オバマ政権の経済政策をみる
2009年1月に就任したオバマ大統領のこれまでの経済政策を総合的にみれば、次のようになる。
大統領が最重要視した国内制度改革は、包括的な健康保険法、および金融規制改革法の制定であった。2010年の1月頃、いずれの成立も絶望視されるような事態に陥っていたが、大統領はその逆境を、自ら立てた戦略ならびに時運も味方につけ、3月に包括的健康保険法、7月に金融規制改革法の成立にみごとに成功した。
大統領は、3000万人を超える無保険者という大衆のおかれている惨状を是正すべく、健康保険法の制定に尽力した。大統領はまた、今回のメルトダウンの根本的原因を金融の野放図な自由化 (SBSの肥大化) に求め、そのコントロールを目指した金融規制改革法案の成立に奔走した。いずれも資本主義システムを立て直すうえで、アメリカ政策史上画期的な制度改革として高く評価されるものである。
これら2法案は平井 [2010]で詳しく論じた1)。ここでは、リーマン・ショック以降、急激な落ち込みをみせたアメリカ経済を立て直すべく、オバマ政権がどのような財政・金融政策を採用してきたのかに焦点を合わせたい。
1. 財政政策
1.1 「アメリカ復興・再投資法」の成立
大統領は、2009年2月17日に「アメリカ復興・再投資法」2 (American Recovery and Reinvestment Act. 総額7870億ドル。以下、ARRAと略記) を成立させた。リーマン・ショック以降、急激な落ち込みをみせていたアメリカ経済を復興させるために新大統領が打ち出した重要な政策である。
その目的は次のように謳われている。
(1) 雇用の維持・創出ならびに経済回復の促進
(2) 不況により最も影響を受けた人々の援助
(3) 科学・健康の技術進歩を促進することで経済的効率性を増大させるのに必要な投資
(4) 長期の経済的便益を提供する交通、環境保護、およびその他のインフラへの投資
(5) 本質的に重要なサービスの削減や増税を最小限にするべく、州および地方政府予算の安定化
項目別にみると、次のとおりである。
(a) 減税 2880億ドル (36.6%)
(b) 州および地方救済 1440億ドル (18.3%)
(州への援助の90%以上はメディケイドと教育に回る)
(c) インフラおよび科学 1110億ドル (14.1%)
(d) 弱者救済 810億ドル (10.3%) (失業給付金の延長、その他の社会福祉給付)
(e) 健康ケア 590億ドル (7.5%)
(f) 教育・訓練 530億ドル (6.7%)
(g) エネルギー 430億ドル (5.5%)
(h) その他 80億ドル (1%)
計 7870億ドル
ARRAの大きな特徴として、これまで景気対策として封印されてきたフィスカル・ポリシーが、大規模に、そして明確に雇用政策 (インフラの整備や環境政策と関連付けられて) と位置づけられて復活したことである。この点はアメリカの現在の経済政策における大きな変化であった。
だが、上記の構成比をみてすぐに分かることだが、純粋の公共投資は、インフラおよびエネルギー3に関連する箇所だけであり、多めに見積もっても20%に、という点である。ARRAの中心は、減税と州・地方救済である(合わせて55%)。残りも救済・健康・教育的項目である。
2009年4月2日にロンドンで開かれたG20による金融サミットでは、景気対策としての財政政策が重視され、その総額を2010年末までに5兆ドル(約500兆円)にすることに合意がみられた4。
こうした財政政策を重視するという視点がいかに大きな変化であったのかを認識する必要がある。というのは、近年にあっては、経済学者、経済政策当局者のあいだでは景気の調整は金利政策(特にFF金利の誘導政策)で十分との見解が圧倒的であり、財政政策を唱道する経済学者はいなかったからである。フェルドスタインの次の言をみられたい。
この最近の不況まで、経済学者はこういうのが常であった - 私もその1人であったが - 財政政策は長期を目的とすべきである。われわれは税インセンティブをきちんとしなければならない。われわれは貨幣を費やす必要のあることに貨幣を使わなければならないが、経済を安定化させようとして税や支出の変動を用いるべきではない。それは連邦準備局の、貨幣政策の仕事である、と。
1.2 ARRAの実施状況
以上、概要を述べた空前のスケールのARRAは、いかに実施されたのであろうか。結論を先取りすると、意外なことに実施のスピードは非常に遅い。いくつかの事例をみていこう。
2009年9月30日の時点で、高速道路建設の予算275億ドルのうち、わずか9%しか使われていなかった。また同時点でのCBOの推定では、交通・住宅・都市開発のための予算390億ドルのうち、わずか17億ドルが2010年の10月までに使われる、とのことである。
共和党のある議員が述べた次の疑問は、傾聴に値する。
多くの資金がワシントンからいまだ外に出さえしていない。もしARRAが仕事の創出を意図するものならば、なぜまだここに留まっているのだろうか?
