2013年8月5日月曜日

深刻化するユーロ危機

深刻化するユーロ危機
7月号で「綱渡りのアメリカ・EU」と題し、リーマン・ショック後の両経済圏の3年間の状況をみた。それから2ヶ月が経過したが状況は少しも好転していない。本稿ではこのうちユーロ危機を扱うが、その状況は7月末よりも深刻化して今日に至っている。最初にこの2ヶ月の進展況をまとめ、その後でユーロ危機の根本原因を考えてみることにしよう。
1. この2ヶ月の危機的展開
生じたこと - 721日 、ユーロ圏首脳会議において、ギリシアへの1090億ユーロのベイルアウト (2回目。合わせて、これまでのベイルアウトの利子カット、民間部門が保有するギリシア国債の「自発的」ヘアカット[21%の債権放棄]、満期の長期化)、およびEFSF (European Financial Stability Facility) 4400億ユーロへの規模拡大、および債券買取操作などの権限強化に合意がみられた [後述するように、17カ国全議会での承認が必要であるが、930日現在、7カ国の承認待ちである]
 だが、この合意はつかの間の喜びに終った一週間も経たないうち、市場では「リバウンド」が始まり、イタリア、スペインの国債イールド (利子率は高騰に転じたEUの合意はどれほど実現可能なのかにたいする投資家の不安もあった。ムーディーズはギリシアのデフォルトは100%と言明し、その国債格付けを3ノッチ下げた (デフォルトの1手前)
 88日、ECBスペイン、イタリア国債市場への介入を始めたECBはギリシアポルトガルの流通市場への介入・買い支えは遂行していたが、スペイン・イタリアへの介入考えていなかった。だが両国の国債イールドの急騰によりECBが動かざるをえなかったのである。その交換条件として、ECBスペイン、イタリア政府にこと細かい「構造改革」をほとんど「命令」した。そして両国とも驚くほど素直にそれを受け入れた。こうしたなし崩し的な手法は「ノー・ベイルアウト条項」を謳うマーストリヒト条約違反であることは、体よく忘れられているこの買い上げに要した資金は2200億ユーロという記録的な額であったが、両国の国債市場規模の1.4にすぎず、問題の根本的解決にはほど遠い。
810日、ソシエテ・ジェネラルの株価が23の大暴落をみせた。同銀行をはじめ、フランスの大手銀行400億ユーロもの膨大なギリシア国債を保有しているうえに、その民間部門にも多額の貸付をしている。ギリシアのデフォルトは時間の問題と考えられているからフランスの銀行株は投売り状態となったのである (その後、1ヶ月あまりで株価は半減してしまっている。BNPパリバやクレディ・アグリコルなどの他の大手銀行も同様の状況にある)フランス国債のドイツ国債とのスプレッドも上昇しており、格下げ懸念のうわさも飛び交った。そのため、サルコジ緊縮予算の実行確約する事態に追い込まれた。
さて、最も標的にされてきたギリシアであるが、80億ユーロのベイルアウトを得るため、ギリシア政府は、9月下旬、さらなる超緊縮政策を表明した。年末までに3人の公務員の停職、年金の大幅カット月額1200ユーロ以上の受給者は20%カット。55歳以下の受給者は半額)、課税対象者を年収12000ユーロから5000ユーロに引き下げる等々の内容である物価上昇、増税、賃金カット、年金削減などで、ギリシアの平均的家計の収入は18ヶ月のあいだにすでに半減しているギリシアは財政的に破綻するまえに社会的に爆発する可能性が高い。追い討ちをかけるように、ムーディギリシアの8銀行格下げを発表した。
さて、721日の合意についてだが、これまで9カ国が承認していたが、929ドイツ下院で、メルケル政権のみで多数票を獲得するかたちで可決された (ドイツは2110億ユーロの拠出を約束したことになる)。まだ6カ国の承認が必要とされており、最も遅いスロヴァキアで1025予定である
 928日、欧州議会はメンバー国の財政規律厳守の、いわゆる「Six Packを可決した。さらに、ギリシアへの80億ユーロの支払いをめぐっては、9月上旬にトロイカ (EUECBIMF) の調査団が予想外の成果のなさに憤慨しアテネを去っていたが、ギリシア政府の上記の超緊縮政策の提案を受け、再度審査のためアテネに入ったのだが、ギリシア国民のシット・イン運動を受けている。
ところで、ポーランドで開催された非公式のEU財相会合 (916-17の頃から、ユーロ圏にたいし、米英から大胆な政策の即時遂行を望む声が強くなり、さまざまな構想が飛び交うようになっている。その1つは、EFSFの規模を2兆ユーロにまで引き上げる案である。まだ決まっていない4400億ユーロのじつに5倍である。それぐらいの規模でないと、スペインやイタリアのデフォルトには対処できないという理由からである。
