの出資で2500億ユーロとなっている。
ユーロ・メンバー国にはギリシアと同様の財政問題を抱えている国がいくつもある(PII[G]S)。そこでこれらの国がデフォルトに陥らないようにし、ユーロを安定化させる目的で、EUはIMFとともに、総額7500億ユーロの基金を創設することに同意した (以下、「安定化基金」と呼ぶ)。その内訳は、EU保証の債券で600億ユーロ、ユーロ・メンバー国の保証を付けた基金で4400億ユーロ、IMFからの出資で2500億ユーロとなっている。
安定化基金は、ユーロ危機をもたらすような事態の発生時にのみ用いられる。そしてこれは、融資を受ける国が財政規律を遵守する、そして遵守の状況を定期的にチェックし、守られていない場合、融資を打ち切る、という条件で貸し出される。安定化基金は組織的にはSPV(特別目的会社)の形態をとることになる。
安定化基金が今後どのようなかたちで運営されていくのかはこれからのことである。当面は、EUがいざという場合には背後に控えているという存在感を示すことで、投資家に安心感を与える(不安感を払拭する)のが狙いであり、効果であろう。
安定化基金が今後どのようなかたちで運営されていくのかはこれからのことである。当面は、EUがいざという場合には背後に控えているという存在感を示すことで、投資家に安心感を与える(不安感を払拭する)のが狙いであり、効果であろう。
3.3 ECBの行動
ECBはドイツの金融界の伝統を継承し、その役割を専ら誘導金利政策によるインフレのコントロールにおいてきたが、今回のユーロ危機に対処するため、大きくそこからはみ出すことになった。ECBは、国債の購入に乗り出すこと、すなわち公開市場操作を行うことを決定している。不良化しそうな国債の購入により、価格を上げ、利子率を下げる政策である。ECBはこれを一時的なものとしているが、そうはいかない可能性が大である。
3.4「安定・成長協定」の厳格化
ユーロ・システムは財政の統合は行っておらず、ユーロ圏全体の安定的な成長を維持するため、「安定・成長協定」を結んでいる。繰り返すと、財政赤字/ GDP比を3%以下、国債残高/GDPを60%以下にすることを主たる内容とするものである。
ユーロ・システムは財政の統合は行っておらず、ユーロ圏全体の安定的な成長を維持するため、「安定・成長協定」を結んでいる。繰り返すと、財政赤字/ GDP比を3%以下、国債残高/GDPを60%以下にすることを主たる内容とするものである。
だが、罰則規定はあっても実際に適用されたことはこれまで一度もない。記述のように、「安定・成長協定」は破られる傾向にあったのであるが、現在のような経済危機が続くなかでは、この協定を守ることは不可能であり、事実、守れている国はない、といってよい(表1を参照)。
表1 破られた「安定・成長協定」(単位は%)
政府赤字/GDP (2009年)(3%以内)
アイルランド 14.3 ギリシア 13.6 スペイン 11.2 ポルトガル 9.4
フランス 7.5 [ドイツ 3%以下](イギリス 11.5)
国債残高/GDP (2009年末)(60%以内)
イタリア 115.8 ギリシア 115.1 フランス 77.6 ポルトガル 76.8
イタリア 115.8 ギリシア 115.1 フランス 77.6 ポルトガル 76.8
ドイツ 73.2 (イギリス 68.1)
(出所)EUROSTAT ( [ ]をのぞく)。
しかし、いま直面しているユーロ危機にあっては、「安定・成長協定」を守るようにしないかぎり、ユーロ・システムを維持することは不可能であるという危機意識が、EU指導国のあいだでは強く働いている。ユーロ防衛のためには「安定・成長協定」を遵守することが至上命題との考えのもと、それを守れないメンバー国にはさまざまの罰則を課すようにする、という動きである。
3.5 ドイツ政府の活動
あれほど逡巡していたドイツ政府がとった行動は、上記にとどまらない。(今月、難航の末、成立した)アメリカの金融規制改革法案に盛り込まれているような条項をユーロでも推進していく必要のあることを強く訴えるようになっている。以下、この点について記していく。
3.5.1 投機家との対決姿勢
第1に、「投機家」との対決姿勢を明確にしている。ドイツは単独でこのことに踏み込むことになり、5月19日「裸のCDS」取引の禁止を実行に移した。