1つの理由として、業者の請求はプロセスの終わりに来る、という点が政府サイドからは出されている。
公共投資関連では、次のような話もある。議会は、2009年9月に期限の切れた「高速道路およびトランジット法」(Highway and Transit Act)に代わるインフラ整備 (6年間で4500億ドル) についての審議を延期している。
このように、ARRAは実行スピードを著しく欠いている (オバマ政権の2009年の財政刺激策がもたらした財政赤字は0.7兆ドルであり、2002年から現在に至るまでに積み上げられた財政赤字11.7兆ドルのわずか0.6%しか占めていない)。
CBOは、ARRAのおかげで2009年度第3四半期に雇用は60万人 - 160万人増大すると推定していたが、この間、失業率は9.5%、失業者数は1600万人であったから、政策的効果はどうみても限定的であった。効果が限定的であったもう1つの理由として、ARRAは租税還付を多く含んでおり、それらが貯蓄や、負債の返済に使われることで、経済の活性化に寄与しなかった点が、指摘されている。
共和党は、オバマのARRAが税の無駄遣いをしているというキャンペーンを展開している。だが、それは事実とは大きく食い違う。現在の財政赤字の累積は、それによって生じているのではない。ブッシュ減税、イラク戦争、不況の方が大きく寄与している。そのうえ、ARRAは予定通り執行されていないという機構上の不備がある。
1.3 雇用法をめぐる混乱
こうした事態を打開すべく、下院では、2009年6月12日に、「雇用法」(Jobs for Main Street Act. 以降、JMSAと略記)が提出されていた。これは、長期におよぶ審議の末、12月16日、1540億ドルの規模で下院を通過した。JMSAは、高速道路やトランジットへの投資、学校の修復、教師の雇用、警察・消防、小企業、職業訓練、手ごろな (affordable) 住宅などへの総額750億ドルを中核に据えており、その他、州への援助、失業給付の延長が含まれていた。その資金はTARPから賄われることになっていた。
失業率は依然として高く、雇用の改善が大統領の最優先課題であった。雇用法をめぐり上院での審議が開始されるにあたり、2010年2月9日、会見で次のように発言している。
私は、例えば、市民の10人に1人が働くことができないとき、われわれ
私は、例えば、市民の10人に1人が働くことができないとき、われわれ
はビジネスがより多くの仕事をつくるのを助けるべきであると確信している。われわれは、中小企業に追加的な税還付や多くの必要な貸付ラインを提供することに同意すべきである。われわれは、崩れた道路や橋に投資をし、家屋をよりエネルギー効率のよいものにするための税控除に同意すべきである。これらのすべては、より多くのアメリカ人を職につかせることであろう。私が提案した仕事をめぐる案の多くは下院を通過しており、まもなく上院で審議されようとしている。私たちは、この会合で、ジョブ・パッケージ、ならびにいかにしてこれを前進できるのかの討議に多くの時間を割いた。
そして、上院でも雇用法をめぐる審議が開始されたが、下院とは非常に異なるコースを辿ることになった。
2010年2月11日、上院で850億ドルの「雇用法」が提案された。これは超党派的な支持を得ており、ホワイトハウスはただちにこれに賛成を表明した。
ところが、民主党上院の指導者リードは、なぜか、同案は雇用創出の効果はないとして、それに代わり、より「ジョブ・アジェンダ」を対象とする一連の法案 (新しく雇用する企業への給与税免除を主とし、総額は150億ドルに縮小) を提示するに留めた。民主党内には、雇用法にあった重要項目が欠落しているとの懸念が広がったものの、結局のところ、このリード案が2月25日に可決されるに至った。
リード案にたいし、下院は、一部修正したうえで (運輸省が失業対策事業として実施している41カ所の高速道路建設プロジェクトの年末までの延長を盛り込むなど)、3月4日に可決している。上院は3月17日、この下院案を可決した。
その後の経緯をみよう。2010年5月に民主党指導部は2000億ドルの景気刺激策を打ち出した。これは下院では1240億ドルに削減されて通過した。6月に上院では1400億ドルの案が提示されたが、奏効せず行き詰まってしまった。かくして第2弾の景気刺激策は失敗に帰した。今後、この種の試みが成功する見込みはほぼないであろう。
9月上旬、オバマ大統領は、減税とインフラ投資を中心とする新たな景気刺策
案を発表した。上記の経緯からも明らかだが、これが議会を通過する可能性は