EFSFは暫定機関であり、20137月にESMEuropean Stability Mechanism)として恒久機関改組されることは決定しているが、これをもっと早めるべきとの意見も出ているさらに、ESMEMFEuropean Monetary Fund)にすべきとの案まで出ている。この案は同組織を一種の銀行に再編するもので、ECBから借り入れたり、レヴァリッジを使えるようにすることが考えられている。またこれまでのようにメンバー国が個々に債券を発行するのではなく、共通のユーロ・ボンドを発行する案も出ている (この場合、メンバー国全体での保証となる)
 
リーマン・ショックで露呈したユーロ・システムの欠陥 - ユーロ・システムにあっては、メンバー国は自国通貨を放棄し、金融政策および外為政策をECBに譲渡してしまっており、当該国が使える経済政策は財政政策だけになっている。そのため、メンバー国が財政政策を軽はずみに採用するのを防止するために、「安定成長合意」が設けられた。だがそれは紳士協定にすぎないため合意を破る国への制裁事項は設定されていなかった。リーマン・ショックの余波がヨーロッパを襲ったとき、ユーロ・システムがもつ致命的な欠陥が露呈することになったのである。
リーマン・ショックがヨーロッパに波及したとき、PIGSなどのメンバー国は急激な経済不況に落ち込んだ。この状態に対処すべく、これらメンバー国は景気刺激策に訴えた。だがバブルが破裂し、財政状況は悪化の一途を辿ることになった。当該国の債券市場に懸念をみせる投資家は禁止的な高利を要求することになり、債券市場から資金を調達できなくなったメンバー国は、ベイルアウトを要請せざるを得なくなった。トロイカはこれらの国にたいし、超緊縮財政を遂行することを交換条件としてベイルアウトに応じたわけである。だが、それは有効需要削減政策の遂行であるため、これらメンバー国は一層の不況に落ち込んでいるのである。
ユーロ危機のありうる帰結 ― ユーロ首脳は、多くの混乱が続くなか、ユーロ危機を阻止するためにEFSFの規模および権限の強化を実現させることに全力を注ぐように動いている。そしてこれと対になっているのが、メンバー国にたいする過酷なまでの財政規律の厳守要請である。このことにより、投資家の心理を落ち着かせ、投機家の暗躍を防止し、もってユーロ・システムの健全化を図ろうというのである。
再度、現状を確認しておこう。930日の時点では、721日に決定された既述の合意は何も実行には移されていない。それが合意されるとしても10月末にずれ込む。それに、昨年決定されたギリシアへの総額1100億ユーロの最終(第6回目)貸付分80億ユーロが上記の次第で、トロイカはいまだゴー・サインを出していない。この資金がないと10月中旬にギリシアはデフォルトすることが確実であるにもかかわらず、である。そしてギリシア国民の経済的・精神的窮状は限界を超えてしまっている。
この時点でいえそうなのは、EFSFの基金拡大と(債権の買いオペなどの)権限拡大まで、である。EFSF2兆ユーロ拡大、EMF、ユーロボンドなどはたんなる話にすぎず、それらの現実化はいまの時点ではとても考えられる話ではない。
だが、EFSFの拡充と超緊縮要請によって、ユーロ危機解決されない。≪後述するようにユーロのもつ根本問題に何も手をつけていないからであるそれどころか、超緊縮予算の強要は当該国に有効需要の削減政策を強いているわけであるから、経済の一層の悪化をもたらしており、目指す税収は得られず、約束した財政規律も守ることができない。そこでトロイカはさらに超緊縮財政を要求する。こうした悪循環に落ち込んでいる。
 もちろんこれらのベイルアウトの主たる目的はユーロ圏全体に連鎖的波及が生じることを阻止し、そのことでユーロ・システムを防衛することである。とりわけドイツ、フランスの銀行はこれらの金融問題に、当該国の国債の大口保有者として、また当地の民間部門への貸し手として深く関与している。したがって、連鎖波及が生じれば、ユーロ・システムのみならず世界経済にたいしても壊滅的な結果をもたらすことになる。ある試算によると、ユーロ圏が崩壊のときの損失コスト(ドイツ、フランスなど)コア圏の銀行3000億ユーロ、周辺国の銀行6300億ユーロ、ECB1500億ユーロという数値が出ているが、それはユーロ圏の話である。問題は世界経済への波及であり、そうなると2のリーマン・ショックの到来であり、損失コストは天文学的なものになる。 