「裸のCDS」は投機というよりも「ばくち」行為である。ユーロ・メンバー国の国債や為替をこれらの手法を用いて売り浴びせることで、国債価格を暴落させることをねらいとしている。メルケルが行ったのは、ヘッジ・ファンドなどによるこうした「ばくち」行為を禁止することでユーロを防衛しようとするものである。
裸のCDS - 通常のCDS (クレジット・デフォルト・スワップ) は、ある債券がデフォルトしたとき、その元本を保証してくれる保険である。債権(クレジット)がデフォルトしたとき、代わりに(スワップ)、元本を支払ってくれる契約である。
だが、裸のCDSの場合、債券がそもそも存在しない -だから裸― 状態での取引であり、保険ではなく、投機である。いまX社が社債Aを発行しているとする。このとき、ある証券会社がこれをもとに、次のような募集をしたとする。
「社債Aがデフォルトしたらあなたにその元本を支払います。その代わり、掛け金をお支払いいただきます。」
これにある人Yが応募した場合、これが裸のCDSである。Yは社債Aを購入していない。つまり、社債Aをネタに賭け事をするというのが裸のCDSである(この場合、この人はX社が倒産すると濡れ手に粟で大金がころがりこんでくることになる)。
「社債Aがデフォルトしたらあなたにその元本を支払います。その代わり、掛け金をお支払いいただきます。」
これにある人Yが応募した場合、これが裸のCDSである。Yは社債Aを購入していない。つまり、社債Aをネタに賭け事をするというのが裸のCDSである(この場合、この人はX社が倒産すると濡れ手に粟で大金がころがりこんでくることになる)。
3.5.2 「新しい安定文化」
第2に、メルケル首相およびショイブル財相 は、次のような内容のユーロ防衛策を提案した。
(i) メンバー国の予算案への監視の強化
(ii) 財政規律の違反国にたいする厳しい罰則の導入 - EC(欧州理事会)での投票権の停止、国の破産手続きに関する規定
これは、その前に、EU財相会議で同意されたヘッジ・ファンドの規制強化、トレーディング戦略の情報告知、金融取引税 [一種のトービン税] の導入に続くものである。さらに格付け機関の見直し(EU内での創設を含む)も検討課題とされている。
メルケルの次のような一連の発言は、上記のようなドイツの試みを裏付ける決意の表明である。
「ユーロが倒れるとヨーロッパが倒れる。ユーロが危機である。もしわれわれがこの危険を避けることができないなら、そのときヨーロッパの帰結は計り知れないし、そのときにはヨーロッパを超えての帰結も計り知れないものがある」。
4. 不安な今後 ― 出口のみえないトンネル
以上のように、EMU首脳はユーロ危機に直面して矢継ぎ早に対策を打ち出した。そのなかには今後の制度的枠組みも含まれている。しかし、ユーロ圏の今後は非常に不安定であって、これで問題が解決できるわけではない。このことをみていこう。
これまでに合意されたのは、ギリシア救済、ならびに「安定化基金」の創設である。さらには「安定・成長協定」遵守の厳格化への動きがみられる。それにドイツの場合、投機行為にたいする禁止的政策(その後、メルケル首相=サルコジ大統領による共同書簡を経て、現在、EU全体で取り組む問題になっている)が続く。
だがこれらはいずれも、金融システムを健全化させるための予防的性格のものであって、EUの実体経済を立て直すことに関しては、何の対策も講じられてはいない。ユーロ・システムの防衛のみが問題視されているが、実体経済の窮状を解決することなくしては、ユーロ問題の根本的な解決は望めないのである。
ユーロ圏のメンバー国は16カ国である。その多くが不況に苦しんでいる(表2を参照)。現在大きな財政的・経済的問題を抱えて苦しんでいるのは、PIIGSである。ポルトガルやギリシアの場合、これといった産業がない。一時、ドイツ、フランスから安い労働力を求めて多くの工場が建てられたが、それらはすでにもっと賃金の安い新しいメンバー国に移動してしまっており、経済の発展はおろか回復のメドすら立っていない(スペインやアイルランドは不動産バブルの崩壊で、ひどい状況におかれている)。
ドイツは最大の経済大国であるが、依然として輸出主導型であるうえに貯蓄志向が強い。このことが他のユーロ・メンバー国の輸出への道を閉ざし、需要の拡大を停滞させ、経済の停滞に輪をかけている(メンバー国は為替レートの調整で事態を改善することができない)。