かぎりなくゼロであり、中間選挙を前にした政治的アドバルーンである。
内容は次のとおりである。
(1) ブッシュ減税の延長は、最富裕層をのぞいて実行
(2) インフラ投資およびインフラ銀行の創設
(3) 企業の資本投資の償却促進
(4) R&Dへの税控除
(1) ブッシュ減税の延長は、最富裕層をのぞいて実行
(2) インフラ投資およびインフラ銀行の創設
(3) 企業の資本投資の償却促進
(4) R&Dへの税控除
ブッシュ減税は「経済成長と租税救済リコンシリエーション法」(2001年) および「職と成長租税救済リコンシリエーション法」(2003年)で構成されている。前者は富裕層の所得税減税であり、後者は配当とキャピタル・ゲインの減税である。両法は2010年末に切れるが、これを延長するかいなかが政治問題となりつつあった。オバマ政権は富裕層への優遇を廃止し、大衆への減税を延長する見解を7月に表明していたが、今回はその明記である。
11月の中間選挙では予想どおり、オバマ政権・民主党側の惨敗であり、共和党(特にティー・パーティ)の大勝であった。下院の多数党となり、上院でもかなりの肉薄をみせることになった。以降、12月末まではレイム・ダック議会であったが、最大の懸案事項は2つあった。1つは11月末に期限の切れる失業給付の延長である。これがなくなると200万人に影響が出る。1つは、ブッシュ減税の更新問題である。大統領原案はミドル・クラスまでは認め、富裕層には認めないというものであるが、共和党はすべてに、かつ恒久的に認めるというものであった。
この2つの、同じテーブル上での交渉が大統領と共和党のあいだでなされ、妥協が成立した。これは大きくは2つで構成されている。第1は、ブッシュ減税を現状のままでの2年間の延長、および遺産税の、共和党の満足するかたちでの継続 (500万ドルまでは免除、それ以上には35%の税率)、というものである(児童手当、教育、および低所得者への税控除も延長された)。第2は、短期的な財政政策であり、労働者の給与税の年間2パーセントの削減、企業設備の加速減価償却の奨励、および緊急失業保険給付の13ヶ月間の延長を骨子とするものである。
この妥協は、財政赤字問題は棚上げして、政権側と共和党側が望んでいることをとりあえず実現させようとするものであった。この妥協がなく、例えばブッシュ減税が時効切れになり、失業保険の延長もなかったとすれば、アメリカ経済に与えるデフレ効果は相当なものになったことであろう。
1.4景気刺激よりも緊縮財政への動き
以上の経緯からも分かるように、オバマ大統領の財政政策 (景気対策)は、非常に不満足・不十分なものに終わってしまっている。2009年2月のARRAの壮大なスケールと裏腹の、極端に遅い実施速度、そしてその差を埋めようとするJMSAも失敗に帰し、2010年3月に150億ドル足らずのリード案で終焉を迎えたのである。
そうしているうちに、政策をめぐる風向きに大きな変化が生じてきた。1つは、ギリシアの国債問題に端を発したユーロ危機が、EU諸国をユーロ防衛のために一斉に超緊縮財政に走らせたこと、もう1つはアメリカ自体の国債発行残高の増大懸念が議員のあいだに強まったこと、である。この警戒心は、共和党はもちろん、民主党のなかでも強くなったのである。そのため、景気刺激策をとること自体非常に難しい情勢になっている5。1年前とは財政政策をめぐる世界の状況、アメリカの状況は大きく変わっている。
CBOの最新の報告によれば、景気刺激策 (Stimulus) がなかった場合に比べ、2010年第2四半期の正規雇用は200-480万人増加している。しかし、現在の政治状況では、(強硬な均衡予算論者である)共和党員の反対は当然として、中道の民主党員も不安感を抱いており、大統領が望むような景気刺激策の実現は不可能になっている。そのため、民主党自身、雇用創出計画を提案するときには、増税や他の支出削減を抱き合わせるかたちで妥協をみせる動きになっている。
オバマ政権自体は財政政策の必要性を強調しているが、母体の民主党の大勢が慎重論になるなかでは、いかんともしがたいものがある。オバマ政権が、仕事を創出するために、低コストの方策(輸出産業の刺激、家の持ち主によるエネルギー効率の改善への補助金、教師や警察官のリストラの防止、さらには高速道路への投資 [ただし新たな税に頼らない])を模索していたのも、そのためである。
長期失業者への失業給付金の延長提案が議員の反対にあいストップする事態が生じていたが、これは7月下旬にようやく承認されることになった。こうした財政懸念が多数の議員心理を占めるに至っている。