2.ユーロ危機の根本原
ヨーロッパに突き刺さっている大きな問題はPIGS、もしくはPI(I)GSである。既述のごとく、ユーロ・システムのもとで生じたブームがバブルへと突き進むなか、リーマン・ショックで急転直下、バブル崩壊することで生じた問題であり、有効需要減少スパイラルのワナにはまったままである。
本節では、ヨーロッパが陥っているユーロ危機の根本原因について、立ち止まって考えてみることにしよう経済的問題と政治的問題に分けてみていくことにしよう。
2.1 経済的問題
ヴィクセルの累積過程・円キャリー・金融のグローバリゼーション ― 19991月から部分的に採用されたユーロは20021月に本格的に稼動するようになった。この当時、アイルランドは「ケルティック・タイガー」と呼ばれ、その経済成長は奇跡的なものとして賞賛された。きわめて低い法人税率は多数の外国企業の誘致をもたらし、それが経済成長を引き起こしたのである。スペインも経済は好調で、多数の移民が流入してきており、それらが住宅市場や不動産市場に活気をもたらしていた。ギリシアでもアテネ・オリンピック(2004)を迎え、建設業を中心に経済は好調であった。つまり、いま窮状を訴え苦しんでいる国は、2000年頃、ユーロの採用以前にすでに好調な経済状況にあった。
 他方、ドイツ経済は不振であった。ドイツは90年代、東西ドイツの統一により、東ドイツという重荷を背負うことになり、失業問題は慢性的に高率であった。
 こうした状況下でユーロが実施に移された。1998年に創立されたECBはドイツ連銀の強い影響下におかれ、その政策目標も物価の安定におかれ、景気対策はその任務とはみなされていなかった。また為替についても不介入方針を決めていた(実際には介入している)。物価の安定のため、重視したのはマネー・サプライならびに政策金利の設定であった。
 ECBは政策金利を2002-2006年の長期にわたって2%という低金利に抑えた。これは低迷するドイツ経済を配慮してのことだとされる。このことが、すでに好調であった上記アイルランド、スペイン、ギリシア経済に油を注ぐことになった。とりわけ低利で供給されるユーロ・マネーはこれらの国の不動産市場に流れ込み、しだいにそれはバブル的様相を呈していった。とりわけ、それはスペインやアイルランドで顕著であった。
このような事態、ヴィクセル的な (上方への) 累積過程の発生と表現するこができるであろう。つまり、低い金利で借り入れて、高めの物価で販売するという行動が累積的に上方に展開していく現象であるこのことが、ユーロ圏の広い範囲にわたりバブル現象を引き起こす誘引になったといえる。
 2002-2006年というのは、アメリカで景気が拡大した時期である (イギリスもそうである)Fedによる低金利政策は住宅市場を活性化させ、アメリカは消費の拡大にも促進されて経済的繁栄を謳歌した。この過程をさらに促進したのが、「円キャリー」である。ゼロ金利で借りた円がドルに換えられたうえでアメリカに持ち帰えられ、高収益をあげる業種に投入されたのである。同様の行為がユーロ圏でも展開されたことは容易に想像がつく。
 もう1つ忘れてならないのは「金融のグローバリゼーション」が完成状態に到達していたことである。1999年にはグラム=リーチ=ブライリー法が成立しており、金融機関がグローバルにあらゆる投資・投機の機会をつかまえて、しかも誰からも監視を受けることなく行動できる自由 - それはは金融機関の横暴を許容するまでの自由化であった - を享受するなか、SBSは拡大の一途をみせており、さらには証券化商品が乱発される事態になっていた (こうしたことは、ギリシアがユーロに加盟するさいゴールドマンサックスが謀略をめぐらしたという一例を引き合いに出すことで、臨場感が出てくるであろう)
  以上を要するに、すでに好調であったスペインやアイルランド経済は、ECBの低金利政策、円キャリー、金融のグローバリゼーションにより、バブル状態に到達してしまったということである。
実体経済の格差問題 ― ユーロ圏にいるというのはどういう意味があるのかを考えてみよう。まず何よりも、域内取引はユーロでなされるから為替問題は存在しない。ドイツからギリシアに大量の乗用車が販売されている。これはドイツからみると、「輸出」であり、ギリシアからみると「輸入」である。国際収支は、独立国の他国との取引関係を記帳するものである。ドイツは世界第2位の輸出国であるが、その内訳はユーロ圏内、EU圏内、そしてその他で構成されている。しかし、「EU圏内」および「その他」との関係では為替変動が生じるが、「ユーロ圏内」での取引ではこの問題は存在しない。