表2 2010年4月 失業率(%)
ユーロ圏全体 10.1
ドイツ 7.1 イタリア 8.9
フランス 10.1 ポルトガル 10.8 アイルランド 13.2
スペイン 19.7 EU圏全体 9.7
(出所)EUROSTAT
こうしたユーロ内部における経済のファンダメンタルズに目をつぶり、超緊縮財政を守れ、守れないと金は貸さない、といってみても、ない袖は振れない。困窮した国は、「やれるものならやってみろ、お前らも破産するぞ」と開き直るかもしれない。
ユーロ・メンバーは金融政策、外為政策をECBに譲り、そしていま不況に対処する唯一の方策である財政政策にも大きな足かせがはめられている。メンバー国には景気対策の手段がまるでないのである。そして、規律が守れないならもう貸さないと締め付けられる。こうした屈辱にこれらのメンバー国の国民は、はたしてどこまで耐えられるのであろうか(メンバー国だけではない。つい最近、ハンガリー政府とEU=IMFとの借款交渉が、財政規律問題をめぐり対立が生じ、暗礁に乗り上げるという事態が発生した。同様の問題を抱える他の非ユーロ圏のEUメンバー国にも波及しかねない危うい問題である)。
財政の悪化は、「ふしだらな」使い方にすべての責任を押し付けられる性質の問題ではない。国債の発行は内需の拡大に貢献しているのである。もし国債の発行がなければ、内需の減少はもっとひどいことになっていたであろう。財政の建て直しが金科玉条のように述べられる傾向がみられるが、財政再建は超緊縮財政的努力で解決できるものではない。経済活動自体の復活がみられないかぎり難しい問題である。
現在、メンバー国(そうではないイギリスも含め)では、超緊縮財政の大合唱状態である。だからEU経済には一層厳しいデフレが控えている。緊縮にすれば家計ならば改善されるが、国は異なる。マンデビルの、厳格な蜂社会では社会はさびれる一方になる。
次のような根本的問題はないであろうか。成熟期に入った資本主義システムにあっては、内需を十分に喚起できない傾向がみられる、という点である。内需が十分に喚起できないから政府による支出に頼らざるをえない。しかし政府に頼っても、市場経済の自律的回復をもたらすまでには至らない。先進国経済がこうした循環的特性を有するようになっていることを忘れて、赤字財政のみを問題視しても問題は解決しない(それに金融政策についてはだれも文句や批判の眼を向けようとはしていないという奇妙な非対称性がみられる)。
5. むすび
今後ユーロ圏はどうなるのであろうか。本稿でみてきたように、EUの抱える問題はかなり深く、ながいトンネルに突入した感じである。メンバー国に景気回復の道がみえないまま、いま叫ばれているのは財政規律の厳格化である。
これまで、共同体精神でメンバー国の文化・民族の多様性を尊重しながら前進していくという精神が、ユーロ危機に直面して薄れ、いまはとげとげしい雰囲気が充満しつつある。「ヨーロッパは1つではない、多様な文化を有し、民族は多様である、統合などはどだい無理な話である」。こういう論調がネット上にも充満している。
ユーロは存続できるのか、それとも分裂するのか、これをめぐって、激しい論争が巻き起こっている。
参考文献
Feldstein, M., “A Predictable Crisis: Europe’s Single Currency Was Bound to Break Down”, Weekly Standard, Vol.15, No.37, June 14, 2010.
Tarpley, W.B., “Euro Momentarily Stabilized: German Ban on Naked Credit Default Swaps Is Working” , His Website,May 21, 2010.
“No More Naked - Germany and France Call for an EU Ban on Financial Speculation”, Spiegel Online, June 9, 2010.
“The Future of Europe: Starting into the Abyss”, Economist, July 8, 2010.
“Ratings Agencies Threaten Hungary with Downgrade”, Reuters,
July 23,2010