8月10日、「州援助法」(State Aid Bill) が成立した。これも非常な困難を伴った。ほとんどの州政府が非常な財政難に陥っており、中央政府からのこの援助がなければ、メディケードの停止・削減、それに教員、警官、消防士の大量レイオフをせざるをえない状況にあった。法案成立のため、フード・スタンプは廃止され、企業の税逃れを塞ぐことで資金調達への配慮が講じられた。
2010年6月末のトロントでのG20サミットは、昨年4月のロンドン・サミットとは著しく内容を異にするものになった。景気刺激策の必要性を主張したアメリカにたいし、2013年までに年次予算赤字額の半減化、さらに対GDPの負債比率の削減に賛同した他の諸国という構図になり、アメリカは押し切られたのである。すでにユーロ危機問題への対処を迫られていたEUは、ドイツを筆頭に超緊縮予算の道を決定していたこと、これが大きかった。EUにとっては景気問題よりも、ユーロの防衛の方が重大な問題であった6。
緊縮財政への動きは、年度が変わり、下院では共和党が多数派となる議会が始まった。1月に行われた「一般教書演説」では超党派的行動による「イノヴェーション、教育、インフラ、国債問題」への取り組みを呼びかけたが、その後の流れはきわめて党派的なものであった。オバマ政権は当初予定していた予算案を通すことができなくなる状態が常態化しており、まさにその場しのぎの綱渡り(いわゆる「予算継続決議」[continuing resolutions] ) が続いている。これを通すためにオバマ政権は削減項目を拡大することを強いられてきており、これまでにすでに6回も実行されてきている。今後は、これまでタブー視してきた項目(健康保険、年金、軍事費)に焦点が移ることになるだろう。
2. 金融政策
2.1 グリーンスパンの時代
アメリカ経済の景気変動に大きな影響を与えてきたのは、FRBによってとられてきた金融政策、とりわけ利子率政策である。これは銀行間の超短期の貸付市場でのFF (Federal Fund) 金利を市場介入により誘導するものである。1987年から2006年までおよそ20年間にわたりFRB議長を務めたグリーンスパンの手綱さばきが注目されたのも、この政策であった。経済悪化のときにとられた金融緩和策(誘導金利の引き下げ)、逆に経済が好調からバブルに転じるときにとられた金融引締め策(誘導金利の引き上げ) ― この舵取りは、アメリカ経済の動きに大きな影響を与えてきた。グリーンスパンはその操作の巧みさゆえに神様的評価を受けていた (今回のメルトダウンの大きな原因が、2005年以降とられた金融政策にあるとされ、そのカリスマ性は一敗地にまみれることになったが)。
FF誘導金利であるが、1995 - 2000年では低金利が維持され、それは「ドットコム・バブル」を招いた。2000-2002年では金融が引き締められ景気が悪化した。そして2002-2004年の超低金利は住宅バブルをもたらすことになった。
2.2 バーナンキの時代
2006年、グリーンスパンの後を継いでFRB議長に就任したのがバーナンキである。
メルトダウン以降、FRBは誘導金利政策を用いて短期金利の引き下げを実施しており、2008年12月以降、0 - 0.25%に保たれてきている。しかし、今回のメルトダウンは、いわゆる「非伝統的」政策を中央銀行にとらせることになった。いわゆる「量的緩和策」(Quantitative Easing)であり、長期利子率引き下げのため、財務省証券や不動産債券を購入する政策である。だが、こうした政策をとり続けるも、経済の浮揚は依然として生じておらず、アメリカ経済の停滞状況は解決していないという状況が続いていた。
そのため、バーナンキをはじめ中央銀行家はどうすれば経済の浮揚を図れるのか、その具体的ツールは何なのかに確信がもてない状態に陥っていた。そうしたなか、2010年8月に、バーナンキは人々を心理的に安心させるべく、経済状況が悪化すれば大胆な政策をとる旨を宣言した。FF金利は0.25%の低水準にあった。バーナンキの提示は、Fedが買い上げてきたMBSを売却した資金で国債を購入することで長期金利を下げ、消費ならびに投資を増やすことで景気を浮揚させようというものである。