 ユーロ圏全体でいうと、そこでの域内取引の総計はつねに国際収支上ゼロである。ドイツからギリシアに乗用車が売られても、ユーロ圏でみるとそれは域内取引であり、ユーロの為替相場に影響を与えることはない。
 ユーロ圏の国際収支への影響は、「その他」(域外との取引によって生じる。かりに域外取引で、ドイツが100億ドルの黒字、ギリシアが30億の赤字だとする(他のメンバー国は全部合わせてゼロとする)。このとき、ユーロ圏全体では70億ドルの黒字となる。これがECBの取り仕切るユーロの為替レートに影響を与える部分である。ユーロの対ドル・レートを決めるのは、ユーロ圏全体の国際収支であって、個々のメンバー国のそれではない。
次に問題になるのは、ユーロ圏の国際収支問題においてドイツが圧倒的な寄与率を有するから、ユーロのレートはドイツの経済情勢に大きく左右されることになり、周辺国ギリシアあまり影響力をもたない。この場合、ギリシアからみればユーロは高めに推移することになるから、輸出の増大には困難が生じることになる。この点に関連して、次のような論点に注目するのも重要である。ギリシアが過剰に消費し輸入を増やしたからユーロの引き下げに貢献した。ところがドイツは過少に消費していたからユーロを引き上げる方向に関与した。ドイツはギリシアのおかげで輸出の増大ができたという側面がある。だからその点でギリシアに感謝する必要がある。経済はそういう相互的な影響が作用している。トロイカ、ドイツはそのことを理解していない。
他方、メンバー国は財政的な独立性を有している。だがそれを自由にしてしまうと、ユーロ全体の秩序を乱すことになるので、「安定合意」という紳士協定が策定された。これが守られなかったことを、ギリシア国民の怠惰とする考えがとくにドイツには強くみられが、それ説得的なものではない。金融・為替政策を欠くギリシアが経済の舵取りをできるのは財政政策だけだからである。競争力をなくし悪化する経済状況(優秀な製品はドイツから入ってくる)のもと、ギリシア企業の業績は落ち込む。すると税収も減少し、財政状況も悪化する。そのためにギリシア政府は事態打開のため、財政政策に訴えることになる。それでも経済の悪化を食い止めるには不十分であるのが通例であり、こうした場合悪循環が持続することになる。
 つまり、ギリシアの財政悪化を国民の怠惰に帰すのは経済論的にみて説得的なものではない。実際は、ユーロ圏内での経済的不均衡(ドイツとギリシア)が現在のユーロ危機を引き起こす大きな原因になっている。域内間でのアンバランスは労働の生産性、技術力といった実体経済面での格差によって生じてきている。この問題を解決できないかぎり、ユーロ危機は解決できない。それはベイルアウトと超緊縮財政の強制で解決できる問題ではないのである
 一番の問題は、これら諸国に経済を立て直す政策手段が欠落していることである。金融政策、外為政策はECBに委譲しており、財政政策は超緊縮財政という事実上の有効需要削減政策られている。経済は有効需要減少スパイラルに入り込んだままである。トロイカは苦しむメンバー国経済の内需を刺激する手段を何も提示してはいない
2.2 政治的問題 - 目標の喪失
EUはメンバー数を異常に増大させたこと自体が失敗であった。クロアチアが加わ現在28カ国が加盟しているが、そこにはかつてのドイツとフランスの確執を払拭すべくヨーロッパの統一を目指したときのスピリット (シューマン・スピリットでもいうべきもの)から大きく逸脱してしまっている。ポーランド、ハンガリーなどの共産主義圏、ラトビアなどのバルト3国を加えたのは、東欧圏の資本主義システム導入への熱望に応じるもあったであろうが、それ以上に経済的大国主義意識が強かったと思われる。大きな市場を取り込む、取り込めるという意識の方が強く、かつての統合スピリットから大きく逸脱していったと思われる。
 拡大につぐ拡大は世界におけるEU経済的・政治的権威を高めようとする期待と打算のもとに開始されたが、それは非常に中途半端な統合化運動であった。財政的問題の統合に手を染めることなく統一通貨ユーロに踏み出してしまい、今日のユーロ危機を生み出してしまっている。
 経済的な危機に加え、EUはかつての共同体精神を喪失しつつあるという政治的危機がある。ドイツはできることならPIGSを切り離したいと思っているかもしれない。だがそれは難しい。これらの国がデフォルトすれば、ドイツ・フランスなどの大銀行は直ちに危機に追い込まれる。これらの国の国債、そして民間経済に莫大な資金を貸し付けているのは、ほかならぬドイツ・フランス(そしてイギリス)の大銀行なのである。借り手が倒れれば貸し手も倒れる。コンテイジョンが一挙に広がることになる。ドイツ議会は929日、7月の合意を可決したが、それは共同体精神に基づくものとは言いがたい。その直前まで多くの異論がメルケル陣営内部でも出されており、この可決は上記のような危機を避けるための止むを得ない措置として実現したものなのである。
あるベテランのEUアナリスト ― それもユーロ・スケプティクではなく、ユーロ派の代表的論客 ― は、こうした事態に陥っているEUを、かつての統合化を目指して熱意をもってことに当たっていた指導者世代が終わり、いまのEUには理念なきナショナリズムが蔓延しており、EUは解体への道を歩んでいる評している。
3.ユーロ圏の現状
ユーロ圏は17カ国で構成されている。その多くが不況に苦しんでいるが、とりわけ顕著なのはPIGSである。ポルトガルやギリシアの場合、これといった産業がない。一時、ドイツ、フランスから安い労働力を求めて多くの工場が建てられたが、それらはすでにもっと賃金の安い新しいメンバー国に移動してしまっており、経済の発展はおろか回復のメドすら立っていないスペインやアイルランドは不動産バブルの崩壊でひどい状況におかれている。表1は8月の失業率である。PIGSはいずれも悪いが、スペインの21.2%、ギリシアの16.7%は経済の深刻度を雄弁に物語っている。
1 20118月 失業率(%
ユーロ圏全体 10.0
スペイン 21.2
ポルトガル  12.3 
イタリア 7.9
アイルランド 14.6
フランス 9.9
ギリシア    16.7
ドイツ  7.0 
           (出所)EUROSTAT

ユーロ・システムがもたらしている経済のファンダメンタルズの相違を無視して、超緊縮財政を強要し、それが守れないとベイルアウトはしない、というのがトロイカの方針であるが、PIGSからすればない袖は振れない。困窮したあげくに、「やれるものならやってみろ、お前らも破産ぞ」と開き直るかもしれない。ユーロ・メンバーは金融政策、外為政策をECBに譲り、そしていま不況に対処する唯一の方策である財政政策も使えないどころか、逆に有効需要削減政策をとらされている。そして、規律が守らないとベイルアウトはしないと締め付けられる。こうした屈辱にこれらのメンバー国の国民は、はたしてどこまで耐えられるのであろうか。
財政の悪化は、ドイツ、もしくは「北側」がいうようなだらしのない」使い方にすべての責を押し付けられる性質の問題ではない。国債の発行は内需の拡大に貢献している。国債の発行がなければ、内需の減少はもっと悲惨なことになっていたあろう。
現在、メンバー国(そうではないイギリスも含め)では、超緊縮財政の大合唱状態である。だからEU経済には一層厳しい不況が控えている。緊縮にすれば家計の場合改善されるが、国は異なる。マンデビルの、厳格な蜂社会では社会はさびれる一方である
最後に1つの表を示しておこう。マーストリヒト条約の「安定成長合意」の1つはGDPにたいする国債残高比率を60%以内に守る、というものである(もう1つはGDPにたいする赤字予算比率を3%以内に守るというもの)。現在時点でこれがどの程度守られているのかを示したものが表2である。これをみると、スペイン、ポルトガルはドイツ、フランスよりも良好である。そしてどの国も60%を超過している。これらの数値をみるかぎり、ギリシアは別にして、ポルトガル、スペイン、アイルランドに著しい財政規律違反が認められるという判定は出てこない。とりわけポルトガル、スペインに至っては皮肉なことにフランス、ドイツよりも良好なのである。
GDPにたいする国債残高比率 (2010年。%)
ポルトガル 55
イタリア 119
アイルランド96
ギリシア 143
ドイツ 83
スペイン 60
フランス 82
(出所)EUROSTAT
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現在、トロイカが採用している方策は、苦悩するメンバー国に超緊縮政策の強要を条件にベイルアウトを行うとともに、同様の事態に備えるものである。それは一時的な対策にすぎず、ユーロ危機の本質的問題であるドイツとPIGS経済的アンバランスに取り組んではいないから、ユーロ危機も解消されることはない、と私はみている。
2011930日脱稿)