だが、それで問題が解決することは期待できるものではなかった。これまで、いくら利子を下げてきても (そしてもう下げられないところまできている。「流動性の罠」である)、消費や投資を増大させることができてこなかったからである。銀行は、中央銀行のゼロ金利政策にもかかわらず新規の貸し出しをする気がなかったり、できなかったり(銀行自体、不良債権の累増で財務状況を悪化させていたから)していた。輸出を増やすことはアメリカではもっと当てにすることができなかった。金融政策(とりわけ誘導金利政策)は、グリーンスパンの時代、景気調整の神様みたいな (ギリシア悲劇の神みたいな)評価を受けていたのとは一転、無効性的状況に陥っていた。
その後、アメリカ経済はかなり回復基調に乗ってきている。2011年3月15日のFOMCでは、最大の雇用と物価の安定を目指し、次のような金融政策が了承されている -、(i) 昨年11月から実行されている債券保有量拡大の継続 (とりわけ、2011年第2四半期までに6000億ドルの財務省長期債券の購入)、(ii) FF金利の0-0.25%に維持。
その後、アメリカ経済はかなり回復基調に乗ってきている。2011年3月15日のFOMCでは、最大の雇用と物価の安定を目指し、次のような金融政策が了承されている -、(i) 昨年11月から実行されている債券保有量拡大の継続 (とりわけ、2011年第2四半期までに6000億ドルの財務省長期債券の購入)、(ii) FF金利の0-0.25%に維持。
つまり、ゼロ金利ならびに「量的緩和策」(QE2) で構成される超金融緩和政策の継続が宣言されている。
***
アメリカ経済は、回復基調にあるとはいえ、依然として高率の失業率を抱えた状況にある。そうした状況下で経済政策の運営をめぐり、オバマ政権は強い逆風を受けている。共和党の超緊縮予算攻勢のまえに「予算継続決議」でその場しのぎを続けており、いつ「シャットダウン」が生じてもおかしくない状況にある。共和党系の州知事にあっては超緊縮予算はもとより、ウィスコンシン州に象徴されるような公的労組の団体交渉権剥奪の動きや、フロリダ州に象徴されるような「高速鉄道建設」拒否の動きがみられる。問題を難しくしているのは、政治的に優位に立つ共和党 (とりわけティー・パーティ) がイデオロギー (「支出を可能な限り抑え、減税を要求する」) 色を全面に出すなかで合理的な政策運営が不可能になっているという点である。
1) 3月20日現在、この2法案も共和党の攻勢を前に非常な弱体化を余儀なくされている。健康保険法案の場合、例外条項が数多く容認され、かなりの虫食い状態が生じている(それに、同法案を違憲とする判決が出ている州もある)。金融規制改革法案では、その目玉機関である消費者金融保護局 (CFPB)をめぐってその事実上の責任者であるE. ワレンにたいし、下院のある委員会で証人喚問が開催され (3月16日)、共和党議員からの厳しい質問が相次いだ。CFPBは7月に業務を開始するが、共和党側はそこでの決定を1人の長ではなく、複数の委員による共同方式にするべく運動を展開している。
2) これは「景気対策法」と訳されることがあるが、以下に述べる理由で誤称
であろう。
3) この点は、「グリーン・ニューディール」として大いに注目を浴びた。2009
年5月、「エネルギー法」(The American Clean Energy and Security Act of 2009)
(ACES.ワックスマン=マーキー法) が下院を通過した。同法の特徴は、キャッ
プ・アンド・トレードである。温室効果ガス(CO2が主体)の年間排出量を政府
が決め、85%は企業に無料で配分、残り15%を競争入札とするシステムで
ある。企業は自分の持分を超えると罰金が課せられるが、それを避けるために、
市場からの購入が可能である。いわゆる排出権取引市場を創設することで、排
出量を守らせるインセンティブを創出しようという意図である。電気自動車や
代替エネルギー関連の開発に財政援助を行うことも組み込まれている。ところ
が2010年7月、上院ではエネルギー法の審議は打ち切り状態となってしまった。
これは大統領の唱えるクリーン・エネルギーによるグリーン・ニューディール
政策の挫折でもある。
4) 「コミュニケ」第6項を参照。
5) 2010年6月10日、大規模な財政支出が可決された。が、多くはアフガニス
タンへの派遣増加やメキシコとの国境防衛線強化であって、景気刺激を目的としていない。
6)なお、金融システムの安定化のため、各国が金融機関にそのための負担を
負わすべく課税すること、ならびに金融機関に、より高い金融資本の保有を要請すること、に合意が得られた。
平井俊顕 [2010] オバマ政権の二大国内制度改革 ― 包括的健康保険改革法と金融規制改革法」『統計』11月。
平井俊顕編著 [2011], 『どうなる私たちの資本主義 ― 現代市場社会の「解
体新書」』SUP上智大学出版